第35話:征服開始
その日は雲一つない晴天だった。空はどこまでも青く、温かな日差しが降り注ぐ。
騎士王学院の生徒たちも、日の光の眩しさに安堵するように表情が綻ぶ。しかし、それでも拭い難い陰りがそこにはあった。
新入生を迎えてまだ半月だが、どうにも嫌な空気が学院に蔓延している。
始まりは新入生期待の星であったソアラ・ガラティーンが、決闘で《三角形》の下級生徒に敗北したとの噂。それを皮切りに、「魔力でない謎の力を操る異形の騎士」による事件が頻発。《六芒星》の上級生徒を中心に、重軽傷の被害者が次々出た。
現場に犯人の魔力痕跡が見つからないため、当初は失態を誤魔化すための法螺だと誰も本気にしなかった。しかし連日止まない被害の続出に、次第に膨れ上がる不安。
なにかがこの学院で起きている。なにか、恐ろしいことが。
今までなら誰かが問題を起こしても、《円卓生徒会》にかかれば瞬く間に鎮圧された。五大公の、騎士の中でも一等貴き血統の力があれば、学院の秩序は安泰のはずだった。
しかし事態は一向に収まる様子がなく、円卓生徒会は沈黙を続ける。それどころか、在籍する三人が三人とも、件の異形騎士に敗走したという噂まで囁かれる始末。
不変と信じていた日常が崩壊する、不吉な予感を誰もが薄々感じ取っていた。
それでも未だ被害に遭っていない大多数の生徒たちは、まるで他人事のように振る舞い、どこかしがみつくように日常を続けようとした。
――しかし、ついに非日常の牙が彼らの足に食らいつく。
ドッゴオオオオオオオオッッ!
「きゃああああ!?」
「なんだああああ!?」
なんの予兆もない、突然の大爆発だった。
学舎全体が大きく揺れ、立っていられずに倒れる生徒たち。棚や卓上の物が落下し、ガラスや陶器の品は音を立てて割れた。それこそ、学院のどこにいても無視のしようがない音と衝撃。起き上がった生徒は皆、何事かと爆発の方向を見る。
爆心地は学院の正門をくぐってすぐの広場。大きな黒煙が辺り一面に広がっており、しかし煙の割に被害が少ない。広場は全く破壊された様子がなかった。
近くにいた生徒たちは不審に思って目を凝らし、そして驚愕で叫び声を上げる。
黒煙が晴れると、そこには異形の集団が整列していたのだ。
「……行け!」
「「「ギギー!」」」
仮面の少年が下した号令と共に、骸骨騎士の群れが一斉に飛び出す。
ある者は素手で、ある者は武器を手にして、手当たり次第に生徒へ襲いかかった。
「この野郎――ぎゃああ!」
「なんだこいつら、魔力もないくせに!?」
「うわああああ!」
「助けてええええ!」
魔力がまるで感じられない相手に、最初こそ抵抗を試みた生徒たち。
しかし威勢よく先陣を切った者たちが、あっけなく叩きのめされる。剣は弾かれ、魔法を当てても微動だにしない。痣だらけ、血みどろになって地面を転がる生徒が増えるにつれ、生徒たちは戦意喪失。とうとう悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
互いに押しのけ合い、足がもつれて転び、地を這いながら助けを求める。英雄の末裔、未来の英雄と持て囃される学徒が、いざ窮地に立たされればこの有様だ。
実のところ、生徒たち……特に《六芒星》には実戦経験がないに等しい。
同年代の冒険者ならいざ知らず、彼らは学院に入ってようやく経験を積む者が大半だ。それ以前はせいぜい、地元でゴブリンなどの下級魔物を狩った程度。経験を積むための訓練でも、魔力と数でのごり押しが常だ。
つまり彼らは今回のような、身の危険を覚えるような状況など全く経験がない。
攻撃が通じず、魔力の守りも役に立たず、血を流し涙が出るほど痛めつけられる。そういったことにまるで慣れていない。
《六芒星》から日々理不尽な虐げを受ける《三角形》ならまた違ったろうが、不思議とこの場にいるのは上級生徒ばかり。いくらか冷静に状況を観察できる者がいたなら、どこからともなく現れた骸骨騎士たちの正体に勘付いたかもしれない。
しかし平静を保てた者は一人もおらず、初めて相対する未知の脅威に恐れ慄くばかり。
――ならば、対処できるのは既にこれを体験した者だろう。
「皆から離れろ! 《ファイアボール!》!」
「女子に手出しはさせねえぞ! 《ホーミングアロー》!」
「ここは通しませんよ! 《アースウォール》!」
火球と誘導式の矢が骸骨騎士をふっ飛ばし、地面から生えた土の壁が骸骨騎士と生徒の間を遮る。小技でダメージもないが、生徒が逃げる時間を稼ぐには十分だ。
学舎へ後退する生徒たちと入れ替わりに、三人の少年少女が前に進み出る。
ソアラ、シーザー、ヨシュア、円卓生徒会が揃い踏みといったところか。
「一体これはなんの真似だ、ギルダーク!? 今度はなにを企んでいる!?」
「なに、様子見も十分かと思ってな。今日で一気に、この学院を征服してやることにしたのさ。あと、こうして仮面で正体を隠しているときはそっちの名前で呼ぶな。今は仮称だが《グレムリン》と呼べ」
聖剣を突きつけ問い質すソアラにも、仮面の少年は飄々と応対する。
一方でシーザーとヨシュアは、「征服」などと言い出されて反応に困った顔だ。
「騎士王学院を征服だあ? ……ハッ! さては女子生徒を洗脳してハーレム作るのが狙いだな!? そんなけしからん野望、このシーザー・フェイルノートが許さん!」
「馬鹿ですか、貴方。しかし征服とは、これまた馬鹿丸出しの話ですね。そもそも、一体なにを持って征服したことになるんですか? まさか生徒を皆殺しなんて言いませんよね? それじゃあ、ただの虐殺ですよ」
「ええ。別に虐殺でも構いませんが、今回は趣向を凝らしてあります。あなた方に決定的敗北感を味わって頂くため、我々が狙うのは騎士王学院の象徴です」
少年と同じくフードと仮面で素顔を隠した女性が、蠱惑的な微笑を口元に刻む。
彼女の言葉に、ソアラはハッとした顔でもう一方、やはりフードと仮面を纏った知己の少女を見た。フードの下から蒼銀の髪を覗かせた少女は、獰猛に笑い返す。
「象徴って、まさか!?」
「そう。《神剣エクスカリバー》――初代騎士王が神から授かったとされる伝説の剣。今は騎士王学院の地下に封印され、台座から引き抜いた者こそが騎士王の真なる後継者。古から語り継がれ、全ての騎士が一度は憧れる夢物語。それが悪の手に奪われて台無しになるなんて、物凄く斬新で面白おかしい悲劇だと思わない?」
神剣を失う、それも正面切って奪われたとなれば、騎士王学院にとってこれ以上ない失態にして敗北だ。権威も誇りも地に落ち、騎士を志した全生徒の心が挫かれるだろう。
そして神剣が封じられた部屋の扉を開けられるのは、五大公を含む王族の血統のみ。
幼馴染の主謀だと悟り、ソアラの表情が悲痛な怒りに歪む。
「そこまで堕ちたの、シンディ……!」
「いいえ、昇り詰めるのよ。この腐った王国の全部を、瓦礫の山に変えた上でね。これはその、ほんの手始め。もっと喜んだら? あんたたちはこういう危機を、邪悪との戦いを待ち望んでいたでしょう? せいぜい抗って、私たちを楽しませなさい」
「騎士王学院の未来を左右する大一番だ。さあ、楽しい祭りを始めようか!」
仮面の三人がベルトに短剣を装填し、騎士の三人も合わせるように武器を掲げる。
互いに唱えるのは、人を超えた姿に己が身を変える呪文。
「「「変身――!」」」
「「「《鎧召喚》――!」」」
闇と光が双方を包み込み、異形と神秘、二対の騎士が相対する。
王国の、世界の歴史を揺るがす永い戦い。その序章に決着のときが迫っていた。
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