第37話:三騎士対三騎士(後編)
「遊び? そんな、そんなくだらない理由で、大勢の人生を狂わせたというの!? 歩むべき正道から踏み外させて、シンディのことも……!」
「歩むべき正道、ねえ。そうやって自分や他人を型に嵌めようとするのが、貴様の悪癖だぞ? 変革を否定し慣習にしがみつく者ほど、時代の流れに淘汰されるのが世の常だ」
威勢ばかりの義憤で震えるソアラに、俺は冷ややかな目を向ける。
思えば、最初に出会ったときからこの少女はこうだ。人はそれぞれ血統や立場に相応しい生き方をするべきで、そこから外れることは悪だとする。おそらく先祖代々そう教えられ、自分も徹底して守っているのだろう。
故に生まれつき障害を抱えたシンディを憐れみつつも、「落伍者らしく隅で縮こまっていろ」と言外に彼女の抗う生き方を否定した。
その意固地な性格は剣にも表れている。こうも戦いが一方的な展開なのは、心が乱れて本調子でないだけにあらず。ソアラの剣が型に嵌まりすぎているせいだ。
「型に忠実と言えば聞こえは良いが、お前の剣は単調なんだよ。攻め方も守り方もパターンが決まり切っているから、把握してしまえば簡単にあしらえる。なまじ魔力のごり押しでそのまま通用してしまい、今まで指摘する者もいなかったんだろうが……タラテクトナイトとの戦いでも、同じ理由で打ち合いに負けたことに気づかなかったか?」
予測の範疇を出ない退屈な攻撃では、どれほど強かろうが速かろうが巧かろうが、恐れるに値しない。俺ならいくらでも解を計算できる。
俺を脅かし得るものは常に、計算では計り知れないものだ。
それがないというなら、ソアラには勝ち目も玩具としての価値もない。
「お前の語る正義は退屈だ。他人が敷いた道の上を歩いているだけ。変わらず、逆らわず、ただ従うだけの正しさ。なるほど、確かに正しい。清く正しい家畜の姿だ。ならば家畜らしく、その血肉を捧げて我々の礎となるがいい!」
ナイトソードを振るい、ソアラの手から聖剣を叩き落とす。
真紅の兜を真っ二つに割るべく、剣を掲げた。
「貴様ら弱者を贄とし、我々はさらなる高みに昇る! 世界を変えるのは常に、自らの手で道を切り拓く者だけだと知れ! 俺が、シンディがそうしたようにな!」
高らかに叫び、剣を打ち下ろす。
しかし、寸前でソアラは左腕で頭を庇った。兜の代わりに腕へ刃が深々と食い込む。
左腕を半ばまで断たれながら、ソアラが血を吐くように唸った。
「自分の欲しか頭にない貴様に、わかるものか。人には生まれ持った運命がある。定められた相応の人生がある。その進むべき道から外れることは、必ず不幸を招く。力のない者に、叶いもしない夢を見せては無為に犠牲を増やすだけなんだ!」
それが、幼馴染の抗う姿を見てきた末の結論なのか。
俺はやや白けた気持ちになりながら、反撃に繰り出された右拳を軽く受け止める。
すると、右腕から魔力の高まりを感知。受けさせたところへ炎を放つ算段か? その程度じゃ奇襲にもならない。
――しかし、ここで俺の予測が外れる。
なんとソアラは炎を拳から放つのではなく、肘から逆方向に噴射したのだ!
「貴様は確かに強い。だが貴様の力は、人を導くのではなく陥れる。悪戯に弱者の心を惑わし、人生を狂わせ、不幸を撒き散らす! 私はそれが、許せないっ!」
「グ、ガ……!」
炎の推進力を得た拳が、ガードを突き抜けて俺の顔面を打つ。
ソアラの拳は計測以上の重みで、鬼面の兜に亀裂を入れた。
「う、ああああ!」
渾身の雄叫びと共に振り抜かれる拳。
今度は俺が錐揉み回転しながら宙を舞った。空中でさらに身を捻ってなんなく着地。しかし、無意識に片膝を床についていた。
「ぷっ。ククク」
なんという感情任せの、単純馬鹿全開の一撃か。
やった本人も驚いているほどの『らしからぬ』所業に、思わず笑いがこぼれる。
機転でも奇策でもなんでもない、ただのやけくそから出たまぐれ当たり。
しかし、だからこそ一瞬とはいえ、俺の計算を上回ってのけたのだ。
そうとも。そうでなくては面白くない。
――そして他の二組も、なかなか面白いことになっている様子。
「こいつ、守りを固めて安全な場所から攻撃するしか能がなかったはず……!?」
「僕は騎士だ、臆病者じゃない! 立ち向かってやるさ! 口だけじゃないと証明してやるさ! 平民の子供ごときにできて、僕にできないはずがない!」
こちらは一階廊下、タラテクトナイト対ヨシュア・ロンギヌス。
ヨシュアは頼みの《キャッスルアーマー》を剥がされ、《蜘蛛糸創造》による滅多打ちを受けていたはず。しかし今は、被弾も厭わず突進を仕掛けるヨシュアに、タラテクトナイトの方が追い立てられていた。
後退を続けながらも、タラテクトナイトは《蜘蛛糸創造》で生成した武器を投擲。これに対してヨシュアは頭と胴を槍で庇いつつ、背中からの魔力噴射で距離を詰める。土属性のため、火属性のソアラや風属性のシーザーほどの加速力はない。それでも、タラテクトナイトに大物を生成する暇を与えないだけのスピードは出ていた。
追加装甲を剥がしたとはいえ、《神槍》の加護とやらで翡翠の騎士は素の防御も厚い。手持ちの投擲武器くらいでは、その前進を止めるのは困難だった。
しかしこんな突撃、先日までのヨシュアであれば考えられなかった戦法だろう。守りを徹底的に固めて自分の安全を確保し、危険のない距離から攻撃して優越感に浸る。それがシンディもよく知るヨシュアのやり口だったはず。
どうやら先日の敗北と挫折は、ヨシュアの心境に余程の影響を与えたようだ。自棄を起こしただけとも言えるが、こういう無謀が案外化けるきっかけにるのだ。
そしてもう一方も、戦況が一転していた。
「演奏で生徒たちを統率……私の猿真似を!」
「一緒にすんな! 俺のは洗脳じゃなくて、音楽で皆の心を一つにしてるんだよ! さあ皆、俺の演奏を聞けええええ!」
こちらは学院上空、バットナイト対シーザー・フェイルノート。
バットナイトは音波コントロールで戦闘員を指揮し、生徒たちを襲撃。混乱する生徒たちへの対応に追われるシーザーをジワジワ嬲っていた。
しかしシーザーが例の竪琴エレキギターを演奏してから形勢が逆転。自分だけは助かろうと押しのけ合っていた生徒が突然一致団結。連携を取って戦闘員を撃退し、バットナイトと空中戦を演じるシーザーの援護すらこなした。
どうやらバットナイトの音波コントロールから学習し、魔法で再現したらしい。それ故に残念ながら実態は、バットナイトと同じ仕組みの洗脳だが。嘘を言ったのではなく、仕組みが自分でわかっていないのだろう。
とはいえ、あくまで操り人形の戦闘員に比べ、演奏で熱狂した生徒たちの方が勢いがある。勢いに乗った平民の暴徒が、ときに訓練された衛兵を呑み込む構図だ。
片や根性、片やノリで劣勢を覆したか。精神という、人でなしの俺では今一つ理解の及ばない概念。それがときに俺の予測を凌駕する。
そうとも。そうでなくてはつまらない!
「ハアアアア!」
「グ。ガッ。ククク、クハハハハ!」
ソアラが拾い上げた聖剣を手に、雄々しく叫びながら斬りかかってくる。
俺はなんなく弾いたが、聖剣が炎を噴き、急に軌道を曲げて肩を削った。続けて、炎の噴射で緩急と変化をつけた連撃が襲いかかる。
先の命中から、これなら俺が読み切れないと踏んだか。
だが、惜しい。先程一瞬でも俺の予測を超えたのは、がむしゃらに放った計算もへったくれもない一撃だったからだ。俺の意表を突こうと意識するあまり、計算づくになった動きは簡単に読める。
連撃を全て捌いて、俺は逆にカウンターの回し蹴りを真紅の兜へ叩き込んだ!
「ぐあ……! こ、のおおおお!」
「そうだ! もっと死力を尽くせ! 持てる全ての力と技で俺に挑め! 己の限界を、俺の予測を超えて見せろ! クハハハハ!」
さらなる成長、さらなる進化を俺に味わわせろ。
かつて星を貪り尽くすまでに至った俺をも倒した、あの《ヒーロー》のように。
期待と愉悦に胸を躍らせ、俺は肉体のギアを一段階引き上げた。
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