第3話 カービス・ハンスキーからの贈り物

「本日より、旦那様と執事長は王都に向かわれました。その間のみ、屋敷を任されましたカービス・ハンスキーと申します。普段は町の方で旦那様の為に働いております。以後お見知りおきを」


眼鏡を定位置に戻しながら、クールな表情でカービスは挨拶を終えた。

誕生日祝いに、アベルにヴァーグを連れてきてくれたのがカービスだった。


アベルと会話を許される数少ない人物の一人なのだが、ヴァーグをアベルに送ったことを考慮しても、アベルはカービスのことをが嫌い、いや、苦手な所がある人物だと判断していた。


「では皆様、本日もよろしくおねがいいたします」


昼前に急に集合の鐘が鳴り、使用人達は大慌てで集まっていた。そのため、すぐに使用人たちは散っていった。


当然、アベルも家畜たちの世話があり、すぐにこの場を去ろうとしていた。ついさっきまで羊たちを散歩させており、ヴァークに羊たちの見張りを任せて、屋敷まで戻って来ていたため、現在どうなっているか、気が気でなかった。羊たちを集め小屋に戻さなくてはならないため、アベルもこれから忙しかった。


「アベル坊ちゃま、お待ちください」


カービスはアベルの母親に一時期仕えていたため、アベルを坊ちゃまと呼ぶが、アベルはその事実を知らなかった。

アベルの顔に奥様の顔を思い出すだけで、カービスの目にはいつも熱い物がこみあげてきてしまう。


「アベルとお呼びください、カービス様」

「カービスで結構です。アベル坊ちゃま」

「…………」


先日、街でこのふたりが出会った時も、同じ会話を小一時間ほど繰り返していた。

アベルが自由時間に街に行かないのは、同じ年の子たちに蔑まれるのが嫌なのもあるが、一番の原因はカービスであった。


レイゲルの買い出し中も、見つかれば大声で声をかけられていた。


「坊ちゃま~‼」


それですめばいいのだが、追いかけられることもしばしば、アベルには恥ずかしいことこのうえなかった。

たとえアベルが先にカービスに気がつき、隠れていても。


「ムム、坊ちゃまの匂い」


アベル自身、家畜たちの世話で少々臭うかもしれないと思ってはいるが、数百メートトル離れた位置から、尋常ではないな嗅覚でカービスに見つけだされる。捕まれば長々と話されたり、長時間抱きしめられたりと迷惑であった。忙しい日には、カービスはアベルにとって危険人物であった。その日の予定が遅れ、給金は減り、睡眠時間も減る。それにより疲労が残り、カービスから逃れるのが一段と難しくなり、カービスに捕まる、悪循環が始まる。


アベルは最近、この人はちゃんと仕事をしているのだろうかと、心配していた。


「ウェイン様より、旦那様の帰宅まで修道院で過ごすようにとのことです」

「わかりました」


カービスはものすごく残念そうに、拳を握りしめ悔しがっていた。説明するカービスをしり目に、アベルはウェインの配慮に心から感謝した。


「ただし、訓練は続けるようにとのことです」

「わかってます」

「す、すべてはアベル坊ちゃまのためなのです。ご理解いただきますように」


号泣し始めるカービスを理解できないアベルは、逃げ出そうとしたが、肩をつかまれ逃げ出せなかった。


「ヴァークは、わたくしが責任をもってお世話いたしますので、ご心配なさらず」


カービスから解放された後、アベルはバラバラに散った羊達をかき集めるのに、奮闘した。


「ヴァーグ、ちゃんと見ておいてくれなきゃ」

「クゥ~ン」


アベルは昼寝をしていたヴァーグを軽くしかり、羊達を集め終えた。馬や他の家畜たちの様子を見終えてから、修道院にむかった。


屋敷からアベルの姿が見えなくなるまで、ヴァークとカービスはアベルに手を振って見送った。


「何かあればすぐに、わたくしのもとにお越しくださーい!」


アベルの姿が見えなくなると、何度かカービスの大声だけが、アベルの耳にとどいた。


「悪い人ではないんだけどなぁ……」


アベルは修道院につくと玄関でベルを鳴らした。

小さな一軒家を改築して立った、こじんまりとした修道院には3人のシスターがいた。アベルの母の墓は、この修道院の敷地内にあり、よく花を手向けにきていた。


扉が開きシスターのマリアンヌさんが出てきた。


「アベルです。本日よりここでお世話になるように言われてきました」

「中へどうぞ」


修道院のいつも勉強する時に使う個室に通されたアベルに、修道院の主であるシスタージョアンヌが挨拶に来た。


「こんばんは、アベル」

「こんばんは、シスタージョアンヌ」


読み書きや計算などを、アベルはいつもここで習っていた。その面倒を見てくれているのがシスタージョアンヌだった。


「何もないけどゆっくりして行きなさい」

「ありがとうございます」

「アベル、悪いんだけど。また山からグリッターリリーの花を何本かと摘んで来てちょうだい。しばらくは時間があるわよね?」

「わかりました、とってきます」


シスタージョアンヌは、アベルの母の知り合いで、母の死後、アベルの面倒を見るように頼まれていた。母のことをアベルは、シスタージョアンヌからしか話されたことがなく、母の姿もシスタージョアンヌが描いた、あまり上手でない似顔絵でしか見たことがなかった。


「あなたのお母上は、美人で強く、賢くまた優しい人でした」


似顔絵とジョアンヌの語るイメージとが一致せず。アベルには母親がどんな人だったのか、未だ謎のままだった。東国ヨバリディアで育ち、魔法を使うことができ、とても優秀だった、ということだけがアベルの母親に対する理解だった。


ウェインやカービスにも母親のことを確認してみたが、容姿が美しかった点だけ肯定して、あとは特に何も教えられなかった。



「アベル、あなたは母親によく似ています。さあ、仕事に戻りなさい」

「坊っちゃまには、このカービスが、カービスがついております! 」


カービスには泣きながら抱き着かれ、町に来てまで聞きに来るのではなかったと、アベルは後悔した。


当然アベルは、父親に関しても疑問をもった。


「あなたの父親は死んでいます。二度とこの質問はしないように、いいですね? アベル」


ジョアンヌが、強く聞くなと念を押すことは、今までなかったので、それいらいアベルは父親に関しては、だれにも尋ねなかった。

アベルは唯一の家族だといえるヴァーグにも、自分の母親と父親のことを話した。


「ヴァーグ、僕はどうやら母親似らしいんだ」

「ワン」


理解していないであろうヴァーグを、アベルは甘やかすようになで、屋敷の敷地で仲良く遊び交友を深めた。


アベルが自分がどうして呪いの子なのかを理解したのは、その次の日にシスタージョアンヌに尋ねたからだった。


「あなたのお母上が呪われていたからです。呪われた者の子は、銀髪で産まれてきます。だからアベル、あなたは呪い子なのよ」


シスタージョアンヌは、呪い子として、産まれて来ることが、けして悪いことではないとアベルに教えた。


アベルは『悪魔』と言う魔法を必然的に嫌った。母親の命を奪ったのだ当然だろう。魔法を嫌う1番初めのきっかけだった。


ババロとウェインは屋敷を出てそれから2か月帰ってこなかった。

アベルはその間、山に登り母の墓に添えるグリッターリリーと言われる、ユリの花を取りに行ったり、街にでかけては、屋敷にいるはずのカービスに追いかけられた。


「屋敷にいるはずじゃないんですかー‼」


アベルは全力に近い速さで逃げているはずなのに、動きにくい執事の服装でカービスは悠々と追いかけて来ていた。


「私も街にも用事がありますから。坊っちゃまお待ちくださーい。一緒に手を繋いで町まで、いえ坊ちゃまが望むのであればおんぶでも、私が馬になっても構いません‼」


そんなことをした日には、町の人たちにどんな目で見られるか、アベルは知っていた。


「い、嫌だ〜‼」

「どうして、逃げられるのですか。わたくしからの愛を、愛をお受け取りくださーい」


アベルは逃げながら、カービスに捕まった日の事を思い出していた。


カービスからアベルが離れ始めた頃、カービスの強靭的な身体能力と狂人的な行動力を前に、アベルは常に敗北した。


「離してよ、カービス。 恥ずかしいよ」


町の中心で抱き着かれ、会話の途中から泣き始め、坊ちゃまと連呼され、最終的には何を言っているのかわからない言語を発しながら、町の道行く人たちに、気持ち悪いものを見るような目で半日見続けられた。


「みて、いい大人があんなかわいい女の子に」


アベルは当時髪を伸ばしておりよく女の子と間違われた。


カービスに捕まってから数か月は、変な噂が町中に流れ、アベルは町の人からまともに相手をしてもらえなくなた。


「汚らわしい」


アベルは何度も経験し、その感想をまさに地獄であったとヴァークに漏らしている。


「へきしゅん!」


噂は屋敷まで届き、家畜小屋以外休まる場所がなかった。


小さい頃なら良かったが、今はもう精神的に耐えがたい。

アベルは過去のトラウマが沸き上がりギアをもう一段上げて、全速力で逃げた。


「うぁあああああああああああぁー」

「逃げられましたか。坊っちゃまの成長にカービスは感動しております」


逃げられるようになった、アベルを見て、カービスはアベルの母親に無事に大きくなっていますと、修道院の墓に報告に行くのであった。


アベルには街に行くのをやめようと、また決意を新たにする、2ヶ月間だった。


「お帰りなさいませ、旦那様」


2か月後、ババロが王都から帰還した。

ババロの馬車に続き、ババロが招集した仲間が次々と屋敷に入っていく、早々に旦那様に呼び出されたカービスは、いよいよ時が来たことを察した。


「カービス、明日アベルを呼んで来い」

「かしこまりました」


旦那様の部屋で頭を下げたカービスは、ババロに見えないように唇を強くかみしめた。


「稼ぎ時になる。支度を始めろ、調査が始まる‼」


カービスとは対照的に屋敷はババロの仲間の歓声で溢れていた。


翌日、呼び出しに来たカービスに、アベルが会いたくないと言ったことを、シスターマリアンヌがカービスに伝えると、この世の終わりのような顔をして、カービスは屋敷に戻っていった。


「…………坊ちゃまが、私に、会いたくないだと」


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