第7話  癇癪持ちのランドロバー婦人


張り込みを始めてから5日目、ウェインさんの都合で訓練が早朝になり、昼までの勉強が夕方からになった。修道院でもらった朝食のパンとガラス製の水筒に入れられた牛乳を、アーサーと分け合いながら、目的の人物が宿から出てくるのを待った。


「いた?」

「駄目だな、2日目の暮れにお前と同じ年くらいの女の子が、執事を連れて出てっただけだな」


初日で警備員に目を付けられ。堂々と宿の前で出待ちできなくなったので、家の影からこっそりと、目標の男を待っている。それでもアーサーの見た目が怪しいので、いつか誰かに通報されそうだ。


「周辺の人にも、背中に剣を背負った男で、年齢は20代。明るいオレンジの長い髪に、全身傷だらけの男を見たかと聞いたが、知らんとさ」


アーサーには、すでに銀貨5枚を支払った。アーサーは案内だけじゃ悪いと、調査の前日まで張り込みをかって出てくれた。


昨日は僕が街を探しに行き、アーサーは動くと腹が減るからと、家の影に魔の山の洞窟から持ってきたご座を敷いて、出待ちを続けていた。

大金を稼げるなら俺も魔法使いを探すしかない! とも言っていたのですっぽかしたり、見逃すことはないと思っている。


「アーサーは何で無一文なの?」

「出会ってから、5日目にしてそれを聞くか」

「もっと早く聞けばよかった?」

「そういうことでもないんだが。……複雑なんだ、ほんとに聞きたいか?」

「アーサーが嫌じゃなかったら」


いいだろうと判断したのか、アーサーはこちらを向いて話し始めた。


「俺がどうして無一文になったか話してやろう。俺は中央のアクターというそこそこ大きな町で、荷物の運送の仕事をやっていた。34人の部下がいて、そこそこ稼いでいた。生きていくのには困ってはなかったし、嫁と娘、アベルと同じぐらいの息子もいた。2年前かぁ、大きな依頼が入った。東国の田舎町まで荷物を届けてほしいという依頼だった。東国がごたついてるのは知っていたし、馴染みの客でもなかったし、断ってもよかった。今思えば断るべきだったんだが、報酬が良くてな。部下とも話して、引き受けた。運ぶ荷の中身は衣類や食料品だった。旅行気分で嫁と子供達もついてきたんだが、東国で悪魔に襲われた」


アーサーは涙をこらえるように、空を見上げた。


「そいつは俺の部下を殺していった。急いでちらばって逃げたが、護衛もみんなやられちまって、気が付いた時には、子供達と妻を乗せた馬車が無くなっていた。生き残ったのは俺だけだった。誰か生き残っていないか探したし、遺体もできる限り回収して、埋葬した。幸い家族の遺体は回収できたよ。1年後にアクターに帰って来たが、荷の代金の賠償に、家も土地も取られた。亡くなった部下の親族にも謝りにまわった。酷く叱られたよ、当然だな。無一文しになったのは、そう言う訳だ」


汚れた服の袖で、アーサーはこぼれた涙をぬぐい去る。


「そんな時に、西での調査の噂を他の街で聞いて、なけなしの金をはたいて、ここまで来たってわけだ。やり直すにしても、生きてくのには金が要るからな」


アーサーは僕の支払った銀貨5枚をポケットから取り出して。僕に話を聞いてくれてありがとうと言った。


「お前に悪魔の話をして悪かったな。その銀髪は、呪われた人間から生まれる子の髪の色だろ?」

「母さんが悪魔に呪われて、僕を産んで死んだんだ」


アーサーは、深く聞いて来ることはなかった。


「残念だったな」

「アーサーもね」

「心配すんな。大人は強いんだ」


悲しそうな顔を隠そうとしながら、アーサーはそういった。


「悲しい時は強いことが素晴らしいことじゃないって、けど強くもあらなくちゃって、僕の師匠はそう言うんだ」


快晴の空を見上げながらアベルはウェインに言われたことを思い出した。


「何度いったらわかるの!!」


「なんだなんだ」


しんみりした空気を吹き飛ばすように、女性の罵声が閑静な通りに響いた。

ふたりでこっそりと家の影から宿の方を覗き見たい。


「申し訳ありません」

「使えない。使えない、使えない、使えない‼」


黒い胸元の開いたドレスに見を包んだ茶色のロングヘアーの美人な女性が、髪を乱しながら僕と同じ銀髪の少女に怒鳴っていた。

初めてみる、僕と同じ銀髪の少女は、メイド服に身を包み、顔の前面だけを隠すように黒い布が垂れていた。


「本当に貴女は出来損ないね。『罰則≪ペナルティー≫』」

「お許しください。奥様」


少女は胸のあたりを苦しそうに抑えている。


「ふふ、苦しいかしら? 安心しなさいあなたが死んでも、あなたの代わりは大勢いるのよ『罰則≪ペナルティー≫』」

「どうか、お許しください。いや、いやです」

「また、わたしに反抗するの? あなたはいつになったら私の役にたってくれるのかしらね? 『罰則≪ペナルティー≫』」

「奥様、どう……か……お許し……を……」


銀髪の少女は意識を失った。


「ほんと、使えないんだから!!」

「ヤメロー!!」


僕が叫んだのとほぼ同時に、女は少女を強く蹴り飛ばした。


女が彼女を蹴り飛ばした瞬間、自分の心の中で、何かが燃え上がるように熱くなるのを感じた。彼女が銀髪だったからなのか、罰則を受けていたからなのか、同じ使用人で不遇な扱いを受けたからなのかはわからない。


体が本能的に動いた、手に持っていたはずの水筒の瓶は、すでに女めがけて宙を舞ていた。


少女の体は、階段を転げ落ち、警備員ふたりの間を通って、力なく道に横たわった。


宙を舞った瓶は女に当たることなく、ホテルの入口の窓に当たり、窓ガラスごと割れた。


「どうして、人の痛みがわからないんだ」


黒い布ははだけ、少女の額と口からは血が流れている。意識はなく呼吸も止まっている。


「服が汚れたわ、どこの坊やだか知らないけど。弁償してもらうよ」


「あなたの魔法の使い方は間違てる」

「見ていたの? これが契約の魔法の正しい使い方よ。もっとひどい使い方をしてる者も多いのよ坊や。同類に情でも沸いたか!!」


女の怒りはまだ収まっていないのか、それとも呪い子に対する軽蔑からなのか、急に口調が変わった。


「アーサー、早くこの子を病院に」


女をにらみ返していたが、今はそんな場合ではないので視線を切った。


「なぁ、ふたりとも少し落ち着こう。あんた、ガキにはよく言って聞かせておくから、あんたも服の弁償は勘弁してくれないか、魔法で何とかなるだろ?」


アーサーは、倒れている少女に視線を向けない。


「あなたはひどい身なりだけど、その子の保護者か何かなのかしら?」

「協力者だ、魔法使いを探しててな」

「……そう。魔法使いねぇ」

「アーサー!」


少女の頭からの出血がひどい、止血しないと。


「坊や名前は」

「そんなこと、今はどうだっていいはずでしょ!! アーサーも早く!」

「答えるんだ、アベル」

「そう、アベル。あーやっぱり、その髪の色からしてそうだと思ってたけど。あなたが彼を束縛して、重荷になっているアベル・ウィガロットかぁああああ!!」


落ち着きかけていたように見えていた女は、また僕の名を聞いて怒り狂った。女は何もない所から、緑の石版を取り出した。


「おいおい、アベルこの人に何かしたのか?」

「今日会ったばっかりだよ!!」


女の石版は緑色に激しく輝き始めた。


「お前さえいなければ。私は今頃。お前など、お前など死んでおしまい、アベル・ウィガロットォオオオ!!」


ホテルの入り口周辺が、風の魔法で大破する。警備員のふたりも慌てて距離をとった。

アーサーはようやく倒れた少女を慎重に抱え安全な場所に逃げ出した。


「クッ」


僕は風圧で後に尻もちをついた。

さっきまで僕の立っていた場所には、大破した入り口の瓦礫が、風の魔法によってうち放たれ、道に深々と突き刺さっていた。

女が魔法を止める様子はなく、僕は仕方なく抜刀する。


「ど、どうされました!ランドロバー婦人‼」


飛んで来る瓦礫を、切伏せながら避けていると、ホテルの中から異常事態に気がつき人がぞろぞろと出てきた。すると彼女の石板の光が消えた。


「警備の方、この人たちを追い払ってちょうだい。私に物を投げてきたの、窓を割ったのも彼らよ」


その後、すべてを吹き飛ばしたのはあなたでしょ、と反論したかったが逃げた方がよさそうだったので黙って逃げだした。


「わかりました。お前たち、ちょっと来てくれ」


中から外の人よりも屈強な男たちがわんさかと出てきた。


「逃がすな。追え‼ 弁償してもらわんと、ウィガロット様に顔向けできん」


僕はそのウィガロット家の屋敷の者なんですけどね。

道をよく知らない高級住宅街の路地を全速力で逃げる。


「そっちにいったぞー‼」

「束縛せよ。拘束バインド


逃走は残念ながら、失敗に終わり僕らは捕まった。


「みてよ、この子は額から血を流してる」

「お客様の問題だ、君が口出しすることじゃない。それに君はランドロバー婦人に向かって物を投げただろ」


血を流していた少女の頭に包帯が巻かれ、少し手当をしてもらえたが、相変わらず意識がないままだった。


「その人は僕に殺す気で魔法を使って来たんだよ」

「正当防衛でないと攻撃魔法は発動しないのよ」

「僕は殺すつもりなんてなかった。正当防衛でもない」

「あなたの投げた瓶が後頭部に直撃していれば死んでいたかもしれないのに?」

「僕は当たらないように窓に向かって投げたんだ」

「そうだとして、じゃああなたは何で帯剣してるのかしら、お金持ちのわたしを狙った犯行だったかもしれないでしょ」


ランドロバー婦人は、自分の都合のいいように難癖をつけてくる。


「今朝早くに訓練があったんだ。町には帯剣の許可はとってあるし、確認すればわかることだよ」

「許可されてるからと言って、あなたみたいな子が犯行に及ばない理由にはならないのよ」

「そんなこと言ったら、帯剣してる人間はみんな犯罪者扱いじゃないか」


抵抗むなしく手錠をかけられ、警備員とランドロバー婦人とも激しく口論になった。


「だめだ役所に連れて行こう。真相がわからん、話はそれからだ」

「あの女の人は捕まらないの?」

「複雑な問題なんだ、アベル」

「大人はそうやってごまかすよね」

「俺はお前の味方なんだが」


アーサーは抵抗することもなく、僕の態度に困ったような顔をする。


「抵抗するな。役所に突き出してやる」

「いやだ、放せ」 


僕の両肩に手を置く警備員から無理やり逃れた。


「このガキ、『拘束バインド』」


一度は解除されていたが、再びきつく縛られ、身動きひとつできなくなった。


「クッ」

「大人になれ、アベル。これはどうにもならない」


そのまま倒れ込んだ僕に向かって、警備員に挟まれたアーサーが連れ去られながらそう言った。


「高級住宅街の外までだから、我慢しろよ」


抵抗もできなくなった僕は、警備員の男の人の肩に担がれ連行される。

ランドロバー婦人と言う女性の方を睨みつけたが、女はこちらを見ることもなく中に消えようとした。


「待ってください、これはなんの騒ぎですか?」


声のした方には、白に赤いラインの入った服を着た一団がいた。声を発した小柄の金髪の青年がアーサーの言っていた男と並んで立っていた。


「アーサー! 見つけた、探していた魔法使いだ!」


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