第9話 エスペランサの魔法遺跡調査
「これより調査を開始します」
ミッチェル副隊長の隊に僕とアーサーと組み込まれた。
調査開始し1週間目、ツムリ平原の決められた範囲を横一列に並び、歩いて地表に石版が落ちていないか確認をとる。
平原には、地中から高く伸びた石の柱や、クレータの跡、貫通されている大きな石、魔法での戦闘の痕跡が今も残っている。
地表にないことが確認し終えると、土の中に石版や土器など過去の埋蔵物がないか探るため、発掘作業が行われた。
「私達調査隊の魔法使いが、周囲の土を順に地表から何層かに分けて剥がします。皆さんはその土から石版を探してください」
ミッチェルさんの説明によると、絵の動かなくなった石版は魔法の外的干渉を直接受けると、粉々に砕けてしまうため。土を魔法で動かした後は人力での作業になった。
大勢の人が汗をかきながら、朝早くから夜遅くまで一攫千金を目指して作業を進めた。
僕たちが剥がれた土を小さな鍬で砕きながら石版がないか探り、その土をミッチェルさんの部下が再度調査漏れの無いように見落としている場所などを丁寧に調べる。
1日に1つの区画を調査するのがやっとだった。一日が終われば泥だらけになった。
他の調査範囲では黒い石版が何枚か見つかって、早速金貨1枚を手に入れた人がいるらしい。残念ながら、僕らの調査範囲からは何も出なかった。
それでもみんな金貨を手にするために気力は十分だった。
2週間目、相変わらず僕らの調査範囲からは何も出てこない。他の調査員からは愚痴が聞こえ始めた。
「クソ、なんで俺たちのところだけ何も出ないんだよ」
アーサーと僕は、日給の銀貨3枚でもいつも歓声を上げながら喜んでいる。
「無一文脱出だー‼」
町でアーサーと仕事終わりにご飯を一緒に食べれば、また次の日もめげずに頑張れた。
ひと月経っても、僕らの調査範囲からは何も出なかった。他の調査範囲からは金貨30枚を既に稼いだ人がいると噂になった。金貨の支給は窃盗などの問題が起こらないように、調査の雇用終了時に貰える事になっている。
「皆さん毎日調査にご協力ありがとうございます。調査は順調に進んでいます。もうひと月と1週間ほどで平原の調査は終わります。希望される方は調査範囲の配属先を変更できます。ご希望される方は本日中に私共の方にこちらの紙に必要事項を記入後、私達の方にお渡しください」
ミッチェルさんの隊からは半分くらいの人が移動を申し出た。それなのにミッチェルさんはニコニコしながら移動願を受け取っていく。
それからもうひと月、アーサーとミッチェルさんの担当範囲で作業を勧めた。僕達の所には何も出ないと噂が広まったのか、新しく配属される人は数百人ほどしか来なかった。
「見つけた! アーサー見て黒い石版だよ」
「やったな、アベル。ミッチェルさんのところに行くか!」
見つけたのは、平原の調査が終わる日の作業を始めてすぐのことだった。
ミッチェルさんの隊では初めてのはずだ。
「アベル君たちなら、何か持って来ると思ってましたよ」
調査局の制服ではなく青い作業服に身を包んだミッチェルさんは、調べて来ますねとテントの奥に消えた。
待つこと数分、ミッチェルさんは石版を持って出てきた。
「これは残念ですが、黒い石版ではありませんね。内蔵魔力も感じませんし。色も比べて見るとわかりますが少し灰色です」
ミッチェルさんは、僕らの前に黒の石版と僕の拾ってきた何かを比べてみせた。
「そうだな、大きさも一回り大きいし、少し灰色のような気がするな」
アーサーと僕も確認し、違いは歴然だった。
ショックを隠しきれない僕にミッチェルさんは説明を続けた。
「アベルくんもそんなに落ち込まないでください。記念に持っておいたらいいんじゃないかな。魔法によって加工されてあるようだからすごく丈夫な石だよ。今もこうした石で防衛拠点を建てたりしているし。これには歴史的価値はないからアベルくんが持っていても問題ないよ。お金は払えないけど、引き取ろうか?」
ミッチェルさんは魔法で強化された昔の石の見本を奥から出してくれた。古いものだともっと劣化が激しく一部が崩れているそうで、僕の見つけたものは比較的新しい物らしい。
誰かが落として土に埋まった物だと思うと、言われたので、そのまま記念に持つことにした。
「……いいえ、いいです。……持っときます」
アーサーと僕は肩を落として、ミッチェルさんのキャンプを後にした。
「おふたりは今日の作業終了後、私のキャンプに来てくださいねー」
僕らを励ますように、後ろからミッチェルさんの声が聞こえた。
その日は日給の銀貨3枚貰っても、アーサーと僕は歓声をあげなかった。
「これであなた達の調査は終了です。お疲れ様でした。明日からはこちらに朝早くから集まっていただかなくて結構です。ご協力ありがとうございました」
急に雇用の終了を告げられ、僕とアーサーさんも稼ぎが少なすぎるのもあり、周りと同じように動揺を隠せなかった。
「待ってくれよ。雇用期間は最長1年だって」
「ええ、そうですね。長い方はそうなると思います。人が多いですからね。切っていかないとこちらも資金的に困りますので」
「なんで俺たちは首切りなんだよ」
「何も見つけられなかったからです」
ミッチェルさんは遠慮なくそう言い放った。放たれた言葉の棘は、集まっていたみんなの心にグサッと深く刺さったに違いない。僕とアーサーも胸のあたりをなでていた。
「今のは効いたな、アベル」
「……そうだね」
配慮のなかった一言に誰かが絶対に文句を言うに違いないと思いながら周りを見ると、みんな落ち込んでいた。
「それは調査の場所がたまたま悪かっただけで」
弱弱しい声ではあったが、誰かがミッチェルさんに向かって反論した。
「そうですか? 僕の部下たちはあなた達が調べ終えたあとの土からでも石版を発見していますよ」
ミチェルさんは土の付いた黒い石板を3枚取り出した。おぉ‼ と歓声が上がったがそれもすぐにやんだ。
「それがここから取れたものかどうかどうやって証明するんだよ」
「そうだそうだ」
反感の声はだんだんと共感を呼び、大きくなっていく。
ミッチェルさんはどうやってこの場をおさめるつもりなんだろうか。
「みんな聞いてくれて!! 俺はこの人の部下が石版を見つけた所を見たよ」
大人しそうな顔をした中年の男性は、自分のめいっぱいな大きな声を出して、周りを黙らせた。
「お前はどっちの味方なんだよ」
「だって契約の内容に彼らは調査の成果に関しては、嘘偽りなく我々に報告するってあったじゃないか。だから彼らは嘘をついてないよ。もし嘘だった場合、俺たちには金貨100枚が支払われるんだ。そうなってないということは、彼は嘘をついてないってことだ」
その男の証言でみんなは黙った。
ミッチェルさんは発言した男の人を、拍手で讃え少しの間、頭を深く下げた。
「もうひとこと言わせて貰うと、移動を願い出た方々で成果を挙げなかった者は、あなた方よりひと月ほど早く切りました」
それを聞いて文句を言う人は誰ひとりいなくなった。
皆が寂しそうに帰る中、僕らはミッチェルさんのテントの前で、酷く落ち込みながら待ち続けた。
「俺は西国の王都で仕事でも探そうと思うが、お前はどうする、アベル。」
「とりあえず、売り飛ばされるか、仕事量が3倍になるかも」
ミッチェルさんと話し終えたら、旦那様の居場所をレイゲルさんに聞きに行かないと。
ふたりそろってため息をついた。
「お待たせしました。おふたりには、次は東いったいに広がる森の調査に合流してもらいます」
ミッチェルさんからクビにならないことを聞いて、下がりきっていた肩に力が入り姿勢を整えた。
「解雇されるのではないのですか?」
「はい、おふたりに関しては、最初から解雇するつもりはありませんでしたよ。2か月後はわかりませんが」
ミッチェルさんはこのあたりの地図を取り出すと、東の森の調査範囲を木の棒で指し示した。
「隊長とジャン、それと隊長補佐が仕切ってます。筋肉隆々の大男が隊長です。明日の朝にまたここに来てください。隊長を紹介します。馬でここからの森の方へ移動してもらいます。アベルくん馬は乗れますか?」
「はい、乗れます」
馬の世話をしていたのだ当然乗れるとも、馬に乗るための踏み台があればだけど。
「今回の調査はあまり石版が出てきていません。私達の調査範囲で3枚というのは過去の記録からしても少なすぎます。おふたりは事情により、お金を少しでも稼ぐ必要がありますので、特別に雇用を延長します。誰でもと言うわけには行きませんので、秘密でお願いします。他にも数人この隊から延長していますが、見かけても知らん顔ですよ」
今だ何も見つけられず、銀貨だけは貯まってきたが、目標の額までは遠く及ばない。
「ありがとうございます!」
アーサーは何度も頭を激しく、上げ下げした。ぼさぼさの髪がさらにぼさばさになった。髪と髭ぐらい美容室にでも行って切ればいいのに。それぐらいのお金はもうたまっているはずだ。
次の日の朝早くに、ミッチェルさんのキャンプにやってくると、2メートル近い大男が馬と一緒に立っていた。ミッチェルさんの白い制服より赤いラインが太く、服のデザインも違っていた。
「ミッチェル、このふたりか?」
「はい、隊長よろしくお願いします。僕たちもここが終わり次第、モーリーの方に応援に行きます!」
「そうしてやってくれ! 女ひとりで男どもをまとめるのは、モーリーだとはいえやはり大変だからな。おっと、挨拶が遅れました。先行調査部隊の隊長を任せられております。サミュエル・グルトブルーと申します。調査へのご協力まことに感謝いたします。まぁ堅苦しいのは挨拶だけにして。馬に乗れ、すぐに立つぞ」
僕は小動物でもつまみ上げるように、サミュエル隊長につまみあげられ、馬に乗せられた。
「出発だ‼」
サミュエルさんを乗せた大きな馬は勢いよく走り出した。
「ミッチェルさんありがとうございます」
「頑張ってくださいねー‼」
走り出した馬は、屋敷の馬たちよりも早く、風のように平原を駆け抜けた。
「これより本日の東側一帯の森の調査を開始する。今日から新人がふたりほど増える、伝達事項は以上だ。新人ふたり以外は引き続き調査を続てくれ」
ふたりだけ残って、サミュエルさんの話を聞いた。
「これからの調査で我々が探すものは遺跡の入り口である。過去の調査で分かったことは、入り口には魔法の仕掛けが施されてあり、そしてそれは魔法使いの我々にはけして見つけられないようになっている。なので遺跡への入り口の発見は、すでに諸君らの報酬である。見つけたものには金貨100枚が報酬として支払われる」
金貨100枚もあれば遊んで暮らせるほどの大金だ。
アーサーは口から歓声がオー‼と小さく漏れていた。
「次に大きな報酬は石版の発見だ。絵が動いている物なら金貨30枚。動いていない物、欠けている物でも金貨10枚だ。黒い石版は変わらず金貨1枚で引き取る。遺跡の入り口だが、北は山の洞窟の地下に、南は森の外れに、東は湖の水中洞窟の奥で遺跡が発見された。発見した歴史的価値のある物は、すべて国の重要文化財となる。私物化することは断じて許されない。発見したものはすべて報告する義務が発生する。契約の魔法により、諸君らが犯した罪はすべて把握されるので報告するように!! 」
ミッチェルさんにも初日に同じような話をされた。違うのは石版の発見報酬が上がっているということくらいだ。
「過去の調査では、悪魔からの襲撃を受け多くの人が死んだこともある。今回の調査でも西国に悪魔が既に侵入している。何かあれば我々が対処するが、危険を感じた時には、この銃で赤色の信号弾を上げるように」
サミュエル隊長から渡された銃には、銃弾の代わりに石版が内蔵されている。
「使い方は簡単だ。天に向かってここの引き金を引け」
隊長はそういうと引き金を引いたが銃からは何も打ち出されなかった。
「必要な時以外には引き金を引いても何も起こらん。人に向けても発砲も不可能だ」
アーサーに向かって引き金を引いたが何も起こらない。宿でのひと悶着でその点は理解していた。
「ここからの調査は結界の近くを捜索することもある、場合によっては、命を落とす危険があることを承知してほしい。ここまでのことはわかったか? 返事がないぞ、わかったか?」
「はい!」
「よろしい! 調査を開始次第、探索範囲を区切るための結界を展開する。壁にぶち当たれば調査範囲はそこまでってことだ。あとは好きなように調査してくれ。もちろん土をほじくり返す必要はもうない。遺跡の入り口が地下にあってもそこだとわかるらしい。夜には調査が終了し結界の一部を解除する。何か発見したものはその時に本部に報告するか、青の信号弾を上げてくれ。青と念じて引き金を引けば青になる。信号を確認次第、俺が見に行く。悪魔よけの結界は常時発動しているので、森で野営しても構わない。テントは貸し出している。朝の朝礼にだけは必ず参加するように。調査最終日に、その銃は返却してもらう。紛失の場合は銀貨45枚の支払いに応じてもらう。故障の場合は銀貨10枚だ。使う前に壊れてましたはなしだぞ。すべて我々が調べてある。何か質問はあるか!! 」
「悪魔が結界を破った場合、私達はどうすればいいのでしょうか?」
アーサーは、恐る恐るサミュエル隊長に質問した。
「平原の本部まで走って撤退だな。おっといかん、もうひとつ渡すものがあった」
上着の内ポケットからサミュエル隊長は、細長く折った紙を1枚取り出した。
「これは?」
「地図だ。すでに調査した範囲はそこに自動で記される。どこにだれがいるかも一目瞭然というわけだ。調査時間が終われば地図には何も記載されなくなる。その後はいくら調査しても構わないが地図には記載されない。朝礼の位置は地図を見て私のいるところまで来るように。地図は返却不要だ調査が終わればただの紙切れに戻る。開いてみろ」
初めて見た魔法の道具に興奮しながら、地図を開いた。
人の名前が動いている。自分とアーサーの名前もしっかりと書かれてあった。
「今いる周辺しか埋まっていないな。君たちの活躍に期待している、いってよし!! 」
「はい!」
「アベル待て。サミュエル隊長、テントをお貸しいただけますか?」
「野営するのか、わかったしばらくここで待っていろ。直ぐに取ってこよう。トォー!!」
そう言うとサミュエル隊長は地面を強く蹴り垂直に飛び立った。
「……すごい、あんなおっきな人が空を飛んだ」
僕は暫くポカーンと、空を眺めていた。
*
「ジャン!! 居たらテントを2つよこしてくれ!!」
先行隊調査隊のキャンプ地に隊長のうるさい声が響いた。
「投げるぞ、隊長!!」
「かまわん!! 早くしろ!!」
本気で投げてやろうと、自分の部屋から駆け出し、2階にある備品置き場から、自分の背丈より短い、長方形に収納されてある簡易テントを持ち出し、バルコニーから声のする方向の空に向かって構えた。
肉体強化の魔法を自らにかけ、力の限り隊長の方に向かって投げつけた。
「オラァ、受け取れやぁー!!」
風の魔法でさらに加速させる。
「ふんぬ‼」
隊長は2つを両脇でしっかり挟み込むとグローブに球がおさまるいい音と同じような音がした。
「ッチ、取られたか」
「なかなかいいパスだなジャン、次も機会があれば頼むぞ、トォー!!」
隊長はそのまま飛行の魔法で飛び立っていった。
持ち場にそろそろ出ていこうと、部屋に戻って支度をし終え部屋を出た。
「隊長は静かに飛んでけないんですかね」
「いい加減慣れろよ、セリナ」
部屋から支度を終えて出てきた、隊長の補佐官のセリナは、まだ眠そうにあくびをしながら、自分の長い紫色の髪をゴムで縛った。
ジャンは軽く肩を回しながら、静かにセリナとキャンプ地を飛び立った。
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