第39話:魔人


『このガキも、こうしてノコノコと罠に釣られるような間抜けだしね。まさかこうも簡単に王家の血を手に入れられるなんて。これじゃあ『協力者』の伝手で騎士王学院に潜入した組は、とんだ無駄骨よねえ』


 騎士王学院に魔族が潜入していることは、倉庫の事件で人狼たちが思い切り口を滑らせていた。聞かされたヨシュアもヨシュアで思い切り聞き流していたが。


 話をまとめると、彼らの目的は《白き龍》。魔族が崇める神で、人間に奪われたらしい。それを奪い返すために王族の血が必要で、ソアラたちを狙い騎士王学院に潜入した。実家を離れ一ヶ所に集まったソアラたちは、事実格好の標的だ。


 そして、同じく王族の血を必要とする封印が施された《神剣》。これが魔族の目的に深く関わっている可能性は元より予測していたが、当たりだったようだな。


「学院の生徒に、魔人が潜んでいただって……!?」

「あいつら、まさか狙いは神剣ですか!?」

「そうはさせない! 神から授かった希望と正義の剣を、邪悪の手に渡すものか!」


 透明化が解けた魔人たちのいる位置は、神剣が刺さった台座に続く階段の前。

 こちらが争っている隙に神剣を掠め取る魂胆だったのは、誰の目にも明らかだ。


 生徒会の三騎士は血相を変えた声で、俺たちに背を向け魔人たちへ挑みかかる。神剣を魔族の手に渡さないことが、なによりの最優先事項というわけか。

 ちなみに糸玉状態だったヨシュアは、タラテクトナイトにあえて解放させた。


「ハッ! なにが『邪悪の手に渡すものか』だ! 邪悪はお前ら人間の方だろ!」

「泥棒のくせに正義の味方気取りとかぁ、恥知らずすぎて笑えないだけどぉ」

「我らが神より盗んだ力で英雄を気取る大罪、死を以て償わせてくれるわ!」


 待ち構える魔人たちの態度には、余裕すら窺えた。


 髪の色に魔力の属性が表れるのは魔族も同様だ。気取った態度の赤髪。ギャルっぽい口調の青髪。堅物そうな強面の紫髪。便宜上、それぞれ魔人レッド、魔人ブルー、魔人パープルと仮に呼称しよう。ううん、あといれば完璧なんだがなあ。


 そして魔人たちの迎撃だが、これがまた興味深い。それぞれの属性に即した光の紋様が、まるで防具のごとく体を覆ったのだ。


「《炎獅子の剣爪》!」


 魔人レッドの右腕を覆うのは、獅子の前足を象った光の紋様。

 繰り出すのは灼熱の爪。しかも練度の高い格闘技による連撃だ。


「ぬ、ぐ! う、ぎゃああああ!」


 ヨシュアは槍で捌こうとするも、掻い潜った爪が胸に深々と突き刺さる。

 鋼の躯体が溶かされるほどの高熱に身悶えし、翡翠の騎士は絶叫を上げた。


「《凍土魚の鉄砲水》!」


 魔人ブルーの頭を覆うのは、魚の頭部を象った光の紋様が。

 放たれるのは高圧水流。それも地面が触れた箇所から凍りつくほどの冷気を帯びた。


「こんなものっ。こん、の、おおおお……!」


 シーザーは風を纏って防御したが、冷気を遮断し切れずに全身が凍っていく。

 指先まで氷漬けにされた氷像となって、紫紺の騎士は沈黙した。


「《風飛竜の噴翼》!」


 魔人パープルの足を覆うのは、皮膜の翼を象った光の紋様。

 三人の中でもこいつの紋様は特殊だ。皮膜の翼には左右それぞれ三つずつ、筒状の器官が備わっている。それが風を噴射し、凄まじい勢いですっ飛んでいった。そう、地球の戦闘機に積まれたジェットエンジンのように。


「ぐ、ううう! ああああああああ!」


 炎も斬り裂く烈風の蹴り技に、ソアラは正面からぶつかって撃ち破られた。

 三人とも変身が解け、傷だらけの姿でこちらまで転がってくる。黄金世代とも言われた《円卓》の子らが、魔人を相手に完全敗北したのだ。


「グレムリン。あの魔人たちが身に纏った紋様って……」

「ああ、立体魔法陣だな。見たところ、魔物の能力を再現する魔法か。それも見かけだけの模倣じゃない。実際に魔物の力を一部取り込んでいるな」


 一回ごとに発動したら消える人間の魔法と違い、常時展開し続けるタイプの魔法陣。しかも、よく視ると紋様は体内に食い込んでいた。武装を体に移植した戦闘サイボーグのように、《魔力経絡》の一部を魔法陣と同化させているようだ。


 術式が複雑な分、人間が使う魔法より性能は高水準。その反面、それぞれ今見せた一種類の魔法しか使えないと思われる。特化の代償に汎用性が犠牲になる、よくある話だ。


 俺の開発した《スフィアダガー》とも似て非なる術理、なかなかに面白い。


「ハッ。口ほどにもない。悪名高い《円卓の騎士》も堕ちたもんだ!」

「本当、手応えなさすぎて拍子抜けよねぇ。そっちの悪趣味な騎士もぉ、こんな雑魚に勝ったくらいで調子に乗らない方がいいわよぉ?」

「我らは魔族の悲願を果たすべく選び抜かれた精鋭! この軟弱な円卓どもとは格が違う! そのくだらん玩具が我らに通用すると思わないことだ!」


 ……三人とも俺たち怪騎士に鎧を一度全壊させられてから、数日程度で満足に回復していない状態での連戦。特にソアラは連日起こる怪騎士の事件を追って徹夜続き。万全には程遠く疲弊した生徒会相手の圧勝で、そこまで得意になられてもなあ。


 万全の三人が相手でもいい勝負をしただろうが、俺たちを安く見られるのは遺憾だ。


「さて。調子に乗っているのはどちらでしょうか?」

「御託は要らないでしょ。どうせ邪魔だから潰すんだし」

「貴様らも思い知るがいい。怪騎士の恐ろしさをな」


 ソアラたちを脇に蹴って転がし、今度は俺たちが魔人たちに襲いかかる。


「抜かせ!」


 吼える魔人パープルを筆頭に、魔人たちが再び迎撃の態勢を取る。

 魔人レッド対タラテクトナイト、魔人ブルー対バットナイト、魔人パープル対グレムリンナイトこと俺の構図だ。


「お前の小癪な金属糸なんて、この炎の爪で溶かしてやるよ!」

「私が放つ鉄砲水の貫通力ならぁ、音波なんて余裕でぶち抜いちゃうしぃ!」

「我が烈風の前では、貴様の風などそよ風同然よ!」


 なるほど。ソアラたちと俺たちの戦いを観察した上で、相性が有利そうな対戦カードを切ったか。自分の力量を過信した力押しでなく、ちゃんと敵を分析して偉い。


 しかし、悲しいかな。なにもかも間違っていた。


「「「ッッッ!?!?!?」」」


 タラテクトナイトの金属糸が、魔人レッドの爪以外の全身を縛りつける。


 バットナイトの超音波カッターが、魔人ブルーの高圧水流を真っ二つに裂く。


 俺の黒風を纏う蹴りが、烈風を貫いて魔人パープルの腹に風穴を空けた。


「な、なぜだ!? なぜ我々の方が負けて……!?」

「残念だったな。貴様らの魔法は、強力な魔物の力を一部だけ引き出すもの。対して俺たち怪騎士は、弱い魔物でもその力を数十倍に増幅・拡大している。下位互換なのはむしろ、そっちの方なのさ。そもそも――俺たちがいつ、全力を見せたと言った?」

「今まで、まるで本気じゃなかったというのかっ。バケモノ、め」


 魔人パープルは吐血しながら膝をつく。重傷だが致命傷ではないか。人間に近い姿でも生命力は人間以上のようだ。


 魔人は昔捕獲したことがあるのだが、アレは本土で居場所を失った流れ者だったようだからな。こいつたは重要任務を任された辺り、魔人の中でもそれなりの上位と見た。うーん、捕獲して解剖したい。


 などと考えていたら、つんざくような絶叫が上がった。


「う、ギィィアアアア!? 俺の、俺の腕ェェェェ!」


 悲鳴の主は魔人レッド。爪ごと右手を金属糸で切り落とされたのだ。

 苦痛に顔を歪めながらも、魔人レッドは全神経を費やして指一本動かない。そうしなければ、全身に絡みついた金属糸に切断されると悟ったからだ。


 しかし、タラテクトナイトは酷薄に邪悪に嘲笑う。


「キシュシュシュ。ねえ? 糸と繋がったままの、私の指と背中の八本足……どれを引いたら、どこが切れると思う?」

「や、やめ――」


 そこからは、芸術的なまでに凄惨なバラバラ解体ショーだった。


 タラテクトナイトが指先と八本足を踊らせる度、魔人レッドの体が細かく分割される。限界まで開いた口から、喉を枯らさんばかりに奏でられる恐怖と絶望の歌。痛みに耐えかねた体が跳ねると、一層糸が食い込み肉が裂け血飛沫が散る。


 まるで楽器のようだ。人体を八つ裂きにして奏でる楽器。戦慄を呼ぶ旋律に、騎士も魔人も言葉を失う。様式美としてテーマソングを大事にする俺だが、これはちょっとジャンル違いだ。強いて分類するならクラシックか?


 音楽としての良し悪しは今一つわからないが、本人が楽しそうでなにより。


「シュシュッ。キシュシュシュ!」

「や――やめろおおおお!」


 意外、と言うべきだろうか?

 その凶行を止めるべく斬りかかったのは、魔人と敵対しているはずの騎士。

 しかしタラテクトナイト……シンディの幼馴染であるソアラだった。


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