第44話:神を嗤うモノ
デウスが神のごとき力を発揮できるのは、世界の法則が限りなく希薄になった環境に依るところが大きい。この状況下で俺たちは紙切れの落書きと同じ。デウスはそれを見下ろす描き手だ。どんな物質も力も、デウスの絵筆で上から塗り潰される。
故に、前提からひっくり返してやった。大首領の力でマナを暗黒物質に分解し、法則を安定させることで、神を同じ地平に引きずり落としたのだ。
世界の再不安定化を防ぐため、互いの干渉力を相殺させた結果、現在の環境は地上とほぼ同じ。かつ互いに超能力の一切が封じられた状態にある。
となれば、繰り広げられる戦闘の形式は決まり切っていた。
『おのれぇぇ。砕けよ。潰れよ。裂けよ。肉塊と化せっ』
「クハハハハ。どうした? もっと楽しめ」
すなわち白銀の天使と黒金の怪人による、原始的な殴り合いだ。
デウスが神剣を俺に突き刺せば、俺は暗黒の輝く拳で殴り返す。
鬼面の兜が刃に抉られ、白銀の手甲が防御の上から蹴り砕かれる。
攻防は一進一退。いや、むしろ俺の方が攻勢に回っていた。神は光を放つばかりで運動不足と見えて、格闘の動きは素人同然だ。向こうが一手を返す間に、こちらは二手三手と攻撃を浴びせている。やはり殴り合いならこちらに分があった。
しかし、傍から見ると意見はまた異なるようで。
「ああ、駄目だ。あんな一方的にやられて……やっぱり、神には勝てっこないのか?」
「なに怪人の方を応援してるんですか!? いや、確かにあっちの神も味方とは到底思えませんけど。あの今にも粉々になりそうな姿じゃ、虚勢もいつまで持つか」
ふむ。なるほど、確かに見かけのダメージは俺の方が圧倒的に大きい。
なにせこちらは、殴られるまでもなく肉体が崩壊しているのだから。攻撃を浴びせる手足も、攻撃した先から砕けては再生。再生し切らないうちに攻撃しては、また砕けるの繰り返し。血塗れのボロボロで、《大首領》の名も形無しだ。
地球で最強を誇った《大首領》の体だが、法則の不安定なこちらの世界で力を発揮するには多大な負担がかかる。ソアラとの決闘でほんの一端を使ったときでさえ、一時的にとはいえ変身不能に陥ったくらいだ。
そして今はデウスの権能を封じるため、外側より内部機能の維持を優先している。そのため組成が不完全な肉体は大首領の力に耐えられず、端から自壊してしまうのだ。
再生に回す余力もほとんど足りていない。半端に修復しては攻撃の度にまた壊れる。
「む」
『ハ、ハハッ。最早限界のようだな!?』
踏み出した足が壊れて、体勢を崩す。
そこにつけ入ったデウスが、神剣で猛然と俺の体を斬り刻んでいった。
腕が落ち、手首を断たれ、足が転がり、血と肉片が床に撒き散らされる。
『無駄な抵抗を続けおって。どんなに足掻いたところで、人が神に勝てるはずがないだろう――がぶぁ!?』
嬉々と減らず口を並べるデウスの頭が、床に叩きつけられる。
なんということはない。手首が落ちた方の腕で殴り倒したまでだ。
再生を待つのさえもどかしい。千切れたままの足で蹴り起こし、砕けたままの拳で打ち据える。足りない。もっとだ。まだまだ壊し足りない。砕き足りない。
『ぐ、がああああ。なぜだ。そんな壊れかけの体で、なぜそこまで動けるのだ!?』
「なに、タネも仕掛けもある手品さ。念動力で無理やり動かしているだけだ」
とはいえ、満身創痍には変わりない。今にも細胞全てがバラバラになりそうだ。
――それがいい。死にそうな今こそ、この上なく生を実感できる。
「ククク。クハハハハッ」
『なにを、笑っている? 死にかけているのは貴様だ。追い詰められているのは貴様だ。私が圧倒しているはずだ。私が勝っているはずだ。恐怖に震えるべきなのは貴様の方であるはずだ! なのに、なぜ貴様が勝ち誇るように笑っている!?』
「貴様こそ、もっと笑え。もっと楽しめ。殺すのも、殺されるのも。壊すのも、壊されるのも。死も滅びも恐怖も絶望も、楽しんでこその生命だ」
ああ、楽しい。壊れそうになりながら、死にそうになりながら、ちっぽけな命を火にくべて戦うのはこんなにも楽しい。前世では滅多に味わえなかった感覚だ。暗躍ばかりしていたし、戦いに臨んだときも最初から最強の肉体だった。
あの男も。世界を救ったヒーローも、こんな戦いを幾度も繰り返してきたのだろうか。
きっと、俺のように戦いの中で笑うことなどなかっただろうが。
俺は悪だからな。楽しくて、楽しくて、笑いが止まらない!
「クハハハハ! クハハハハハハハハ!」
『ヒィ――』
殴る。砕く。砕ける。
蹴る。壊す。壊れる。
せっかくの苦闘だ。せっかくの死闘だ。もっともっと楽しませろ。
もっと! もっと! もっと!
『ま、待て! 貴様、忘れていないか? この体は貴様の仲間のモノ、我にとっては単なる器に過ぎない。しかし器を壊せば、当然この娘は死ぬぞ? 既に鎧との融合も完了しつつある。鎧だけを切り離すことも不可能、もう手遅れなのだ』
「……はあ?」
空いている左手を前に突き出して、デウスがそんなことをほざく。
なんだ、それ。神だ摂理だと散々大きな口を叩いといて、追い詰められたら人質の命を盾に脅し? 俺よりまだまだ損傷は浅いというのに、もう白旗を上げると?
なんという興醒め。なんという期待外れ。所詮、その程度か。
気分が一気に冷めてしまい、拳を下ろした。
それを都合良く解釈したデウスの声に傲慢な調子が戻る。
『そうだ。この娘の命は我が握っている。娘を生かすも殺すも、全ては神の御心次第なのだ。娘を助けたければ、我が足下に跪いて許しを乞うがいい!』
「くだらん。そんな何億番煎じのつまらない脅し、俺が聞き入れると思うか? 第一、誰の命を握っているだと?」
白銀鎧の隙間から金属糸が飛び出し、デウスの体を縛り上げる。
正体は言うまでもなく、《スティールタラテクト》の蜘蛛糸だ。
そして兜の下から、囚われの姫には程遠い気丈な声が響く。
「いつまでも、人の身体で、好き勝手してんじゃないわよ……!」
『ば、馬鹿な!? 人間ごときが、我が支配に逆らえるはず――!?』
「言っただろう? その女は、神ごときの手には余るとな。なにせそいつは、いずれこの悪魔と肩を並べる女なのだから」
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