第4話 訳アリ

 午後の時間が始まり、河西課長からバトンを渡され私が大間君のOJT、いわゆる研修をする。大まかな流れは河西課長が午前にしてくれていたようで、ほとんど無いに等しい。


「この総務部は人事と労務も兼ねてしております。法務部と広報部はこの会社には設置されてるので、こちらの仕事は私たちは関与しなくて大丈夫です。一カ月のうちで一番忙しいのは月初。その理由が、月初に来る全部署の勤怠管理、給与計算にあたるから。」

「ここは全員で取り掛かるんですか?」

「ええ。」

「ちなみになんですが、残業の量というのは..。」

「基本は無いかしら。大体皆定時で終わらせて帰る感じよ。」

「定時で終わるものなんですか?」

「今は、ね。」


 私の意味ありげな言葉に大間君は少し首をかしげる。そんな様子を聞いてたのか見てたのか花崎がはい!と返事をして話に入ってきた。


「俺が入ってきた時は普通に残業してたッス!でも、それを無くしたのが営業に行った君嶋さんと早川先輩ッス!」

「そうなんですか?」

「いやぁ、あれはすごかったッスからねぇ~。ねぇ、河西課長!」


 花崎が河西課長へ話を振る。河西課長は眼鏡を上に上げ私たちの方を向いた。


「今までは、期限とかおおまかなものしかないし、その間にも普通の仕事もこなさなきゃいけないっていうので大変だったのよ。関係なく内線は鳴りっぱなしだし。あの頃は私も部長も手伝ってなかったわね。」

「そう!それで、お二人がまずうちの部長にこのままじゃダメですと言って半ば強制で部長と課長にもやってもらうことにしたんス!」

「残る問題はバラバラに提出してくる勤務表たち。これも部長へ直談判して何日の何時までに提出しないと給料出しません!みたいなことを部長から専務、社長へ伝えてもらったのよ。」

「許可出たんですか?」

「出たから、今残業ないッス!」


 えっへんと何故か花崎が誇らしげに言う。アンタのおかげじゃないと河西課長がすぐさまツッコミを入れる。


「許可が出たらこっちのもん!ということで全部署の部長宛てにメール、この会社にある掲示板にA3サイズの用紙に大きく書いたのを張り付けたのよ。目立つ書体と目立つ色で。」

「そしたら、全部署から期限までに全部揃ったンスよ!」

「期日過ぎた人は給料出ません、例外も無し!ちなみに、この締め切り日までに自分たちで出来ることはしてください!資材くださいみたいな自分で出来る事を総務に電話した人も給料出ません!!みたいなこと、書かれたらそりゃあ皆期日にまでに出すし、今までどうでもいいことでかかってきた内線もピタリと止まるわよね。」

「後はこっちで決めた締め切り内に終わらすゾー!ってことになって、今は残業無いッス!ビバ定時!!」

「要約すると、その君嶋さんという方と早川さんが頑張ってくれたおかげってことですね。」

「簡単に言えばそうッス!」


 昔の話を掘り返され少し照れ臭くもなったが、事実なのでこればっかりは仕方ないと諦めた。


「話が逸れましたが、基本残業は無いので用事があってもすぐ帰れると思います。もし、残業合った場合は私に事後報告でいいので言ってください。」

「分かりました。」

「後忙しいのは株主総会の準備だったり社内イベント企画ぐらいかしら。」

「社内イベント?」

「俗に言う飲み会です。この会社は新年会と暑気払いと忘年会の三つがあります。その準備が少し忙しいってぐらいかしら。」

「あの、ちなみになんですが。」

「はい。」

「強制参加、ではないですよね?」

「強制参加ではないから安心してください。私もそんなしょっちゅう行けるわけではないし。個々の飲み会は好きにしてくれていいわ。羽目を外しすぎない程度で。」

「はい。」

「と、まぁこんなところです。後はその時に追々言っていきます。」

「分かりました。」

「それじゃあ準備してください。」

「え?」

「座学はここまで。ここからは会社全体を見回ります。」

「え、でもいいんですか?書類とか..。」

「それは俺と課長がやるんで大丈夫っス!」

「それに、初日早々そんな酷なことはさせれないわ。」


 花崎と河西課長が大間君に対してそう言った。わかりました、と大間君が言った後何をもっていけば..?という顔をしていた。


「首から下げてるパスとスマホだけでいいですよ。」


 私がそういうと、大間君はスマホを持って入り口前まで足を運んでいた。私は自身のデスクに戻りスマホを鞄から取り出し部長のデスクへ向かう。


「部長、座学の方は終わりましたので社内見学行ってきます。」

「聞こえてたから報告いらないよ~。ま、でも、うん。行ってらっしゃい。」


 私と大間君は部署を出てエレベーターに乗りに行った。


「部長、いつから居たんですか。」

「ずっと居たんだけど。」

「気づかなかったッス。」

「え。」


 そんな会話が聞こえてきて私は少し笑ってしまった。大間君は隣で首をかしげていた。


「いえ、うちの部署緩いでしょう?」

「あ、いえ。」

「いいのよ、本当のこと言ってくれて。うちの部署は皆素直に本音を言いあいましょうっていうモットーだから。」

「それで、花崎さん主任や課長部長に対してもあんな口調なんですね。」

「そう。でも、あれが他の部署で通じるかって言われたら通じないわ。」

「だと思います。」

「部長も課長も部署内は緩いけど、社長や専務他の部署の部長とかにはちゃんとしてるからね。花崎はわからないけど。」

「ずっとあんな感じなんですか?」

「うちの部署?」

「はい。」

「...昔は違ったかな。」


 私は少し暗い顔をしてしまい、その場の空気が静かになった。すると、エレベーターから一階ですというアナウンスが流れエレベーターが開いた。


「じゃあ、まずはエントランスから見て回りましょう。」


 私は大間君を連れ社内見学をしていった。途中途中で早川さん資材が~!とか言ってたけど、内線で花崎か河西課長へ伝えてと言ってその場を終わらせた。

 色々回ってみていくうちに、営業部へとやってきた。


「ここが営業部。」

「人が少ないですね。」

「今それこそ営業に出てるんじゃないかしら。」

「あら、早川ちゃん?」


 声を後ろからかけられ後ろを向くとそこには君嶋さんが居た。ちょうど帰ってきたところなのだろうか。汗がダラダラ流れていた。


「お疲れ様です、君嶋さん。今丁度社内見学してることろです。」

「そうだったの。あ、じゃあ彼がお昼に言ってた大間君?」

「はい。」

「背、高いわね~!あ、私は君嶋花。君が居た総務部の前主任してました!」

「大間です。よろしくお願いします。」

「あまり顔合わすことないけど内線とかでは多分声とか聞きそうね~!」

「君嶋さん今、皆さん営業回りですか?」

「そうなのよ~。はぁ疲れた~。」


 君嶋さんはそう言って汗をぬぐう。軽くしゃべった後、その場を後にした。


「10階のフロアが社長室とその秘書のフロアで9階が専務室とその秘書のフロアね。そこに行くことはまずないわ。内線で終わるし、そもそも秘書からしか電話かかってこない。」

「なるほど。」

「八階が資材室のフロア。七階が広報部と法務部のフロアになっているわ。六階が社食となってるわ。すごく乗り気はしないけど、七階にいきましょうか。気を引き締めてね。」

「?」


 不思議そうな顔で私を見てくる大間君。


「部署内で一番めんどくさい所に行くから。」


 そう言うと七階へと着いた。着いたと同時に怒号がフロア全体に鳴り響く。耳をふさぎたくなるような怒号だ。


「ここは、こうしろとあれほど言っただろうが!!その少ない脳みそで理解して一回で覚えろ!!」

「す、すいません..。」

「今度間違えたらただじゃおかねぇからな!」


 その場を見た私と大間君。大間君の顔が引きつっている。だれでも引きつりたくなるものよ、あんな光景見たら..。


「大体お前は昔っから」

「ここが法務部でこっちが広報部になってます。」


 続きそうだったので無理にでも少し大きな声で説明を始めることにした。さっきまで怒っていた男は我々に気づきこちらへやってくる。


「なっちゃんじゃん~!なんだよぉ~来るなら連絡くれたら迎えに行ったのにぃ~。」

「い、いえ。幸成課長の手を煩わせるのはいささか申し訳ないというか、なんというか。」

「幸成課長なんて堅苦しいのはやめよぉぜぇ~。昔みたいに、まさっちって呼んでくれよぉ~。」

「..呼んだことねぇよ。」


 誰にも聞こえない声でボソっと私が呟く。幸成課長の手が私に迫ってきてるのが分かったので一歩引いた。


「幸成課長。こちらが今日うちの部署へ配属された大間です。」

「あぁ、よろしく。でさぁ~なっちゃん今日暇~?俺と飲みに行かない~?」

「そういうのは仕事終わってからにしてください。」

「仕事終わってから誘っていいってことだよね、それぇ~!」

「忙しいので無理ですけどね。」

「えぇ~前もそれで断ったんじゃん~。本当は行きたいんでしょぉ~?」


 しつこく絡まれてイライラも募ってきてそろそろ舌打ちが出そうになった時だ。

 大間君が、あの..と口を出してきた。


「あん?ああ、居たのか。お前帰っていいよ。俺はなっちゃんと話したいからさ。」

「...。」

「聞こえなかったか?帰れつったんだよ。」


 大間君のことだろうからすぐ帰るんだろうなって思っていた。


「早く帰れつってんの。」


 幸成課長が大間君の肩を押そうとした瞬間。誰かの手がぬっと後ろから伸びてきた。


「あ?」

「困るんだよね。カワイイ後輩に手を出されたら。」


 さっきまで話していた、君嶋さんだった。君嶋さんの顔は笑っていて笑ってなかった。


「君嶋さん..。」

「お前には関係ないだろうーが。」

「関係大有りなんですよね~。」

「部署代わったのに関係なんてあるのかよ。」

「カワイイ後輩ですから。」

「はっ。部署もちげーのにカワイイ後輩ねぇ。」

「アンタさぁ、いい加減気付きなよ。」

「あ?」

「ま、そんな小さな脳みそじゃ気付くのも気付かないか。アンタの脳みそお花畑だもんねぇ。」

「あぁ?!」


 幸成課長が君嶋さんに怒鳴りつける。私はど、どうしよう。部長呼んでこようか、え、どっちの部長?とか色々考えていた。


「そんなんだから、奥さんにも子供にも逃げられんだよこのドクズ野郎が。」


 今まで聞いたことない声がフロア中に響いた。幸成課長の顔面は怒りですぐにでも君嶋さんに殴りかかろうとしていた。


「殴ったら今度こそ警察に通報するから。」


 君嶋さんがそう言うと幸成課長は、チッと舌打ちをして自分のフロアへ帰っていった。


「次、八階でしょ?そこに用事あるから一緒に行くわよ。」






 ああ、鉄塔は雨に濡れいる..。

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