第30話:悪の組織、介入する
冒険者どもが突如として変貌した、異形の骸骨騎士たち。
ヨシュアはその異形に見覚えがあった。それも当然だ。先日の夜、全く同じ骸骨騎士に痛い目を見せられたのだから。そして、ソアラとシーザーの話にも上がった連中だ。確か、ギルダークとかいう新入生が作った魔道具もどきで変身するとか。
ピーン! とヨシュアの頭に天啓が舞い降りる。
「謎は全て解けましたよ! ギルダークとかいう新入生の正体は、魔族が騎士王学院に送り込んだ刺客! この骸骨騎士どもは魔族のおぞましい呪術で生み出された怪物ども! つまりこれまで学院で起きた異変も、全ては邪悪な魔族の仕業――」
「な、なんじゃこいつらああああ!?」
「なにこれ、これも魔法薬の効果!?」
「知らん! こんな効果は聞いていないぞ! なんだ、この不気味な圧は? それでいて魔力を全く感じないとは! 一体なにがどうなっているんだ!?」
「……あ、あれ?」
人狼たちもヨシュアと同じくらい動揺していた。骸骨騎士に向ける、異質な存在に対する困惑と嫌悪の目は演技とも思えない。
名推理が完全に空振りだったと悟り、ヨシュアは無言で突きつけた指を引っ込める。
「ククク。自信満々の推理が的外れ、傍から見る分には笑えるギャグだな」
「だ、誰だ!?」
どこからともなく響いた、聞いていて嫌に背筋がざわつく声音。
辺りを見回すヨシュアと人狼たちのちょうど間に、いつの間にか黒い影が立っていた。
まるで倉庫の暗がりから湧いたかのように、突然そこに現れたのだ。
黒いフードに仮面。ヨシュアと大差ない変装に見えるが、それ以外の特徴がよく見えない。注視しようとすると黒い靄に覆われ、背格好や性別も不確かになるのだ。
認識阻害の魔法は知識にあるが、魔力もなしにどうやっているというのか。
しかし、状況からして正体は推し測れる。
「貴様、ギルダーク・ブラックモアか!?」
「さてさて、どうだろうな? そうかもしれないし、違うかもしれない」
声にも奇怪な反響がかかっていて、ヨシュアには性別すら確証が持てなかった。
確信を持って言えることは一つ、仮面の人物が邪悪な輩だということ。
「初めまして、と言って置こうか。俺は……あー、しまったな。そういえば組織名決めてなかったし、よくよく考えたら組織の長がホイホイ前線に出るというのも……そうだな、ひとまずは仮に《グレムリン》と呼んで頂こうか」
なにやらブツブツ呟いていたかと思えば、仮の名乗りを上げられた。
なんとも締まらない振る舞いなのに、ヨシュアの本能は喧しく警鐘を鳴らし続ける。
それは人狼たちも同様のようで、臨戦態勢を取りながら叫ぶ。
「なんなんだ貴様、一体どこから現れた!? 見張りはなにをしている!?」
「見張りって、こいつらのことかしら?」
また新手の声と共に、天井からいくつもの人影が降ってきた。
不自然に宙で止まった影を見て、人狼の一人が悲鳴を上げる。
「きゃああああ!?」
「なんて、惨い……!」
それは、人を材料に使った人形だった。
人体を一度関節ごとに切断した後、糸で繋ぎ合わせて操り人形に仕立てた代物。天井から糸で吊り下げられたから宙に浮いているのだ。大半は共通の防具を身につけた兵士だが、人狼の死体も何人かいる。
キリキリと軋むような音を立てながら、ある意味人形らしいデタラメな動きで踊る死体たち。その様は下手なグールよりもおぞましく、冒涜的な不気味さがあった。
ヨシュアも思わず手で口を押え、込み上げる酸っぱい胃液をどうにか飲み下す。
「あら、私の手作り人形はお気に召さなかったかしら? シュシュシュ!」
奇怪な笑い声を上げ、糸にぶら下がって降りてきたのは蜘蛛の異形をした騎士だ。
ソアラの話で聞いた特徴と合致する、知己の変わり果てた姿に、ヨシュアはおそるおそる問いかける。
「シンディ・アロンダイト、なんですか?」
「《タラテクトナイト》と呼びなさい。この姿でいるときに、人間だった頃の名前で呼ぶのは無粋よ。そう、様式美ってヤツ。正義の騎士ごっこが大好きなあんたなら、わかるんじゃない?」
遠回しの肯定。しかしにわかには信じられなかった。
偉大な五大公の血統にあるまじき無能。騎士の正道から転げ落ちた欠陥品。それがヨシュアのシンディに対する評価だ。
しかし、このように残虐な所業に及ぶ外道などではなかったはず。死体を玩具のように弄ぶなど、まさしく人間のすることではない。
シンディを騙る全くの別人では? 相手が異形の鎧に身を包んでいることもあり、そんな疑念もヨシュアの胸中に浮かぶ。むしろそうであって欲しい。魔族すら可愛く思えてしまうほどの非道さ、まるで正真正銘の悪魔ではないか。
仮にこの悪魔が本当にシンディなら――彼女をここまで変貌させた、あのギルダークなる少年は何者だというのだ。
「何者だというのだ、貴様らは一体!? なんの目的があって現れた!?」
「なんだもなにも、あなた方が我々を招待したようなものでしょう」
人狼リーダーの問いに応じたのは、三人目の新たな異形だった。
翼を広げて舞い降りる、蝙蝠の騎士。シーザーの話に出てきた《バットナイト》なる者だろう。彼女が軽く手を振ると、骸骨騎士たちが機敏な動きで整列した。
「あなた方魔族の王都潜入を手引きし匿っているのは、この王都で最大勢力を誇る《陽光商会》なのでしょう? そして陽光商会は庇護の見返りとして、あなた方に裏の仕事を命じた。魔族が王都で悪事など、一人や二人に目撃されても大衆は信じませんからね」
「そして今回は近年急速に勢力を伸ばす目障りな商売敵……《ゼット商会》の力を削ぐため、その傘下にある冒険者たちの拉致を命じられた。貴様らは拉致した冒険者たちを、そこの小僧を追い詰めるための駒に利用しようと企んだ」
「だけど生憎、この冒険者たちは元々こちら側の手駒だったわけ。それを勝手にさらって利用しようなんて、私たちに喧嘩売ってるのも同然よね?」
キキキ。ククク。シュシュシュ。ギギギ。
集まった三人の悪魔が愉快そうに笑い、骸骨騎士たちも唱和する。
彼奴らからは魔力など微塵も感じないのに、どんどん空気が重みを増していく。絶大な魔力を誇る、親世代の五大公や騎士王に相対したときとは全く異なるプレッシャー。その得体の知れなさが、ヨシュアに今まで味わったことのない恐怖を与えた。
それは人狼たちも同じと見えて、リーダーが耐えかねたように再度問い質す。
「何者だと訊いているんだあ!」
「通りすがりの、悪の組織さ。――変身」
『《グレムリン》』『《ナイト》』『クロスアップ』
闇の風が吹き荒れ、仮面の少年もまた姿を異形に変えた。
鬼面の騎士は一際異質な気配を放ち、ヨシュアと人狼たちを威圧する。
「バットとタラテクトはワーウルフたちの相手をしろ。殺して構わないが、死体は回収してくれ。魔族は以前にも何人か研究材料にしているが、人狼はまだなんでな」
「かしこまりました」
「なんか色々と訊きたいような訊きたくないような点があったけど、まあ了解。君はどうするのよ?」
「俺はこっちの正義の味方……その『ごっこ遊び』すらなっちゃいない、偽物以下のクソガキをぶちのめす」
鬼面の赤い眼がヨシュアを睨む。
その禍々しい眼光には、遊びの欠片もない明確な敵意があった。
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