第31話:怪騎剣ナイトソード



 弟くんの兄を始め、行方不明の冒険者は俺が運営する《ゼット商会》傘下の者たちだった。彼らには《スフィアダガー》と《腕輪》を与えてあり、いつでもバットナイトの音波コントロールで操れる戦闘員でもある。


 その冒険者たちを通じ、冒険者拉致の犯人が《陽光商会》の庇護下で潜伏中の魔族であることは、とっくに把握済みだった。ヨシュアを罠にかける企みについても。


 詳しい理由は不明だが、魔族たちの目的は王族の血にあるらしい。頻繁に単独で王都を出歩くヨシュアは格好の獲物だったわけだ。学院に潜入しているという仲間から、ソアラやシーザーの体たらくを聞き、今世代の《円卓》は弱いと判断したのもあるか。


 俺としてはせっかくの対決だ。しばらく観戦に徹したかったのだが……ヨシュアがあまりに期待外れだったので、ついつい乱入してしまった。


「偽物? 偽物ですって!? この正義の騎士、ジャスティスナイトをごっこ遊びの偽物呼ばわりしましたか!?」

「それ以下だと言ったんだ。貴様は守るためでも救うためでもなく、ただ他人を見下して優越感に浸るために『正義の味方』の名を振りかざすゴミでしかない」


 俺は悪だがヒーロー好きだ。同好の士と期待していた分、今はすこぶる機嫌が悪い。


 一歩で間合いを詰め、仮面ごとヨシュアの頭を砕くべく殴りつける。

 しかし一瞬早く、ヨシュアの全身が光に包まれた。《鎧召喚》により、ヨシュアは翡翠の鎧騎士へと姿を変える。同時にヨシュアが纏う、二重の光の膜も輝きを一層増した。


 激しい衝突音が轟くも、拳は光の膜に阻まれてヨシュアまで届かない。


「ふむ。固いな」

「は、ハハハハ! これがソアラやシーザーを倒した力ですか? 大したことありませんね! 僕は五大公の魔力に加えて、《神槍》の加護で守られているんですよ!」


 余裕ぶっているが、声音には恐怖と動揺が全く隠せていない。俺の動きに全く反応できず、直撃を受けたからだ。それでダメージがない辺りは、確かに大した守りの固さ。


 しかし《鎧召喚》といい発言といい、もう変装の意味がないな。

 一度正体を隠して正義の味方を名乗ったなら、キッチリ隠し通す努力をするべきだ。

 その辺り、正義の味方ごっことしても杜撰が過ぎてイライラさせられる。


「こんな雑魚に不覚を取るとは、二人とも情けない不甲斐ない! 仕方ないので僕が仇を取ってあげますよ! そして僕は救国の英雄になって、神槍だけでなく《神剣》にも選ばれて、伝説の後継者に……! 《メタルハンマー》!」


 高揚した声でヨシュアが神槍で地面を打つと、地中から巨大な鉄柱が飛び出した。

 しかし俺は慌て騒がず、ため息混じりにこれを正面から拳で粉砕する。鋼鉄なのは表面だけ。中身は土塊のハリボテだ。


「温い攻撃だな。魔力と神槍の力、その大半を貴様は常時防御に回している。だから攻撃がこうも手ぬるい。慎重ではなくただの臆病だな。怪我をするのがそんなに怖いか。悪者退治と称して平民ばかり標的にするのも、確実に圧倒できる弱者だからだろう?」


 冒険者たちを神槍で薙ぎ払った際、加減はしなかったにも関わらず死人が出なかったのはそれが理由だ。規模で大きく見せようとする分、余計に威力は低い。


 ――自分が完璧に圧勝する戦い以外はしたくない。怪我なんて論外だ。

 あまりに偏った魔力の配分には、そんな幼稚極まりない欲求が透けて見える。


 なまじ膨大な魔力の恩恵があるせいで、力押しに慣れて技術が磨かれていない。これはソアラやシーザーにも言えることだったが、ヨシュアは特に酷かった。


 優越感に浸りたいがために、弱者ばかりをつけ狙う。人間にはよくある行為だ。それ自体に別段思うところはない。

 だが、それを『正義の味方ごっこ』でやるのが俺には許し難い。


「他人を守るために自分が傷つく覚悟もないヤツが、たとえ遊びでも正義の味方を騙るな。ましてや我が身可愛さに平気で人質を見捨てるなど、言語道断。どう切り抜けるかとワクワクしていた俺の期待を、一番最低な形で裏切りやがって」

「ふざけるな! 悪のくせに説教ですか!? 第一、なぜあんなゴミどものために僕が危険を冒さなくちゃいけないんですか!」


 ヨシュアは魔法を主軸に攻撃を仕掛け、近づけば神槍を振るう。

 怒っても魔力の配分は変わらず防御偏重。見かけ倒しの稚拙な攻撃を軽く捌いて、拳や蹴りを浴びせる。が、やはり偏らせただけ守りは強固だ。殴った拳が痺れている。


「僕たち五大公の血統には、何世代にも渡って王国を守護してきた歴史の重みが乗っています! 雑草のごとくどこでにも生えて、十人や百人死のうがいくらでも替わりの利く民とは、命の価値が違うんですよ!」


 血統の継承を重ねて潜在能力を高める。それは旧時代的な貴族主義・純血主義とも言い切れない。遺伝子の概念から考えれば、科学的にも一定以上の有用性がある主張だ。

 ただし、それはあくまで手段の一つに過ぎない。


「ましてや! そいつらは王国になんの貢献もしない社会のクズども! 血統の劣る、魔力も貧相な平民の分際で、僕ら騎士の真似事なんておこがましい! 貴様ら下賤な平民の努力なんて全部無駄! 平民どもが汚い汗水垂らした浅知恵の武器や技術なんか、僕ら選ばれた高貴な血統の前じゃゴミなんですよお!」


 コレだ。俺がこの異世界ファンタジーで気に入らないのは。


 この異世界は魔力の存在を理由に、生まれつきの血統と才能こそ全てだとして、努力や研鑽を否定する。それは技術の発展を阻害し、文明の進歩を停滞させる悪習。貴族が労せず強者の椅子に座り続けるためだけの腐り切ったルールだ。


「悪の組織として、貴様のなっちゃいない正義の味方ごっこは見過ごせないが……一人の科学者・技術屋としても、貴様の言葉は看過できないな」


 争いに次ぐ争いがもたらす変革と進化。それこそ人間の本質であり真価だ。

 その相克こそなにより愛する俺にとって、停滞し腐敗し切った王国の空気は耐え難いものだった。こんな夢も希望もないようなファンタジーでは、前世の地球と大差ない。


 だから俺は、このつまらない世界の全てを台無しにしてやると決めたのだ。

 地球でもそうしたように、俺の悪魔的頭脳と科学力で!

 俺は異空間から、一振りの剣を抜く。今回初披露の新武器だ。


「怪騎剣《ナイトソード》――仮にも騎士を名乗る以上、やはり剣も使わないとな」


 柄がどことなく玩具めいた造形である他は、冒険者が使うような一見なんの変哲もない剣だ。ヨシュアが馬鹿にした笑い声を上げる。


「人の話を聞いていなかったんですかぁ? そんな魔剣でもない、卑しい平民が作るような鉄屑ごときが、由緒正しい英雄の末裔である僕に通じるわけないでしょうが!」

「たかが百年そこらの血統でなにを勝ち誇る。投げ槍で象を狩ってから、星を貪り尽くすに至るまでの一万年。人が積み上げた研鑽、科学と技術の重みを知れ」


『エンチャント』『《セイレーン》』


 シーザーの一件で入手した《セイレーン》のスフィアダガーを、剣の柄部分に内蔵されたスロットに装填。刀身に翼、鍔元に絶叫する乙女の意匠が加わった。

 俺は瞬時に懐へ飛び込み、ヨシュアに斬りかかる。


「ハアアアア!」

「っ、《キャッスルアーマー》!」


 命中する寸前、本能が警鐘を鳴らしたか、ヨシュアは新たな魔法を発動した。


 散々魔法で生み出した鋼鉄が、ヨシュアの全身に吸い寄せられる。そして集まった鋼鉄は凝結・変形し、翡翠の騎士鎧を覆う追加装甲と化した。二回りはシルエットが膨れ上がり、一気に風貌が重装騎士のそれに様変わりする。


 俺の剣はあっけなく弾かれるが、構わずヨシュアの周りを旋回しながら、その全身に斬撃を浴びせ続けた。


「ハハハハ! 学習能力のないクズめ! 何千回やろうが僕にはかすり傷一つ――!?」


 ピシ、と響いた嫌な音に、ヨシュアの嘲笑が止まる。

 翡翠の騎士鎧に亀裂が入り始めたのだ。上から覆う追加装甲には傷一つないにも関わらず。本体だけに亀裂がどんどん広がっていった。


「な、なんで!? 僕には魔力と神槍の加護が、魔法でさらに防御を固めているのに!?」

「確かに貴様の固さは厄介だ。俺の斬撃は通っていないし、そもそも斬撃を通すのが目的ではない。貴様に打ち込んでいるのは、魔力を伴わないただの自然的な『音』だ。だから神槍の加護も魔力の守りも素通りする。自然の音を弾くようでは、こうして会話することも不可能だからな」


 追加装甲を全身に纏ったとはいえ、細かい隙間がいくつもある。

 そこから、斬撃に乗せた音の震動を騎士鎧の内部へ送り込んだのだ。


 同じ『音を操る能力』でも、破壊・殺傷能力に優れた《マッドバット》に対し、《セイレーン》はこうした細かい操作に向いていた。


「そしてなまじ強固な装甲で外側を覆ったために、音は内部で反響を繰り返し増幅。最初は無害だった音も、やがて内側から貴様を破壊する……!」

「あ、が、がっ」


 亀裂が全身に及び、ヨシュアは限界を迎える。

 俺はナイトソードの柄に備わった引き金を引くことで、装填したスフィアダガーの力を全開に。トドメの必殺技を叩き込む!


『《セイレーン》『イグニッション!』


「《斬叫のストライクスラッシュ》――!」

『キィィアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!』


 乙女の絶叫と共に、音の斬撃がヨシュアの体内で幾重にも炸裂。

 翡翠の鎧騎士は爆散し、主の手を離れた神槍が墓標のごとく地に突き刺さった。


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