第5話 副隊長 ミッチェル・クレイグ
「アベル、あなた計算が苦手ね。旦那様なら一問も間違われないでしょうに」
返ってきた答案用紙には、赤く☓印を書かれた箇所が何箇所もあった。
「……」
ジョアンヌはアベルが間違えると、いつもアベルの痛いところを突いて、アベルにやる気を出さしていた。
「………えっと、ここがこうなって」
アベルが間違った所を解き直していると、町の方から鐘の音がいつもと違うなり方で鳴り響びいてきた。昼の時刻を告げる音ではなく、火事などの住民に重要な知らせがある時に鳴らされる音である。
「できるまで、町にも昼休憩にも行かせないよ」
「……はい」
どうやらアベルにはまだ、昼休みまで時間があるようだ。
ここからはアベル達自身にも語ってもらおうと思う。
*
鐘の音を聞いた住民たちは、家から飛び出し何事かと互いに話し合っている。
「聞けー‼ これより王命を発表する。付近の住民はエスペランサ一帯で行われる魔法と遺跡に関する調査に協力せよ。繰り返すこれは王命である。詳しく知りたいものは役場か広場の掲示板を確認するように‼ 繰り返すこれは王命である」
早馬に乗った王都の兵達は、街中を駆け巡りながら、呼びかけ続けた。
王命であっても、西国ラストリアには法的な強制力はない。住民の反応は様々だった。
「さてどうするかねぇ」
「王は何を考えておられるのやら」
「今さら魔法の調査か」
「西国は一般人に魔法の使用を禁じてるだろ?」
「参加すれば金はもらえるのか?」
「期間と場所は? もっと詳しい話をしてくれよ」
「魔法嫌いの西王が、ついに魔法の遺跡の調査に協力するとわねぇ~」
「いまはやっぱり、魔法使いの時代なんだね」
「馬鹿馬鹿しい」
町民たちは混乱していた。しばらくするとぞろぞろと人が動き始めた。役所と掲示板のある噴水広間は人がごった返している。
「どけよ、見えないだろうが」
「日に銀貨3枚。雇用期間は最長1年‼ こりゃ参加するしかない」
「体ひとつで参加できるか」
「2週間後なんてまてやしない。先に俺たちだけで調査を始めちまおう」
「何を見つければいいんだ?」
詳しくは役所の者が話すだろう。
大人しく調査開始まで待っていてほしい、でないと余計な仕事が増える。
「見ろよ、ミッチェル。あんなに必死で叫んで、馬鹿らしい。西国はいちいち口伝しないと情報が伝わらないんだな。そして何よりこの慌てよう、笑うしかねぇな。ハハ」
ジャンは双眼鏡で、我先にと押し合う人々を見ながら言いはなった。
「ジャン、人を見下すのはほどほどに。本部長に連絡を入れないと」
「あぁ? そんなもんはお前がやっとけよ」
レストランの2階で昼食をジャンと隊員たちで食べながら、町の様子を見ていた。
特に町の人たちの会話には、ふたりして聞き耳を立てていた。
顔や体に傷だらけのジャンといると、町に入っても人に避けられるので、いつもどこか人目のつかないところで、こうして魔法を使い、聞き耳を立て情報を集めている。
「後でこちらでやっときますよ、副隊長殿」
「ボズ、キャンプの支度はできたのか?」
「本部の設置も我々のキャンプも結界の展開も、問題なくすべて終わりました」
階段を上がってきた、ボズはジャンの向かいの席に腰を下ろした。
外での作業をしていたのか、綺麗好きなボズの制服のすそには珍しく泥がついていた。
僕らよりボズの方が5つは歳が上だが、よく働いてくれる。
ボズは隊長が2年前に連れてきた、扱いで言うと新入りであるが、僕らと実力も仕事の出来も遜色ない、優秀な人材だ。
体つきは自分みたいな遺跡オタクと違いヒョロヒョロではなく、隊長ほどではないが筋肉のついた、しっかりした男らしい肉体をている。
「さーて、先走る馬鹿が何人捕まることやら。過去最多は期待できそうだなっこりゃ」
「ジャン、捕まった人たちを、面白おかしく罵るのとか、絶対にやめてくださいよ」
「やらねーよ、くそ面白くもない。もっと面白い奴が来ないかの方が楽しみだろうが」
ご機嫌そうにジャンは、好物のステーキを食いちぎった。
「
「ところでミッチェル副隊長、今朝から隊長の姿が見えませんが?」
「呑気に観光ですよ。西国に来たのが初めてなんだそうで、と言ってもこんな辺境に観光するところなんて何もないと思うんですが」
ボズはウエイターを呼び、いつものように日替わりランチを頼んだ。
遺跡調査部本部長より命令を受けて、調査が始まる一月前にエスペランサ領に入った。
調査範囲の下見、本部の設置、結界の展開、部隊分け、現地との連絡調整、物資の調達、前もって準備しておかなければならないことは山済みだった。
後から来る本部がすぐに調査を始められるように、西国の支部の遺跡調査員たちとすべて手は尽くしたつもりだ。
来週には本部が到着し、細かいところを詰めていくだろう。
つまり今週は休みだと言っても過言ではない。ジャンの言う通り、抜け駆けをして先に調査を始める輩を捕まえなければならないが、本部にはモーリー達を残してあるので問題はない。
休暇といえどすることもなく、休暇を先に取った組で、今はレストランをほぼ貸し切り状態で食事中だ。
「ミッチェルの作る飯より旨いだろ、ボズ」
「そうですね。あれは悲惨でした」
「いいよそんなこと言わなくて」
ボズの歓迎パーティーで僕の作った料理は、評判が悪かった。
ジャンはステーキを追加で注文する。
「のどかな街で良かったですね。南と東はひどいところは、ひどいですから」
西国ラストリアは、事件が少ないのは確かだ。
「今回の調査はどうなると思いますか?」
「何人死ぬかってことか? ボズ?」
「縁起でもない、何が発見されるかってことでしょ、ジャン」
ステーキの追加がくるまで暇なのだろう、ジャンは自分の考えを話しだした。
「さぁな、最終戦争の跡地だかなんだか知らねーけどよ、案外なんも見つからないんじゃないか」
「ジャンが言うとそうなりそうで怖いんですけど。始まってみないことには分からないと思います。まだ見ぬ大発見があればいいんですが」
「なにもないとこに、本部が俺たちを送るわけがないだろ」
「失礼、連絡が」
ボズは床に置いてあった自分のリュックから黄色い光を放つ石版を取り出す。
「本部長から連絡です」
「なんて言ってる」
「先ほどルフェンキアとラストリアの国境より、ラストリアに悪魔が侵入したと、数は不明。各員十分に警戒せよ。なお、パダレッキ副隊長は現場に急行せよとのことです」
「来た、来た来た来たー!!」
ジャンは立ち上がり柵に立てかけていた、自分の剣を背負い階段を駆け下りた。
「ジャン、魔法は人気のないところで使うんですよ」
「わかってるよ!」
2階から声をかけたが、ジャンのことだ無駄だろう。
「そういえば、今日はあいつのおごりの日ですよね。払えるんですかミッチェル副隊長?」
石版をリュックに戻すボズに尋ねられた。ボズはジャンが居ない時は、呼び方が変わる。僕のこともあいつとか言うんだろうか。
「あーボズ、後で返すから少し貸してほしいかな」
「仕方ないですね」
昨日の夜の賭けでボロボロに負け、手持ちは少ないことを思い出した。
次の日、街ではオレンジ色の髪の人間が空を飛んでいたと、町で噂が広まった。
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