第6話 無一文しのアーサー・イールドネス
魔法使いを探し始めて3日目、町ではいろいろな噂が流れ始めた。
「見慣れない人が増えてきたね。何もなきゃいいんだが」
「俺は確かに見たんだ。人が空を飛んでゆくのを」
「勝手に森の中を調査しに行った男どもが捕まったらしい」
「ツムリ平原に大きなテントがいくつも建ってるって噂だ」
「国境付近で何人か人が死んだらしいよ」
「登録はすましたよ。まずはツムリ平原から調査するんだってな」
「すでに中央から調査隊が派遣されてきてるって話だ」
「うちも満室だ。他を当たってくれ、あんた噂じゃどこも空きがないらしいぞ」
町には人が溢れ、活気づいている。相変わらず役所に向かう道には、長蛇の列ができていた。おかげで役所で働いているカービスに会わなくて済むのは、大いに助かっていた。
ようやく掲示板の周りに人がいなくなり、遺跡調査に関する広告を見るために、町に来ていた。求人の募集や町の行事などが、いつもは張られている。掲示板の半分近くを使って、今回の魔法と遺跡に関する調査につての広告が貼られていた。
掲示板には他にも仕事の募集が5つ張られてあった。
「隣町までの積み荷の護衛。売り子の募集(女性のみ)。南国との国境警備員。河川工事の人員募集。鉱山での作業人員の募集」
屋敷で聞いた噂のおかげで僕には、残っている求人はどれも危ない物だとわかっている。鉱山は崩落が起きて大勢が死んだ。河川工事は難航しており魔法使い以外には危険な仕事が待っている。南の国境警備は亡くなる人が多い。かろうじて僕ができそうなのは、護衛だろうが隣町には行けない僕には、請け負えない仕事だった。
当然ながらどの仕事に就くにしても、金貨30枚稼ぐには何年も働かなければならない。
アベルは売り飛ばされた方が自由になれるかなと考えてみたが、また契約の魔法で縛られて終わるだろうと、早々に結論に至った。
自分の頬を両手で叩き、余計な事を考えるなと言い聞かせた。
「町の方で調査に参加する方は役所まで手続きに来るように、町外の方は手続き料として銀貨5枚、お支払いください」
あの長い列に並ぶとなると今日のことになりそうにない。
振り返ると役所の職員が、最後尾の看板をもって並ぶ人たちに声をかけている。
整理券をもらっても並ばない人もいる。今の番号は何番なんだろう、と思いながら掲示板に視線を戻した。
「なかなか見つからない」
アベルは小さくため息をついた。
そもそも、魔法使いの見分け方なんてないだろうし。国に許可を取れば一般人でも魔法が使えるわけで、魔法を使っている人すべてが魔法使いではない。
「魔法使いの定義は、魔法学校を卒業した者であること」
魔法から遅れている西国に、魔法使いなんてそうそういない。王都ならまだしも、ここは辺境のエスペランサだ。
外部から来た人間に声をかけた初日、ほとんどの人が隣町や噂を聞いた少し遠い街の人だ。国外からの人はいなかった。
長蛇の列に並ぶ知らない人に声をかけた2日目。こちらも国外からの人とは合わなかった。
なぜ魔法使いを探すことが、長く働けるコツなのかが僕にはまだ理解できていない。
「はぁー」
時間の無駄だよな、と思いながら広場を去ろうとした。
「なんだ? お前も銀貨5枚が払えない口か?」
広場の花壇の影に座り込む、無精髭を生やし、長く伸びた髪の毛もぐしゃぐしゃの男が話しかけてきた。
「僕はこの町で生まれたんだ。銀貨5枚払わなくて大丈夫です」
「そりゃよかったな。この掲示板見てため息つく奴なんてのは、参加料の銀貨5枚さえ払えない、俺みたいなやつだと思てたんだがな」
確かに掲示板のある広場には、お金を持ってなさそうな、沈んだ顔をした何人かの男たちが座り込んでいる。
「たいていの奴は、喜んだ顔をするもんだぞ、いい給金の楽な仕事だってな」
「たしかに」
「なにか困ってるのか? 」
「おじさんは魔法使い?」
変なことを聞いていると自分でも思った。どう見てもおじさんは魔法使いじゃない。
魔法使いなら仕事に困ることは、少ないからだ。
おじさんも困った顔をしている。馬鹿にされていると思ったのか、僕の質問の意図を考えているのかはわからないが、少し沈黙してから答えた。
「俺が魔法使いに見えるか? 何を寝ぼけたことを聞くんだか、そして俺は29歳だおじさんじゃない」
「あはは、そうだよね、やっぱりちがうよね」
僕は、別のことを聞けばよかったと、反省しながら笑った。
「俺は、中央から噂を聞きつけはるばる西国に来た、無職の無一文だ」
おにいさんは自身まんまに、無職の無一文の所を強調した。
「ただ、魔法使いなら、昨日見たことがあるぞ」
「ほんとに!」
「おいおい、やけに食いつくじゃないか」
「僕は魔法使いを探さないといけないんだ。おにいさんが魔法使いを見つけてくれるなら、僕は銀貨5枚をおにいさんに払ってもいい」
「ほんとか!」
今度はおにいさんが、僕の話に食いついた。
「うん」
「よし! よーし! 俺にようやく運が……。コホン。」
はしゃいだお兄さんは、落ち着いてからまた話し出した。
「 その依頼引き受けた。他に誰かに頼んだりしてないだろうな」
「おにいさんに話すのが、初めてだけど」
「よし、探しに行くぞ。幸い、いそうな場所には見当がついてる」
おにいさんは僕を抱え上げて、高級住宅街の方に足を向けた。
「自己紹介がまだだったな、俺の名前はアーサー・イールドネスだ。アーサーでいいぞ、お前の名前は?」
「アーサー? ほんとにアーサー? 現西王もアーサー王だよ。この前、アーサー王を名乗る不届き者が、王都リベルランで逮捕されたって掲示板に」
簡単についてきてしまった。いや抱えられてしまって連れ去られているが、この人は大丈夫なんだろうかと今さらながら、不安におもえてきた。
「よくいる名前だ。気にするな。そして俺は犯人じゃない」
「僕はアベル、アベル・ウィガロット」
アーサーは否定したが、このまま金持ちに売られたりしないだろうかと考えていた。
「ウィガロットねぇ、東で聞いた姓だな」
「僕の名前の話より、魔法使いの話をしてよ」
ウィガロットの苗字の部分は、気に入ってない。母の姓を名乗りたいが教えてもらっていない。母の墓にも母の名前は刻まれていなかった。
アーサーはそうだったと、魔法使いの話に戻った。
「男が空から降りてきたんだ」
「空から?」
「魔法使いが空を飛べるのは、当たり前だろ」
「箒に乗ってた?」
修道院で読んだ、魔法使いの本の主人公は、箒に乗って空を飛んでいた。
「箒に乗らなくても、魔法使いは空を飛べる。箒になんてダサくて誰も乗ってないぞ」
アーサーは笑い声を上げながら、僕の魔法使いのイメージを壊した。
「暗くてよく見えなかったが、ずいぶん機嫌が悪そうだった。管理局の愚痴を言ってたからな。こいつは魔法使いで間違いないと確信したんだ」
管理局の人はこの街でも役所で働いている。カービスはよく一緒に仕事をするといっていた。
「こっちは高級住宅街だけど」
「そこに無駄にデカくて高い宿があるだろ?」
「あ~」
住民の反対を押し切って、旦那様が建てた宿だ。
旦那様から手紙が届き、カービスが陣頭指揮を取っていた。珍しく屋敷にまで反対をする町民がきて、ウェインさんが対応していた。カジノにプール、町民はだれも利用しないからと猛反対を受けた。
「噂じゃ、そこに西国や隣国の金持ちどもが泊ってるのさ。奴らはお抱えの魔法使いがいるから、役所まで来て、契約の魔法を結ぶ必要がない。街には出てこないが、宿の前で張り込んでれば、魔法使いくらいには会えるだろうさ」
「なるほど」
無一文の見た目が怪しいおじさんと、僕のような子供が、魔法使いに相手にされるだろうかと、不安に思うけれど。ひとまず会ってみないと話が進まないからしかたない。
「アーサーはなんで手伝ってくれるの?」
「1週間で銀貨5枚もなんて、無理して稼げなくもないが。似たようなことを考えてる奴らに先越されてるだろうからな。ここはおまえに賭けてみようって判断だ」
掲示板の求人が危険なものしかなくなっていたのは、銀貨5枚稼ぐ人たちが取っていったんだろう。
「アベルは何で、魔法使いを探すんだ?」
「調査で大金を稼ぐ必要があって、魔法使いを探すと長く働けるって聞いたから。あ、そこを左だよ」
「左だな。なるほどな、金が入用なのは俺と同じか。いくらいるんだ?」
「金貨30枚」
アーサーに向かって指で30を作って見せた。
「少ないな、噂じゃもっと稼げるぞ」
アーサーは調査について、どれくらい知っているのだろう。
大きな一軒家が軒を連ねる通りを、怪しい男が少年をわきに抱えて歩いていく。
はたから見れば誘拐されているようにも見えなくもない。
すれ違う人たちに、怪しい物じゃありませんと、アーサーはにこやかに言いながら歩いていく。
「アーサーはいくらほしいの?」
「生きていくのに困らないほど」
「大人は欲張りだよね」
「ならアベルは欲のない、ガキだな」
「お金がすべてじゃないってシスターが」
「アベルにはもう少し、社会勉強が必要だな」
「9歳にそんなこと求めないでよ」
「アベルは9歳にしてはよくできてるよ」
褒められてるのか褒められてないのか、よくわからなかった。
「ついたぞ、ここだな」
警備員の男が宿の入り口にふたり、僕らふたりを怪しい人物だと、決めつけているような目で僕らを見ていた。
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