第45話:終焉の一撃
デウスの証言から考察するに、五大公を始め騎士王の血統は、いずれ神の器となるべく肉体を設計されていた。器としての条件さえ満たせば、デウスが乗っ取って意のままにできるように。俺も迂闊に手を出せなかった心臓部が要となっているのだろう。だからシンディも例外ではなかった。
しかし、シンディは俺の手で生まれ変わった怪造人間だ。俺が改造した分だけ、デウスの想定にない、神にも思い通りにできない部分が発生している。魔力もマナを伴わない《スフィアダガー》の力はデウスにとっても理解不能の異物なのだ。
現に内外の力を妨げられてか、閃光で蜘蛛糸を消し飛ばすこともできずにいる。
『ありえぬ。第一、どうやって意識を取り戻した!?』
「騎士どもはいざ知らず、俺の配下を取るに足らないと放置したのが貴様の失敗だ。それと、己を無知と自覚しない傲慢さもな」
マナを支配下に置くデウスは、魔力を通してソアラたちの動きが手に取るように察知できるだろう。それで全てを見透かした気でいるから、魔力を伴わない動きには一切無警戒だった。
故にデウスは見落とした。バットナイトが今も発し続けている音波を。
「バットナイトは音を操る怪騎士だ。そして音には超音波を始め、特定の生物的にしか聞こえない波長が存在する。普通の人間には聞こえない波長の音でも、怪造人間の耳でなら拾うことができる。全知全能だという神の耳には聞こえなかったようだな?」
デウスは兜の上から、光の紋様が一つ目のように顔部分を覆っている。実際に紋様の目がこちらを視線で追い、兜の下にあるシンディの肉眼は微動だにしない。つまり、依代とするシンディの目では物を見ていなかったのだ。
シンディの肉体を介さず、おそらくは魔力を用いて五感の知覚を行っている。
怪造人間だけに拾える波長の音波ならば、デウスに感知されずシンディへ呼びかけられるかもしれない。そう仮説を立て、バットナイトに戦闘の裏で試させた。
結果は大当たり。そこで、シンディの精神を揺さぶるのに最も効果的であろうソアラの声を、バットナイトの能力で届けさせたのだ。
「シンディ! 私の声が届いて……!」
「勘違いしないでよね。私はあんたの鬱陶しい声に、ちょーっと微睡んでいたのを邪魔されただけ。後は自力で余裕だったから。あんたに助けられてなんかないから」
「クハハハハ! それじゃあなにか? ソアラに助けられたくないがための意地で神の支配を破ったわけか? それはそれで愉快痛快だな! クハハハハ!」
少年漫画的な展開を期待してはいたものの、期待のさらに斜め上をいく回答だ。
大首領の姿では威厳を保っていたいのだが、これには笑いを堪え切れない!
一方デウスは、手駒程度に思っていた騎士の反抗に怒り心頭だ。
『貴様ぁぁ! 我が恩寵で力を授かって置きながら、我に逆らうか!』
デウスの叫びに、ソアラは答えなかった。
胸中では様々な葛藤が渦巻いているのだろう、絞り出すような声で言う。
「貴様に、こんなことを言うのは業腹だが。私には、これ以上どうしようもない。頼む、シンディを助けてくれ……!」
俺は特になにも答えない。ソアラの意思など知ったことじゃないし、俺のやることは変わらない。ただ、俺のモノを奪い返すだけだ。
「シンディが貴様を抑えたおかげで、力の天秤は完全にこちらに傾いた。貴様の首はもう、断頭台の上だ」
場のマナが全て分解され、暗黒物質がデウスの全身を拘束する。
こうなっては神の力も発揮しようがあるまい。理も滅ぼすという力も、理が元々不安定であやふやな環境下でこそ成立する代物だ。限りなく地球の環境に近づけた今この場において、神は虚構の域から抜け出せない。
ベルトが莫大な量の暗黒物質を取り込み、必殺の一撃の準備を始める。
『ま、待て! 今、娘の中では莫大な力が荒れ狂っている。人の身に余るそれを、神たる我が御してやっているのだ。たとえ娘を傷つけずに鎧だけ破壊したとしても、我が離れればたちまち娘が粉微塵に吹き飛ぶぞ』
暗黒のエネルギーが右足に収束していき、一歩ごとに雷が迸った。
必殺の意を感じ取ったか、デウスの口をついて出る言葉は、最早命乞いのソレだ。
『器を壊したところで、我は一時退くのみ。そんな一時しのぎのために、この娘を犠牲にするというのか!?』
「馬鹿ね。そんな使い古しの悲劇みたいに陳腐でつまらない展開、こいつが許すと思う?」
「よくわかってるじゃないか」
ニヤリと笑い、俺は短剣を投擲する。
白銀の胸鎧に突き刺さったソレは、中になんの魔物の能力も入っていない、言わば『空』の《スフィアダガー》だ。
こちらの意図を掴めないまま、デウスが必死に余裕を取り繕った声で言う。
『こんな愚行が、許されると思うのか。人は神の救いなくして、希望も未来もありはしないのだ。神の加護を失えば、世界に待つのは地獄だけだぞ』
「笑わせるな。神に縋らなければ希望も未来も勝ち取れないような弱い人間なら、俺が手ずから地獄に落としてやる。――だが貴様ごときの粗末な奇蹟を必要とするほど、この世界は狭くも小さくもない」
確かに法則で形作られた世界には、果ても限りもあるだろう。
しかし、だ。その限界も不可能も、俺たち人間には未だ遠い遥か彼方。世界の真理というヤツに、人間はちっとも届いちゃいない、たどり着いちゃいない。
宇宙にも進出していないうちから、現実を嘆くのはあまりに早すぎる。
「失せろ。人の道を阻み、可能性を閉ざすだけのつまらぬ神などお呼びじゃない」
『後悔するぞ! 神の裁きに世界を焼かれ、己が愚行を今に思い知るがいい!』
「貴様こそ。俺の世界征服を目にして、せいぜい思い知れ」
自然と足が地面を離れ、垂直に浮遊する。
循環する暗黒のエネルギーが俺を中心に、まるで銀河のごとく渦を巻いた。
「神の奇蹟などに頼らなくても、人が世界を焼き尽くせることを見せてやる」
デウスに照準を定め、暗黒と雷電を纏った蹴り足を突き出す。
背中の触手が翼のように大きく広がり、プラズマの推進力を発した。
渦巻く暗黒の銀河を背に、俺の体は死を宣告する一条の矢となって放たれる。
『この……悪魔がアアアアアアアアッ!』
追い詰められた者の底力で、シンディから肉体の支配権を奪い返したか。
光の剣を何本も形成し、光の壁を幾重にも張り、特大の閃光を照射する。
必殺技に意識を割いたため、干渉力の相殺が減じた一瞬の隙。デウスは持てる力を出し尽くして俺を滅しようとした。
それら全ての抵抗が、暗黒銀河に呑み込まれて、砕け散る。
「《終焉のストライクデッドエンド》――!」
雷迸る大首領の必殺キックが、デウスに炸裂。
キックが命中した胸元、的確に捉えたスフィアダガーを通して、莫大な暗黒のエネルギーが白銀の騎士鎧に流れ込む。
そしてシンディの体から、鎧ごとデウスを弾き出した。
着地し、抱き留めたシンディは無傷。エネルギーは全て鎧の方に撃ち込まれている。
祭壇に激突したデウスを中心に、球状の暗黒が膨れ上がった。
『…………っ!』
断末魔の叫びは、暗黒の引力に呑まれてどこへも届かない。
体内で発生した極小ブラックホールが白銀の鎧を砕き、圧し潰す。最後は無音の爆発と共に、デウスは跡形もなく消滅した。崩壊する祭壇の階段前に、粉々に砕けた《神剣》が散らばる。後には、ただ静寂だけが残った。
神が失せたところで何事もなく世界は回ると、当たり前の現実を告げるように。
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