第41話:デウス
神剣から放たれた光の鎖。それに貫かれた魔人たちとタラテクトナイトの体が空中に引っ張り上げられる。シンディを中央に、その四方を魔人たちで囲う配置だ。
そして、展開したのは今までになく大規模な魔法陣。
「あ、あ――」
魔人たちの体が見る見る干乾びていく。生命力を根こそぎ抜き取られ、変換した魔力をシンディへ注ぎ込んだ。
「あ、あが、アアアアアアアア……ッ!」
光の鎖に貫かれた左胸、おそらくは心臓から光が迸る。
広間を真っ白に塗り潰す閃光。眩しさがそのまま物理的圧力を持つかのように、軋んだ音を立てて亀裂が走る。床に、壁に、天井に。否、空間そのものがひび割れていく。
この現象には、覚えがある。前世の死に際、地球からこちらの異世界に転生を図ったときに起きたモノに近い。すなわち、次元の隔たりが壊れようとしている兆候。
そして――世界が砕け散った。
「う、おおおお!」
「ギル様!」
宙に投げ出された俺の下に、バットナイトが飛翔する。バットナイトは飛行時、両腕が翼と一体化しているため、俺は彼女の足に掴まった。
「助かった」
「いえ。しかし、これは一体……!?」
バットナイトの声が強張るのも無理はあるまい。
異様な光景が広がっていた。どこを向いても視界を占めるのは、毒々しいまでの虹色。極彩色の海が全方位を囲み、空間ごと砕けた広間の断片が島のように宙で浮遊している。重力もまともに働いていないと見えて、上下の感覚も定かでなかった。
俺たちは浮島の一つに着陸する。どうやら断片の上では重力が機能するようで、しっかり足場として立つことができた。そこにはソアラたちも三人揃っている。
「な、なんなんだよ、コレはああああ!?」
「なにがどうなっているんですか!? まさかここは天国!? 僕死んじゃいました!?」
「なにが、起きたの? シンディは?」
三人とも、自分の重傷を忘れたかのように元気な大騒ぎだ。ファンタジー世界の住人である彼らをして、こんな景色は未体験の様子。
世界の垣根を超えて転生した俺も、その境を肉眼で見るのは初めてだった。
俺の眼でも全く計測ができない。あらゆる数値がプラスからマイナスまでデタラメに、なんの規則性もなく変動を続けている。かろうじて通常の目視でわかったのは、虹の大海から泡のようにマナが発生していることくらいだ。
さしずめギリシャ神話でいう《混沌》。世界という『有』を産み落とした『虚無』であり、『有限』たる世界にはない全ての『無限』が揺蕩う、原初の海といったところか。
とりあえず、虹の海には指一本触れない方がいいだろう。落ちたが最後、虚無に溶け込んで存在そのものが消滅、なんてなりかねない。
「っ、いた! シンディ!」
観察している間に、ソアラがシンディを見つけた。
俺たちから見て空間の中心よりやや上の位置で、シンディは浮遊していた。
手には《神剣》。タラテクトナイトの変身は解けており、代わりに彼女の全身を覆っているのは、蒼銀の騎士鎧だ。
「アレは、幻装騎士の鎧? シンディに《鎧召喚》はできなかったはずなのに。先祖の鎧が、シンディを守ってくれた?」
「そいつはどうかな。俺にはむしろ、あの鎧が拘束具に見えるが」
蒼銀の騎士鎧には上から光の鎖が巻きつき、あたかも内側からの力を押さえ込むようにシンディを締め上げている。シンディも抵抗するように唸り、身を捩っていた。生身の本体が入れ替わりに収納されないまま、鎧が現れたのもどういうわけか。
それに鎧の隙間から覗く、シンディの肌を覆っているモノは……鱗?
「う、が、あ」
やがて、力尽きた様子で項垂れるシンディ。両腕は水平に左右へ突き出され、まるで磔にされた罪人か生贄だ。しかも色が抜け落ちるようにして鎧から蒼が失われ、美しくも生気を感じさせない白銀に変じる。
さらにシンディを縛っている鎖と同じ光が、さらに別の形を鎧に付け足した。
背中に翼を、頭上に光輪を。全身には十の円と二十二の線から成る紋様が。
そして兜に浮かぶ円が、さながら一つ目のように俺たちを見下ろす。
『――私は、デウス。世界を守り、人を導く全知全能の存在なり』
シンディのものではない、厳かな口調の声が直接頭の中に響き渡る。
同時に、空間を満たすマナ全てが、俺たちを押し潰さんばかりに圧力をかけてきた。
『平伏せよ。崇拝せよ。我こそ汝ら人を支配する、唯一絶対の神であるぞ』
姿と声とプレッシャー、なんと古典的な絶対者の演出。
しかしソアラたちが揃って頭を垂れたのは、なにも演出に圧倒されたわけではない。
俺の眼で視たところ、体内の《鎧》が宿主の意に反する魔力の流れで、あのデウスなる存在が命じるまま三人を平伏させている。どうやら《鎧》に対し、デウスは上位の支配権があるようだ。人間が自分に決して逆らえないよう、あらかじめ施された仕掛けか。
あの自称神が人間に《鎧》を与えた張本人だとすれば、それも不思議じゃない。
「神、って言ったよな?」
「神って、あの?」
『如何にも。騎士王の末裔よ。我こそ騎士王アーサーを勇者に選び、神剣エクスカリバーを与えた神である。今はただ伏して我を崇めよ』
厳かに告げられるも、シーザーとヨシュアの反応は微妙だ。
なにせ騎士王が神から神剣を授かったのは有名だが、授けた神自体については詳しい記述がどこにもない。騎士王の伝説に於いて神の存在感は薄く、民の信仰も低い。いきなり神様とか言われても、となるのは自然な反応だ。
とはいえ圧倒的なプレッシャーにさらされている今、下手な口も利けないか。
そんな中、気丈にデウスへ意見する者もいた。ソアラだ。
「貴方様が真に神デウスだとして、なぜ今ここに!? それに、なぜシンディの体を!?」
『機が熟した、ということだ。神たる我が現世に降臨し、乱れた世に平和と秩序をもたらすときが来た。この娘は、我が依代に選ばれたのだ。神の意思を地上で代行する器としてな…………些か予定とは異なる形だが』
デウスは最後、誤魔化すように言葉を濁したが、俺はおおよその事情を察した。
神剣が引き起こした魔法は、いわゆる『神降ろし』だ。五大公のうち四人の命を供物とし、残る一人を依代として、彼奴がこちらの世界に降り立つための魔法。
デウスはこちら側で実体を保つのに、自らが宿る器が必要なのだと思われる。独りでは神剣の下にたどり着けない転移魔法陣の仕組みも、供物と依代を揃えるため。
《円卓》や《騎士王》は最初からそのために? これ以上は想像の域を出ない。
それになぜ魔人たちが五大公の代替に、魔法の供物と成り得たのかも謎だ。
そもそも、この場に五大公の者は四人。神降ろしの魔法に五人必要なら一人足りない計算である。
思えばあの転移魔法陣が起動したのは、姿を隠した魔人たちが入室した後だ。つまり転移魔法陣は魔人を五大公と同じ、王族の血統と誤認したことになる。
一体全体どういうことなのか、ちょっと全員を解剖して調べたい。
そんな俺の考察を余所に、デウスとソアラの問答が続く。
『この不出来な、欠陥品の器では長く持つまい。しかし一時しのぎの宿として許そう。やはりアーサーの直系こそが、我が器に相応しい。さあ、我を騎士王の居場所まで案内せよ。それが供物とならなかった貴様らが果たすべき役目である』
「お待ちください! 長く持たないとは、それではシンディはどうなるのですか!?」
『ふん。一時でも神の器として我の役に立って朽ち果てるのだ。この出来損ないには望外の栄誉であろう。これこそ、憐れな小娘に対する神の慈悲、救済である』
「そんな! あの子にはただ、普通の幸せな人生を……!」
『神の決定に異を唱えるというのか? 不敬であるぞ。ただ神の意思に平伏し、神の命に従うことこそ、貴様ら人の正しき道であろう!』
無機質な低い声と共に倍増した重圧に、ソアラが押し黙る。
デウスが自分たちの崇める神だと信じ切ったわけではあるまい。しかし《鎧》を介して魔力が封じられては、ソアラたちに抵抗の術などなかった。しかも正道を説かれるなど、ソアラにとっては相当な皮肉だろう。
ま、俺にはまるで関係のない話だが。
「どいつもこいつも、俺の断りもなくシンディの処遇を決められちゃあ困る」
『黙れ。我がいつ貴様の発言を許し……待て。貴様、なぜ動ける?』
重圧を毛ほども感じず悠々と進み出た俺に、デウスの声色が動揺を帯びる。
デウスは《幻装騎士》の《鎧》を介し、騎士の魔力を支配下に置けるようだ。魔力が全てとされる世界で、なるほどそれは神の権能だろう。
だが、俺は《幻装騎士》でなく《怪騎士》だ。
魔力をそもそも必要としないこの体に、デウスの支配は通じない。
「なんとまあ、期待外れのつまらない神様がしゃしゃり出たものだな。こんなくだらない世界の創造主だ、最初から期待などしていなかったが」
『人間ごときが神を値踏みしようなど、身の程を知れ! 我は貴様らの矮小な知性では計り知れない存在、人知を超えた絶対者なるぞ!』
「人間を虫けらのごとく見下す傲慢、まさに矮小な人間の想像力が思い描く神様像そのままだな。人知を超えた存在ならもっとこう、想像の斜め上を行く在り様を見せて欲しいところだ。直視しただけで発狂するとか、人類を一人ずつ格闘試合で滅ぼしにかかるとか」
やれやれと首を振った直後、俺は黒風を纏った跳躍でデウスの眼前に。
殴りつけた拳は、白銀の兜に触れる寸前で光の障壁に遮られた。
……正直、このある意味様式美がわかってる自称神が、なにを企んでいるかいくらかの興味はある。とりあえず事を起こすまでは見逃す手もあった。――しかし、だ。
俺は、俺の楽しみを奪おうとするヤツは絶対に許さない。
「貴様が依代にしているのは、神ごときには勿体無いくらいのイイ女でな。悪魔に魂を売って感謝した挙句、一緒に世界征服したいとまで言い出す。なんとも面白おかしい変わり者で、俺の玩具だ。値打ちもわからん馬鹿に、くれてやるものかよ」
『人間風情が、図が高いわ!』
かくして、悪の大首領と神の戦いが開始する!
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