第33話:悪魔の実験


「んー。むー」

「どうしたのよ? さっきから唸ってばっかりで」


 港の倉庫でヨシュア、ついでに魔族と交戦してから四日後。

 俺はある『実験』のため、シンディとエリゼを連れてある場所に来ているのだが……実験の前に解決したい考え事があり、ソファに寝転がって思案中だった。


 同じソファに座るシンディに、膝枕をしてもらいつつ。うむ、悪くないクッションだ。

 実験の準備を進めるエリゼから、視線がプスプス刺さって痛い愉快。


「如何なさいましたか、ギル様? 枕にご不満がおありでしたら、いつでも私がお替りいたしますが。ええ、そんな固い枕より快適な寝心地をお約束しますとも」

「あんだとこの脂肪枕」

「クハハッ。なに――二つ、重大なミスに気づいてしまったんだ」


 声のトーンを落とした俺に、二人とも居住まいを正す。

 俺は至極真剣な顔で、その問題を口にした。


「悪の組織の名前。そういえばまだ決めてなかったな、と」

「は? 名前? ていうかこの組織、ずっと名無しだったの?」

「私はてっきり《ゼット商会》が組織の名かと」

「商会はあくまで下部組織の『一つ』さ。今まで準備期間として、ちゃんと組織の体裁が整うまではと正式名称は保留にしてたからなあ。こう、世界を震撼させる巨悪に相応しい、イカした名前を考えなくては」


 前世の組織の名を使い回す手もあるが、せっかくだから心機一転、新しい名前で再出発と行きたいところだ。


「あと、仮にも《大首領》がホイホイ前線に出るのもどうかと思ってな。かといって後ろでふんぞり返るだけなのも退屈だし、前線で暴れるために幹部を兼用しようと思ってな。そうなると、大首領を指す《フィアー》とは別の名が必要なわけで。同じ幹部の予定である二人にもそれ用の名が必要だし、どうせだから統一性を持たせたいところだな」

「いやもう、君の好きに決めればいいと思うけどさ。ここに来た本題はそっちじゃないんでしょ? そろそろ実験とやらについて説明しなさいよ? ……それにしても、王都のこんな地下深くに秘密の実験施設なんてね。しかも魔族の潜伏場所のすぐ近くとか」


 シンディが言うように、俺たちが現在いるのは先日の戦闘場所から近くも近く。同じ倉庫街の《ゼット商会》が所有する一角、その地下に作った秘密の実験施設だ。


 主な用途は人間を始めとする生物の調査・研究・実験。魔族の一件でわかるように、王都は人口が多い分、十人や百人の行方不明じゃ大した騒ぎにならない。こちらはより騒がれ難い犯罪者や裏社会の人間を標的にしていたが、魔族とは同じ穴の貉だったわけだ。


 そして今回の目的は、この世界の人間に関するある調査結果の確認。


「実験については、見てもらった方が早いだろう。エリゼ、実験体を放て」

「はっ」


 俺の指示でエリゼが操作盤のレバーを下げる。

 この部屋は中央が二階層分吹き抜けになっており、俺たちがいるのは上層の方。そして俺たちが見下ろす下層の中央は、強化ガラスで仕切られた正方形の空間だ。


 そこの床が二ヶ所開き、さらに下から昇降機で実験体がせり上がる。

 互いに向き合う形で現れたのは、虚ろな目をした人間が二人。髪と瞳の色から、どちらも平民だとわかる。シンディは一見して実験の意図がわからず怪訝な顔。


 しかし、すぐに驚愕で目を見開くこととなった。


「あがー!」

「あばー!」

「なぁ!? 平民が、《幻装騎士》に!?」


 なんと明らかに平民である二人が、共に《鎧召喚》を行って変身したのだ。

 魔力も平民ではありえない域で発揮し、激突する二色の鎧騎士。

 自我を剥奪した木偶人形ながら、なかなか見応えのある動きで戦闘は白熱する。


「嘘、学院の生徒よりよっぽど強いんじゃ!?」

「あの二人は《陽光商会》の手下だったが、そこそこ名のある冒険者でな。戦闘の技量ではそこらの学生など相手にならない域にある」


 しかし残念なことに、せっかくの激闘は途中で頓挫してしまう。


「あが、あがががが」

「あばばばば」


 突然変身が解け、痙攣しながら目と口から血の泡を噴いて倒れる二人。

 エリゼが首を横に振る。心臓の鼓動・脳波共に死亡を確認したようだ。


「どういうことなのよ、アレ!? まさか、《幻装騎士》を作れるようになったとか!?」

「クハハッ。流石の俺も、神秘の塊である《幻装騎士》の解明には手こずっていてな。この手品のカラクリは実に単純でね。あの二人の心臓を、貴族から抜き取った心臓と入れ替えただけだ」


 シンディは絶句する。


 外科手術を始め、肉体に手を加える行為が禁忌とされる世界だ。自分も人体改造を受けた身とはいえ、心臓の入れ替えなんて話は想像を絶するものだったと見える。

 俺は順を追ってシンディに説明を始めた。


「――騎士王学院に入学してから約半月。シンディを改造した際に始まり、俺はソアラたち《円卓》の力を値踏みすると同時、五大公の血統について調べ上げてきた。エリゼにも保険医の立場を利用し、以前から学院生徒の肉体を調査させていた。平民とは一線を画す魔力と、《幻装騎士》を宿す貴族の秘密を解明するためにな」


 シンディ以外の五大公は血液採取や音波測定に留まっているが、貴族は冒険者に落ちた三男四男坊を中心に数十人ほど解剖した。比較のため平民も同様に。

 そして結果は、なんとまあ興味深くもくだらないものだった。


「だが……ないんだよ」

「ない? なにが?」

「平民も貴族も、生物的・肉体的に個体差以上の違いが存在しない。平民より膨大な魔力を宿すに足る機能も器官も、貴族には一切ないんだ」

「そんなはずっ。だって、髪や瞳の色からして違うし」

「それは多量の魔力を宿した影響による、色素の変化に過ぎない。文字通り、色が違うだけなんだよ。その多量の魔力を生み出すための機能が、どれだけ調べても見つからない。五大公の血統にすら、その身分に見合う特別な要素は何一つなかった」


 ぶっちゃけ、前世の地球人とも大差がない。

 ――ある意味、それ自体がとんでもなく特別で異常なことなのだが。


「でも、でも、じゃあ貴族と平民の魔力の差は、どう説明をつけるのよ?」

「うむ。結論から言えば、《鎧》だ。貴族の体内に宿る《幻装騎士》の鎧が、マナを平民より多く吸収し、平民より多くの魔力を生成する機能を有している。貴族は血統そのものが特別なのではない。貴族の魔力は、あくまで鎧に依存したモノというわけだ」

「でも、《幻装騎士》は貴族の中でも上級貴族だけが変身できる姿よ? でも、下級貴族だって上級貴族ほどではなくても、平民より魔力は圧倒的に大きいじゃない」

「下級貴族の中にも《鎧》は宿っている。正確には、その核とでも呼ぶべきものか。《幻装騎士》に変身するだけの力こそないが、マナの吸収・魔力の生成機能は同様だ。また鎧は心臓と深く結びつけられており、心臓ごと摘出すれば鎧も取り出せる」


 平民と貴族、上級貴族と下級貴族を隔てるのは、先祖の偉業でも歴史の重みでもない。

 鎧を植え付けられたか否か。どの品質の鎧を植え付けられたか。つまりは創造主の選別だ。そういう意味ではなるほど、確かに貴族は選ばれた存在と言えよう。


「ここで重要なのは、《鎧》を失えば五大公すら平民並みの魔力に落ちるだろうということだ。鎧はたとえ破壊しても、宿主の中で修復する。だが鎧を体内から摘出し、平民に移植した結果は実際に見てもらった通りだ。つまるところ、英雄の血統の力とやらは、ちょいと臓器をいじるだけで簡単にとっかえひっかえできる程度の代物というわけさ」


 ただ優秀な血統を残すための品種改良にしてはあまりに迂遠、というか的外れな処置。

 明らかに目的は別にある。血統の優性を一ヶ所、それも鎧という外付け装置に集約させる意味。魔力の格差を生みつつ、生物として秀でた力を与えない意図。


 家畜の豚に『餌』は与えても『牙』は与えない――つまりはそういうことだろう。


「どうやら《神》とやらは、人間自身が力を付けるのを余程嫌がったと見える。着脱可能の才能なんて、いつでも取り上げられるようにしたとしか思えない」

「改造、ですって?」

「なんだ、気づかなかったか? 鎧とは人の手で作り出される防具、人工物だ。それが生まれつき体内に宿っているなんて、自然的な進化で身につく能力ではない。そういう風に改造されたんだよ。遠い昔、おそらくはお前たちが崇める《神》の手でな」

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