第10話 遺跡調査部 本部長 ガバリ・アンダーリュン

静まり返った部屋に文字を書く音だけが聞こえていた。そこに待機させてある部下から通信が入った。


「お客様です」

「ご案内しなさい」


伸びた自分の口髭を触りながら、地図に記録を書き残していく男は、興味のないような口調で言い放つと。通信を終えた。

エスペランサ一帯の地図に部下から上がってくる情報を考慮しながら、遺跡の位置を推測していた。


「全体としても発見量が少ない……。黒の石版は大量に見つかっているが石版はほとんどない。東の森からは石版が見つかりはじめたことからして」


「失礼します‼ 本部長、お連れしました」

「きたぞ、ヴァルコフ」


本部長の部屋には入り口を開くと、すっぐに階段があり上がってこなければならない。ふたりがゆっくりと階段を上くる音が大きくなる。

招いた客がきても男は、気にせずに自分の仕事を完成させるために、残り少ない作業をすすめた。


「ヴァルコフ?」


ババロは作業に集中している男のことをほっておいて、部屋に自分の知り合いの老人がいないかを確認する。


会う約束をしたヴァルコフがいないことを悟り、仕方なくババロは周辺に散らかってある資料を見回しながら、相手の作業が終わるのを待った。

部屋の中にはヴァルコフの私物が数多く残っており、作業している男から何らかの説明があるだろうと判断した。


「お待たせして申訳ありません。ウィガロット様、この度は調査のためにご尽力いただき、調査局一同感謝しております。ウィガロット様のご尽力無くして今回の調査は行われなかったと、自負しております」


男の作業はババロが思っっていたより早く終わった。


「お前は誰だ? ヴァルコフの爺さんはどこに行った? 本部長と会う約束をしてここに来たはずだが?」

「ヴァルコフ本部長は4日前に亡くなられました。不本意ながら私ガバリ・アンダーリュンが現在の総責任者、本部長を務ております」


銀縁のメガネに、見事な口髭、男にしては長い金髪の髪型。ガバリと名乗った男はヴァスコと同じ白をメインとした生地に、黒のラインが入った制服を着ていた。


「ヴァルコフが死んだなら、遺跡調査部の本部長は議会によって任命されるはずだが、早すぎないか?」

「ヴァルコフ本部長の死は、エスペランサの遺跡調査後に公表される手はずになっています」


「なぜヴァルコフの死を知らせなかった?」


「議会に口止めされております、知っておられるのは議会の皆様と管理局長、技術局長と調査局長と私、そちらの私の補佐のカルトだけです。今回はウィガロット様の功績を考慮して、議会の方々から特別に許されて話しております。ご無礼をお許しください」


補佐役のカルト・エスクローはガバリと同じデザインの制服に身を包んでおり、静かにババロに頭を下げた。


「お悔やみ申し上げます」


「いつからだ、いつからヴァルコフの爺さんは体調を崩していた」

「今から4年前です。4年前から呪いの影響が強まり始めました。今年に入ってからはもう自分の足で歩くことも困難な状態で、ウィガロット様宛の手紙は、僭越ながら私が代筆させていただきました」

「ヴァスコの死を知らせてくれたことには感謝するが、ならば帰らしてもらう」


頭を上げたカルトは階段の前に陣取って、ババロが出て行かさないように、道を塞いで動く気がない。


「どけ」

「本部長お客様がお帰りのようですが、どうされますか?」

「もう少しだけ、いてもらいたい」

「かしこまりました。お客様申し訳ありませんが、私はここから動けません」


ババロは自分より小さいカルトを、力ずくでどかそうとしたが、びくともしなかった。


「まだ俺に何か用か? 俺を利用して何をさせるつもりかは知らんが、思いどうりに行くと思うなよ。ヴァルコフの爺さんだから協力してやってるんだ。悪いが俺も魔法局の人間が嫌いでな」


「誰と同じなのかは存じ上げませんが、手紙にあったヴァルコフ本部長に見てもらいたい物とは何なんでしょうか? おふたりのやり取りは、私にはわからない、謎めいた内容でした」


「当たり前だ。どこでだれが見ているかわからないからな。暗号を使って話すのが基本だ。魔法は厄介すぎる」


「わたくしでよければ、ヴァルコフ本部長に変わってご協力いたします。ヴァルコフ本部長にもそういわれて、ここにおりますので」


「それが本当だとしても、今日会ったばかりの人間をどう信用しろと?」


ババロはガバリがヴァルコフの弟子には違いない、と思ってはいたが、信用に値する人間か判断しかねていた。


「お聞きしていた通りのお方のようです。では契約の魔法を用いましょう。内容はそちらにお任せいたします。いかがでしょうか? お話いただけないでしょうか?」


ガバリは、地図を広げている机の上に、紙を取り出し契約の魔法をかけた。


「御神の前に誓う聖なる契約なり、これを破る者は報いを受ける。『契約コントラクト』」


紙の中にガバリの石版が赤い光を上げながら沈み込んでいく。

石板が完全に沈み込んでから、ガバリはババロの前に、赤い契約の紙を差し出した。


「どうぞ、これでも意に沿わない結果になるのでしたら、お帰り頂いて結構です。カルトお客様がお帰りになるかもしれない。通して差し上げろ」


カルトは階段の前から動いた。

ババロは数分考えた後、愛用している万年筆を取り出し、契約書を作成していく。


「こんなものだな」

「なかなかの手ぎわで、お見逸れ致しました」

「このくらい造作もない」


目的が果たされる方が、ババロにとって有益であると判断した結果の行動であった。


「罰則が死ですか。あなたも何かに命を賭けておられるのですね」

「断るか?」

「見聞きしたことの伝達および記録の禁止、記憶の削除、それも修復・伝達・強奪できないようにですか。できますが、時間がかかりますねぇ。そして日時は本日今からと、これまたお急ぎのようで。カルト来なさい」


カルトはガバリを青い瞳でしっかりと見あげる。


「はい」

「昨日までの調査状況は頭に入っていますか?」

「問題ありません!」

「よろしい、ウィガロット様お受けいたします。契約成立です」


契約が結ばれたことを示すように、血に染まったように赤かった契約用紙が、白にかわり、ガバリの石が赤い強烈な光を放ちながら契約書から出てきた。契約書から石版をガバリが手に持つと、カルトは契約書をもって机の引き出しを開き、中にしまい鍵をかけた。


「差しさわりない程度に、内容をお話しいただけますか?」

「個人でエスペランサの調査をした時の品で、何点か見てもらいたいものがある」

「構いません私が今からうかがいます。カルトあとを頼みます。念のため明日は調査を休みにしましょう」


ガバリは魔法局の印の入った赤い上着と、ヴァスコの使っていた肩掛けの仕事カバンを手に取り支度を始めた。


「わかりました。『交信≪コネクト≫』各隊の副隊長に伝令、これよりガバリ本部長に変わりカルトが指揮を取ります。以降の緊急連絡も含め、すべてカルトに連絡するように。なお、明日の調査は中止とします。休日にし、各員疲れを取るように、隊長及び隊員に伝えなさい。伝令は以上です」



カルトはさっきまでガバリが立っていた位置に立ち、地図に石版の発見位置を書き込み始めた。


「お待たせしました。行きましょうか、ウィガロット様」


ふたりは本部のキャンプから出て、ババロが乗ってきた緑の馬車に乗り込んだ。


「ウェイン出してくれ」

「かしこまりました」


緑の馬車は目的地目指して走り始めた。


「ウィガロット様、会ってお聞きしたいことが何点かございまして。お聞きしても?」


目的地まで残り半分ほどになったところでガバリが口を開いた。

ババロは馬車に常備してある、自分の小さな本棚から本を取り、栞を挟んである場所から読み進めていた。


「この質疑応答も契約に含まれるが、構わないならいってみろ」


「ありがとうございます。ウィガロット様のお噂はかねがね、中央でも耳に入っておりました。ウィガロット様が命まで契約の魔法にかけて成し遂げられたいこととは、ずばり何でしょうか?」

「答えられん」


ババロは迷うことなく、本をに目を通しながら即答した。


「では、別の質問に。今回の調査でご自宅周辺の調査を断られましたが、なぜでしょうか?」

「そのあたりは俺が調査済みだからだ」

「まあ、そうでしょうね」

「わかっているなら、聞くな」

「知りたいと思ったことは、予想がついても聴くたちでして」


「そうだろな、調査局の連中は、なんでも調べたがる奴が多くて困る」

「いや、お恥ずかしいかぎりで。では、少し踏み込んだ質問を。本日のご用件は調査で出土した品の鑑定ももちろんおありでしょうが、本命はディスの悪魔の石版の鑑定でよろしいんでしょうか?」


ババロの本を読む手が止まった。


「…………ガバリ」

「そんな怖い顔をされましても」


ババロは力強くガバリをにらんだ。


「俺は調査局の人間の名前はあらかた頭に入っている。仕事のおかげで人の名前を覚えるのが得意だ。お前の名前は俺の知る限りではなかった。カルトって女もだ。お前はどの組織からきて、どこまで知っている」


「困りましたねぇ、答えにくいところを突かれました」

「お前の質問に答えてばかりじゃ、俺もつまらんからな」


「私の知り得る限りまで知っています。これ以上は質問は、不要ですね、お互いのためにも」


その後車内は、目的地までの道を静かに進んだ。


「やはりここでしたか、ウィガロット様。あなたは遺跡の入り口もすでに知っているのではありませんか? あなたこそ何をどこまで知っておられるのか。怖いですねぇ」


目的地に着くと、ガバリは確証でも得たように、自分の疑問を口にした。



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