第8話 お嬢様はお豚がお嫌い

「いつまで待たないといけないのかしら」

「お嬢様の前の方が役所に入るまでですな」


ホテルからでかけたリーシャと執事たちは、今日も長蛇の列に並んでいた。

役場の入り口までは、まだまだ遠い場所に位置していた。


「ジェベック、この人たちにいくら払えば先に行かしてもらえますの?」


お嬢様はポケットから金貨を数枚取り出した。


「おやめくださいお嬢様、人は欲深いものです。金貨が何枚あろうと足らなくなります」


ジェベックは慌てた様子で金貨をリーシャのポケットに戻させた。

ジェベックの慌てようを見て、リーシャはそうね、と納得して金貨をしまい、それ以降金貨を取り出すことはなかった。

ジェベックは周囲を見回しながら、安全であることを確認し、安堵した。


「わざわざ、こんな辺鄙な土地まで出てきたのに、なんで私が並んで待たないといけないんですの」

「お嬢様、並んで順番を待つ、これは大勢の人が平等に争いなく生活していくために必要なことです」

「馬鹿馬鹿しい。役所の所長に話をつけに行ってきなさい。そんな優先順位よりももっと重要な優先順位があることを、そんなこともわからないのかと、教えてやりなさい!」


 リーシャは役所に向かって指をさしたが、ふたりの執事は動かなかった。


「昨日もお嬢様に命じられて役所に行きましたが、所長はしばらくご不在とのことでした」

「使えない所長ね。どこで油を売ってるのかしら、この調査のために当家がいくら出資したのか、ジェベックも知っているでしょ?」

「出資されたのはお母上です。お嬢様ではございません。たくさん出資した家の娘だからと言って、優先される。………こともありますが、今回は違います!理解して順番をお守りください」


「どうして! 私が! 参加するのに! いちいち役所に許可をもらわないといけないの!」

「お嬢様お静かに、他の方にご迷惑です」


リーシャはジェベックの体を何度も小さな拳でポカポカと叩き続けた。


リーシャには不便が無いように、ラーナと街にでかけに行かせたりと、ジェッベクは機嫌を取っていたが、そろそろ今日も限界を迎えそうだ。


「お母様もひどいですわ、私ひとりぐらいどうにでもできるでしょうに」

「お嬢様の言い分もわかりますが。ご容赦ください」

「もう2日も並んでるのよ。いい加減にしてほしいわ」


自宅で大事に育てられたリーシャに、社会勉強をさせるためにと、ローニャから言われてここにジェベックたちは並んでいた。


いくらリーシャの願いでも途中で帰る事は、ローニャに許されていないことをジェベックは聞いていた。


「全員と契約の魔法を交わしているのだと思われます。契約書は魔法のインクで一枚一枚手書きですからな」

「よくみな様は、我慢して並べますわね」

「お嬢様の忍耐力がとぼしいだけです」

「ラーナ? 今なんと言いましたの?」

「お嬢様に聞こえないように事実を述べました、黙秘します」


リーシャに文句を言えるのは、ジェベッグと傭兵上がりのラーナを入れても、5人くらいのものだった。


「他の受付場所もどこも長蛇の列です」

「今日のお母様のご予定は?」

「本日はホテルから出かけると聞いております」

「また、あのお豚様のところね」

「これはまた厳しい評価ですなお嬢様。新たなお父上になるかもしれない方をお豚様呼ばわりとは」

「ジェベックもそう言ってたでしょ」

「はて、何のことでしょうか。心当たりがありませんな」


どこでその話を聞いたのやら、やはり盗聴防止の魔法を常にかけておけばよかったと、ジェベックは内心冷や汗をかいていた。


「商人としては西国で最も優れておられるお方ですぞ」

「肥えすぎたお豚様よあんなの」

「クッアハハ、肥えすぎたお豚様。アハハハハハ、それ最高ですお女様ヒィヒィ。…………失礼しました」


ジェベックの視線に気が付いたラーナは黙った。


「ラーナも笑ってるじゃない。お母様も趣味が悪いのよ」


リーシャの恋愛対象はミカのように美しくかわいい女か、自分が認めた男でないととても恋愛などできないと心に決めていた。


「お嬢様、言葉使いにはお気を付けください。お母上に聞かれたら、命が危ういですぞ」

「知ったことないわ、嫌なものは嫌よ」


今日の様子だともう少しここにいてもらえれそうだ、と判断し直したジェベッグだった。

親の苦労子知らずのお嬢様ですが、いつの日か立派な女性になられると信じておりますと、リーシャにはもう少し社会勉強の機会が必用だと、ひとりでリーシャの心配をするジェベックであった。



*


「なるほどね」


警備員から解放され、調査局を名乗る一向に事情聴取を受けた。

ミッチェルさんは先にランドロバー婦人の話を聞いたのち、僕たちの話を軽く聞いた。


「うん、だいたい把握したよ。ジャン!」


ジャンというミッチェルさんと歳が近いそうな青年が、ミッチェルさんに呼ばれた。ミッチェルさんも席を外し、少しふたりで何かを話し合ってから二手に分かれた。ミッチェルさんはこちらに戻ってきて、ジャンという青年はランドロバー婦人と何か言いあっていた。


契約違反における『罰則ペナルティー』を受けた少女は、ミッチェルさんの部屋でミッチェルさんから部下が治療を受けている。


「つまり、ランドロバー婦人は契約の魔法を用いて、彼女に過度の罰則を『罰則ペナルティー』を与えたと君は言いたいんだね。アベルくん」

「そうです」

「ふむふむ、それで君はそれ以上の行為を止めるために、瓶の水筒を窓に向かって投げ、現在に至るだね」


円形のガラステーブルに置いていた、ミッチェッルさんの青い石板が青く淡い光った。ミッチェルさんはそれを手に取り、口元に持った。


「もしもし?」


「ミッチェル副隊長、少女が目覚めました」

「ありがとうボズ、何か温かい食べ物を彼女にあげてください」


ミッチェル・クレイグと名乗った青年は、ホテル1階のラウンジで僕たちの話を親身に聞き続けた。


「ミッチェル、ババァは用事があるって出かけたぞ。俺も出かけたいんだが」

「つけなくていいよジャン。彼女は今回の調査の一番の支援者パトロンなんだ。ちょっと問題があるけど。ジャンは会ったことがなかったね。たぶん大丈夫な人だからここに居てほしいかな」

「どうりで調査について詳しかったわけか。なら別にほっといてもよさそうだな」


ジャンという青年は、少し離れた場所に腰かけた。


「アベルくん話を戻しますが、契約の魔法は君の言うとおり、悪用することが残念ながら可能な魔法です。魔法の間違った使い方であることも認めます。けれどそれを裁くことはできないんです」


ミッチェルさんもランドロバー婦人に非があるをこともを認めたが、罪に咎めなかった。


「どうして!」

「魔法は人に危害を加えられない。また、死亡や不幸になる場合発動しない。しかし、命の危険が迫った場合にのみこの限りではない、であってるかな?」


「そのとおりですアーサーさん。今アーサーさんがおしゃったのは、魔法の世界で定められている法律の一部です。契約違反における『罰則ペナルティー』前半部分の対象外ですが、後半には含まれています。例外の場合も多々ありますが」


ミッチェルさんの言う例外は、契約違反の罰則が死や特殊な場合の話だ。

その場合のみ、魔法が人を殺すことや相手に多大な不利益を被らせることが可能になっている。犯罪者の釈放時に観察期間として特殊な罰則を用いたりすると、ウェインさんから聞いたことがある。


「つまり、魔法が発動すれるということは、その人は死なないし不幸にならないから悪ではない。痛みは契約を破った報いであり、痛みを与える側は罪に問えないということです」


「でも、あの子が破った契約の内容は、その罰則に見合ったものだったんですか? 」


僕の質問にミッチェルさんは残念そうに固く口を閉ざした。

契約の内容については、僕らには話してもらえないだろうから確証はないが。おそらく釣り合っていないのだ。


小さな失敗で、死ぬか死なないかのひどい罰則を与える。今回のケースがまさにそれだ。しかもランドロバー婦人は罰則を重ねがけしている。異常としか言えない。

僕の場合は一度でも体が動けなくなるほどの罰則を受けるんだ。三度重ねてかけたりなどしたら死んでいてもおかしくない。


ランドロバー婦人は間違いなく、僕と同じくらいあの少女に、別に死んでも構わないと思っているに違いない。


彼女の契約の魔法の罰則事項には、死の文字がもしかするとあるのかもしれない。


けれど当事者以外は、だれも契約の内容を更新または変更できない。契約者同士が合意しなければ契約の内容は変更できないからだ。強制的に更新、変更させる法律もないし、する義務もない。契約の魔法についてカービスから耳にタコができるまで詳しく話を聞かされているので、そこまでは知っている。


「アベル、悪魔の話はしたな。知ってるかもしれないがその悪魔も魔法だ。けれど人を殺すし、人を不幸にする。俺たちには逃げることしかできないし、どうすることもできない、抗えないんだよ。魔法にはそういう理不尽な面があるんだ。人間にもあるだろ、そうだな怒りに身を任せてしまう一面とかな。さっきも言ったがこれは仕方ない解決できない問題なんだ」


ミッチェルさんをかばうようにアーサーは、自分の経験をもとに話し出した。


「魔法の理不尽さは理解してます。僕も罰則をこの身に受けたことがあります。でも魔法と人間は違います。人間に非道で愚かな一面があるからと言って、魔法の理不尽を誰かに安易に行使していいとは思いません、してはいけないと思います」


「わかる。お前は正しい、俺もそう思う。だけどな人間てのはそれでも過ちをやっちまうもんなんだよ。誰もがお前や俺みたいに正しく強いわけじゃないんだ」


「それでも僕はそれが許せません!」

「そうだな、俺も許したくはないさ。でもアベル、弱さがあることを受け入れないといつかその正しさが苦しさに変わる日が来るかもしれない」

「そんな日は来ません、僕は魔法が大っ嫌いです。フン‼」


アーサーはお手上げだと、ミッチェルの方を見た。


「魔法とは豊かさであり、悪魔という魔法は、魔法がもたらした豊かさの対価だという人がいます。そのあたりの調査も、僕たちの仕事の一部なんですが、……なかなか進展はありません」


ミッチェルさんは一口グラスに注いである水を飲んだ。


「アベルくん、少し難しい話になりますが、今現在わかっていることを話せる範囲でお話します」


ミッチェルさんは咳ばらいをひとつして僕の方を真剣に見つめながら話し始めた。


「魔法には黒い魔法というものが存在し、それは私たちが使っている魔法とは、魔法の作成段階から異なっている、またはまったく毛色の違う魔法だというのが、現在の調査局の見解です。そのため、現在の魔法の法律に縛られない魔法が存在する。これが悪魔という魔法の正体であると考えています。契約の魔法は、この黒の魔法に近い系統の魔法なのだと思われます。なので法律による縛りが甘いため、悪用することが可能になります。また、魔法自身の判断により、死亡しない程度に痛めつけられることを、不幸なことだと判断していない可能性があります。本来ならば死ぬはずだった者が、腕一本の怪我で済んだ場合、これを不幸とは言いません。むしろ運が良かった、不幸中の幸いだという人もいます。おそらく契約の魔法の不幸の判断基準もそのようにとても曖昧なんだと思います」


「じゃあ、そこを法律で整備すればいいのでは?」


アーサーが僕の言いたいことを先に言った。


「それができれば苦労しないっての!」


沈黙していたジャンさんが急に怒った声で割って入った。


「ジャン、ふたりは魔法使いでもないんだから、知らなくて当然だろ」


ミッチェルさんはなだめるように声をかけた。


「いいですか、法律という名の魔法に対する規制は、既に魔法に組み込まれているんです。つまり、新しい規制を設ける場合、魔法をいちから組み上げなければなりません。そこまでは一流の魔法使いには可能です。けれどそれを石版に魔法として納めることは、現在存命する魔法使いには、誰一人できる者がいません。つまりただ法を国でしいても、現実的には何も変わりません。忠実に守る人はおそらく法律がなっくてもそれが悪いことだとわかりますから行いません。少しは効果があるとは思いますが根本的な解決には至らないんです。先ほども言ったように契約の更新や変更は両者の同意がなければ行えないので、厳しく取り締まり、捕まえても、契約を提示した側が更新や変更に応じないのが落ちです」


「提示側を拷問でもすりゃあ、改心するかもな。 契約の魔法で調子に乗った貴族の四肢を切断して、無理やり契約を解除させたって、昔の記録が今も残ってる」

「それじゃあ、やってることが同じだ。ひどすぎる」 


「アベルくんの言う通りですよ、ジャン」

「なら、昔は契約の魔法を解除する方法があったらしいぞ」

「ほんとですか!」


それは、ぜひとも知りたい。


「ジャン、今の発言は機密事項の守秘義務を破ったことに、抵触するおそれがあるよ。あとで管理局の人に怒られても知らないからね」

「おっと、悪い悪い口が滑った。ぎりぎりセーフだと思うが、聞かなかったことにしてくれ。それとあんまり誰にも言うなよ。下手したら管理局に記憶ごと消されかねない。契約の魔法はどっちかが死んでも契約の解除の条件を満たさない限り続くからな。まあ、その辺は管理局の管轄だ。俺たちは口をはさめない。今日みたいに話を聞いて、注意ぐらいしかできないってわけだ」


「もちろんどの国でも、過度な罰則を与えないようにとか、契約する側は内容をよく確認するようにと、注意喚起をしているんですが。……残念ながら現状の様な事態が現実です」


幼い時に、契約の魔法を保護者が代わりに結ぶことができる。それを悪用して、子供を育てられなくなった親から引き取り、子供を一生契約の魔法で縛り、奴隷のように扱う事件も南では起こっている。

いくら注意しても、僕のように本人の意思が反映されない状況下では、どうしようもない。


「ランドロバー婦人が彼女に与えた暴力も間違っています。それに関して厳しく注意したんですよね、ジャン?」


「あぁ、一様な。反省してるといいけどな」


ジャンさんの様子では反省しているようには思えなかった。


「アベルくん、世界には理不尽では済まない、不条理な、絶望してしまうような辛いことが、たくさん溢れています。どうか気を付けて」


聴取を終えて、窓ガラスを割ったことをホテルの支配人にミッチェルさんと謝罪し、帰ることになった。


*


「いいのかよ、帰して。あの女がまた襲いかねない」

「両者とも反省してましたし、大丈夫でしょう。良い子ですねアベルくんは、ジャンにも見習って欲しいです」

「俺にもあんな時期があったぞ、一様。で、わざわざ俺を探してたふたりの配属先はどうするんだ?」

「僕の方で始めは面倒を見て、後は隊長に任せようかと。成果を上げればその後も調査には参加できるでしょうし、問題ないと思います。契約の解除条件が金貨30枚ですか、彼には大変ですね。アーサーさんも大変ですが」


帰りの道中にふたりの話を聞いた。アベルくんがやたら契約の魔法の解除方法知りたがっていたが減給されるのは避けたいので黙秘した。


魔法使いを探せなど遠回しの言い方をしなくても、調査隊を探せともしくはツムリ平原の本部に言って事情を話せば、誰かが対応しただろうに。アベル君の指導係は彼に厳しすぎるのではないだろうか。


「隊長のとこなら死ぬこともないな」


高級住宅街の外までふたりを見送った。まだ彼らの背中は見えるが見送りはもう十分だろう。


「やはり魔法にはおかしな点がありますよね、ジャン」

「何を爺さんみたいな事を言ってるんだ」

「いや、元本部長の気持ちが、彼ならわかるかもしれないなと思っただけですよ。それからジャンは、ほんと口に出す言葉には気を付けてくださいよ。厳重注意です」


最後に正義感にあふれた少年の背中に静かにエールを送って帰った。

帰り道の途中、石版がまた青く光りだした。


「ボズどうしたの?」

「本部から連絡です。明日の午後には本部の方々が到着するようです」

「わかった。ありがとうボズ。彼女はもう戻ったかい?」

「ええ、少年に礼を言いたいらしいので、名前だけ教えておきました」

「そうだね、どこに住んでるか知らないもんね」

「それと副隊長、ランドロバー夫人より聴取時に注文した飲食費の請求とホテルからも迷惑料を払えと連絡がきましたが」

「え、なんだって?」

「そういえば、そんな記載があったような。トラブルを起こした場合になんたらって、お前が俺に注意した奴じゃないか?」


ホテルに泊まった初日にそんなことをジャンに言った気がしてきた。


「経費からでいいよね。うん、そうしよう。ホテルの入り口も魔法で修繕したし、そんな高額じゃないだろ、ボズ?」

「今期の残り少ない経費で足りますかね? モーリーにも伝えておきます」

「うん、嫌だけどボズから言ってくれると助かるよ」


あぁ、モーリーにまた怒られる。これは確定事項だろうなと思うと、帰るのが急に億劫になった。



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