第34話:人間の謎、悪魔の謎
この世界、少なくとも王国の貴族と呼ばれる人種は、《幻装騎士》という兵器を移植された一種の改造人間である――これは《幻装騎士》の存在を知ったときから、割と早い段階で出ていた仮説だ。
学院の実戦試験に始まり、多くの検証を経て仮説は確信に近いものを得ている。
俺が出した結論に、シンディは動揺を隠せない様子で口を開いた。
「……つまり、こういうこと? 騎士王アーサーや円卓の騎士、そしてその末裔である私たち貴族は、魔族と戦うために造られた兵器だっていうの?」
「さて、改造の目的についてはどうだろうなあ」
シンディに膝枕されたまま、俺は異空間からある物を取り出した。
肉厚の刃に太い柄。要は片手斧だが、シンディは怪訝な目でそれを見つめる。
「なにこれ、斧? 変わった形してるわね」
「この辺りでは見ない武器だろうな。こいつはトマホークという、投擲に特化した片手斧だ。刃は敵に突き刺さりやすいよう形状と角度が工夫され、投擲の軌道を安定させるため、柄も斧頭と重量のバランスを取ってある」
より厳密に言えば「フランキスカ」という名称なのだが、メジャーでないせいかこの世界ではトマホークで統一されてしまっている。
投擲すれば、斧は綺麗に回転しながら向かいの壁に突き刺さった。
「えっと、それで、これが今までの話とどう関係してるわけ?」
「ギル様は仰りたいのは『同じ種類の武器でも、目的に応じて特徴が異なる。裏を返せば特徴の違いに注目すれば、製作者の目的も自ずと見えてくる』ということですね?」
「ククク。優秀な生徒がいると話が早く進むよ」
実験体の処理を済ませたエリゼが、紅茶を手に話に割って入る。
俺はシンディの膝枕から身を起こして紅茶を受け取った。エリゼが勝ち誇るような流し目をシンディに送る。シンディはなにか言おうとしたが、自分にも差し出された紅茶のカップで封じられた。釈然としない顔が、紅茶の美味さでますます渋い顔だ。
二人のやり取りを横目で楽しみつつ、紅茶で一旦喉を潤した後に俺は続けた。
「神に改造された結果が今の人間たちなら、神の意図は明らか――『停滞』だ」
自分たちだけ特別な力を与えられた貴族は、力に溺れて堕落する。同時に自分の地位を守るため、下々の民が力をつけないよう押さえつける。
民も貴族の特別な力を前に、『生まれたときから人生は決まっていて変えられない』という認識を植え付けられて努力や挑戦の意欲を失う。
そうして人間全体の技術的な発展、文明的な進歩は阻害され停滞する。
《幻装騎士》にはそんな、人間から成長することを奪う目的が透けて見えた。
「俺が実戦試験で語った話を覚えているか? 人間も魔族も共通の祖先を持ち、それがゴブリンだという話を」
「ええ。確かギルが怪騎士の姿にゴブリン亜種の《グレムリン》を選んだのは、ゴブリンの持つ万能性がどうとか、って話よね?」
「そうだ」
――では、ゴブリンの遺伝子に宿る万能性とは具体的にどういうものか。
それは『順応』と『進化』だ。
通常、生物の進化というのは何世代と途方もない時間をかけて行われる変異だ。しかし人型種族の原種となったゴブリンは、突然変異にも等しい急速かつ劇的な進化を可能とした。それも、あらゆる環境に順応する多様性を発揮して。
おそらく海の向こうの暗黒大陸は、地域ごとに環境が激しく異なるのだろう。
それぞれの環境に適応するべく、原種ゴブリンから多種多様な姿と能力に派生した人型種族。それこそが《魔族》なのだ。
前回の人狼のみならず、過去に捕獲した魔族たちを解剖し徹底的に調べ上げることで、俺はこの結論に至った。万能性を秘めたゴブリンを祖とするが故に、この世界に多種多様な人型種族が存在するのは必然だったのである。
……しかし。そうなると今度は人型種族の中で、人間の異質さが際立つ。
そもそも、だ。この世界の人型種族が、ゴブリンを祖先としているなら。進化の過程で地球人と全く同じ《人間》が現れるのは、果たして自然なことだろうか?
近しい次元であれば、異世界でも地球と近しい歴史を辿る。俺はそう仮説を立てたが、この世界は人型種族の成り立ちがあまりに地球と異なるのだ。たとえ人間に近しい種族がいても、それこそ魔族くらいの差異が生じて然るべきではないか。
「人間とそれ以外なんて対立構図になっていることから見ても、数多いる人型種族の中で人間だけが酷く浮いている。それこそ神から与えられた《幻装騎士》の力以外で、他種族より秀でた部分がまるで見当たらない。なぜか? 人間と魔族の肉体を解剖し比較した結果、俺は人間の『進化』を司る因子が人為的に封じられていることを突き止めた」
「それが、私たち人間が神によって改造されたっていう根拠? でもそんな、弱くするためみたいな改造になんの意味があるのよ?」
「確かに兵器としてなら無意味だが、別の用途なら弱くするのも立派な改良だ」
「別の用途?」
「――家畜、ですね? 猪から牙を奪って豚にするように。狼から野生を奪って犬にするように。柵で囲って飼い馴らすための改良。さしずめ貴族は、家畜のまま羊飼いの役割をやらせるべく武器を与えた番犬といったところでしょうか」
エリゼの表現は実に的確だ。
この世界の人間は、収穫されるのを間抜け面晒して待つ家畜に他ならない。堕落し切った今の人間たちから、如何なる収穫が得られるのかは俺にも謎だが。
人間の飼い殺しなんて一体なにが楽しいのか、俺には理解に苦しむ。
「……それはなんていうか、くだらない話ね」
「ああ、そうだとも」
少々手に力が入ってしまい、不可視の衝撃が走ったカップは粉々に砕けた。
全く、この世界も随分と俺を苛立たせてくれる。
「こいつは正義がどうの倫理がどうのという問題じゃない。俺が面白いかどうか、という問題だ。変革も進化もない、ただ腐っていくだけの人間になんの価値がある? こんな退屈でつまらない豚小屋は、俺がぶち壊してやる」
前世の地球でもそうだった。
目先の欲得を貪るしか頭になく、未来にはなんの期待も展望もなく、腐った目で死人のように彷徨い歩く人の群れ。どこを向いても、目につくのはくだらない理不尽と不条理ばかり。世界はどうしようもないほどつまらなくて、俺にはそれが耐え難かった。
だから壊す。輝かしい英雄譚の前には凄惨な悲劇が必要だ。眩いもの、美しいものを目にするために。この狭くて息苦しい世界を、地平線が見渡せるまで焼け野原に変えてやろう。……たとえ自分一人で、世界の全てを敵に回してでも。
「ちょっと」
などと考えていたら、横からシンディに頬を両手で挟まれた。
「なに孤高ぶってるのよ。そこは『俺たちが』でしょ? 人を誘っといて蚊帳の外にしようとしてんじゃないわよ。私たちで、このくだらない世界をぶち壊すの。巻き込んだ責任取って、キッチリ関わらせなさいよね」
こちらの顔を覗き込むようにして、シンディはそう言う。
間近で見る蒼銀の瞳はどこまでも深く、不思議と吸い寄せられるようで。
気づけばそのまま、ただでさえ僅かだった距離を埋め、彼女と唇を重ねていた。
「!?!?!? ちょ、なんで今の流れでキスしたの!?」
「ふむ? いや、なんかしたくなったから」
シンディが真っ赤な顔で飛び退くが、俺も自分の情動が理解できず首を傾げる。
――思えば、前世の世界征服に『配下』はいても『同志』はいなかった。恐怖・欲得・崇拝・忠誠……各々の理由で俺に従う者であり、正しく俺と志を同じくする者は一人として存在しなかった。それはエリゼを含む、この世界で配下にしてきた者たちも同様。
当然と言えば当然なのだろう。「世界征服」なんて、『普通の』人々からすれば幼稚で荒唐無稽な絵空事。くだらない連中だとは思うが、そういうものだと知っている。
だが、シンディは本気で俺の隣に並び立とうとしている。俺と同じ志で、同じ景色を見ようとしている。少なくとも、その気概は十分感じ取れた。
そのことに、俺は喜んでいる? 感動している?
自分でも今ばかりは、自分の感情がよくわからない。わからないことが、面白い。
「…………」
エリゼがなにやらキュッと唇を引き結んでいるが、あえて無視する。
予測外の出来事の火種になれば良し、そうでなければ興味がない。
「そ、それで! 今後はどうするのよ!? ソアラたちの値踏みは終わったんでしょ?」
「ふむ。《円卓》最後の一人、モルドレッドも気にはなるが、いつ学院に戻るとも知れないからな。世界征服の第一歩として、本格的に騎士王学院を征服してしまおうか」
「ですが、学院長は我々の傀儡。既に学院は実質の支配下にありますが?」
「それを公表したところで生徒へのインパクトは薄い。もっとこう、派手なイベントを起こしたいな。学院のシンボル的なモノを奪うなり破壊するなりして、生徒たちの心をへし折ってやるとか。そういうの、シンディはなにか心当たりはないか?」
俺の問いにシンディはしばし考えた後、実に悪い笑みを浮かべた。
「それなら、うってつけの品があるわよ。騎士王学院の権威の象徴、『初代騎士王の生まれ変わりが引き抜く』という伝説を残して封じられた《神剣》がね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます