第29話:正義の騎士ジャスティスナイト劇場、の終了
ヨシュア・ロンギヌスは自分が今、人生の絶頂にあると確信していた。
この瞬間、自分が英雄譚の主人公であることを少しも疑わなかった。
「フッフッフ。まんまと罠に嵌まったな、《円卓》の小僧!」
「もう逃げられはせんぞ! 覚悟するんだな!」
川から海へ船が行き来する港の倉庫街。中でも特に大きな倉庫、灯りも少なく薄暗いその室内で、ヨシュアは武装した集団に包囲されていた。
三流悪党に相応しい台詞を吐くのは、集団を率いる黒くて醜い毛むくじゃら。いわゆる『人狼』の姿をした者たちだ。話に伝え聞く魔族の一角、《ワーウルフ》だろう。
《魔族》――海の向こう、暗黒大陸から幾度も人類に侵略をしかけてきた邪悪な種族。
騎士王の偉業を讃える歴史書によれば『世界の汚濁から湧いた生命の成り損ない』『醜く残虐非道、正義に唾を吐き悪徳に溺れる闇の眷族』だとか。なるほど、血統の劣る平民よりも品性のない、野蛮で醜悪な姿をしているわけだ。
「覚悟するのはそっちの方ですよ。貴様らの邪悪な野望は、この正義の騎士《ジャスティスナイト》が打ち砕く!」
制服に仮面とマントの、変装になっていない変装でヨシュアはポーズを決める。
決まったー! と内心で万来喝采の自画自賛をしながら。
――先日の夜。日課の悪漢退治に勤しんでいたヨシュアの下に舞い込んだ依頼。
なんでも下賤な冒険者どもが結託し、愚かにも王都を破壊する企てをしているとか。
騎士団も当てにならず、頼れるのは人知れず王都の平和を守っている真の正義の騎士、つまり《ジャスティスナイト》の自分だけだという。
依頼主の男が並び立てる美辞麗句に、すっかり気を良くしたヨシュアは二つ返事で引き受けた。後で冷静に考えれば怪しいことこの上ない話だが、仮にこれが自分を陥れる策略なら、それはそれ。王都の悪に恐れられている証拠だと思えば、だ。
そして蓋を開いてみれば、当たりも当たりの大当たり。案内された先の倉庫でヨシュアを待ち受けていたのが、本物の魔族とは!
「大した自信だ。それとも慢心かな?」
「自分の置かれている状況も理解できない、ただの馬鹿だろ。なにせ今世代の《円卓》は、魔力の乏しい下級貴族にも不覚を取るような落ちこぼれ揃いだそうだからな」
「このガキも、こうしてノコノコと罠に釣られるような間抜けだしね。まさかこうも簡単に王家の血を手に入れられるなんて。これじゃあ『協力者』の伝手で騎士王学院に潜入した組は、とんだ無駄骨よねえ」
「なにをゴチャゴチャと。さっさとかかってきなさい! この僕の輝かしい栄光の礎になれることを感謝しながらね!」
最後に魔族の大きな侵攻があったのは何十年も昔。まさか密かに魔族が潜んで暗躍していたなど、平和ボケした民や騎士たちがひっくり返る事態だろう。
……そんな国の一大事を未然に解決したとなれば、ヨシュア・ロンギヌスは王国の危機を救った英雄だ! 他の五大公の子たちより優位に立つ、またとない好機!
堅物真面目ちゃんのソアラや、美的センス壊滅女たらしのシーザーなど目ではない。あの忌々しいモルドレッドに次いで、真名《パーシヴァル》を継承。いいや学業も疎かにちまちま点数稼ぎしているモルドレッドなどより、功績の質で自分が上だ!
このヨシュア・ロンギヌスこそが、当代の最も優れた騎士だと証明される!
ヨシュアは未来の栄光に想いを馳せ、敵の前だと言うのにだらしなくにやける。
これには人狼たちも若干表情を引きつらせた。
「こいつ、本気で状況をわかってないんじゃ?」
「絶望のあまり現実逃避してるとか?」
「オイ。下手に抵抗しようなどとは思うなよ? まさか――自分たちの守るべき民を傷つけたりはしないだろう? こいつらは魔法薬で言いなりの傀儡にしただけ。《死霊術》で操った死体でもなく、まだ生きているんだからな」
人狼が率い、ヨシュアを取り囲む何十人もの集団は、冒険者らしき人間たちだった。
目は虚ろで視線が定まらず、動きも亡者めいている。リーダー格らしき人狼の言う通り、操り人形になっている様子。結託どころか魔族の手駒にされたわけだ。
これだから血統の卑しい平民は、とヨシュアは舌打ちする。
「ふん。人質とは、如何にも邪悪で卑劣な魔族のすることですね」
「ほざけ! 厚顔無恥にも騎士などと嘯く、盗人の末裔が! 自分が守ってきた民の手にかかって死ぬがいい!」
人狼リーダーの合図で、冒険者たちが一斉にヨシュアへ攻撃を仕掛けた。
まずは弓矢や投擲武器といった遠距離攻撃が降り注ぐ。中には実家から追い出された貴族崩れもいるようで、魔法攻撃も飛んできた。続いて剣や斧といった近接武器持ちが、舞い上がる火の粉や土煙も晴れないうちに飛び込んで斬りかかる。
たった一人に対して過剰とも思える攻勢。しかし土煙が治まると、そこにはヨシュアが涼しい顔で立っていた。槍を構えもせず、棒立ちのまま全身で十数の刃を受けている。にも関わらず、血の一滴も流してはいない。
「無傷、だと?」
「いくらなんでも冗談でしょ!?」
「マジかよ……」
「ハンッ。平均以下の下級貴族どもや、平均止まりの上級貴族どもと一緒にしないでくれません? 僕は最上級、騎士王の次に貴き五大公の嫡子ですよ! ましてや、僕には《神剣》に並ぶ《神槍ロンギヌス》がある! 騎士王に神剣を与えた神と同じ加護によって、五大公の中でも随一、無敵の防御で守られているんですよぉ!」
自身の魔力による緑の光に加え、槍が発する神々しい白い輝きをヨシュアは全身に纏っている。それらが魔法含む全ての攻撃を阻んだのだ。
神槍の守護によって、ヨシュアは今日まで絶対無敗、無傷完勝を誇り続けてきた。
その実績が、ヨシュアの自らに対する絶対的自信の源なのだ。
……同じ五大公が相手では、無敗伝説に傷がつく危険性がある。そう無意識に悟っていたから、ヨシュアはソアラたちとの決闘や試合を徹底して避けてきた。そして先日味わったばかりの痛手など、既に忘却の彼方だ。
「そう、僕は円卓の中でも一際特別な存在! 神に選ばれた騎士の中の騎士! 生まれた瞬間から勝利と栄光を約束された世界の主人公! こんな名無しのカスモブどもが何百何千群れようがぁ、僕にかすり傷一つつけられやしないんですよおおおお!」
ヨシュアが槍の石突で地面を打つと、彼を中心に石の槍が無数に飛び出した。
突き上げられて宙を舞う冒険者たち。人狼たちは魔力障壁を張って防いだが、まともに喰らった冒険者たちはいずれも重傷だ。
全く加減する様子のなかった攻撃に、人狼リーダーが驚いた声を上げる。
「貴様、人質がどうなってもいいのか!?」
「はあ? なに馬鹿なこと言ってるんですか? 僕は王国の何十万という民を守る正義の騎士。たかが数十人の人質に気を遣って僕が怪我でもしたら、損失があまりにも割に合わないでしょうが。ましてそいつらは冒険者。僕ら貴族に奉仕するという民の義務もロクに果たさない社会のゴミどもですよ。ぶっちゃけ人質の価値ありませんから」
ヨシュアにとって自分が成すべき正義は邪悪な魔族を討伐し、王国の危機を救うこと。
その大義に比べれば目先の人質など、考慮するに値しない些事である。
そんなヨシュアの言い分に、人狼リーダーは歯軋りした。
「下衆めっ。弱い者を平気で見捨てる、それでよくも騎士などと……!」
「人質を取った張本人が、なにを寝ぼけたことを。中には普通の市民も混じってるみたいですが、まあ仕方ありませんね。大事の前の小事、必要な犠牲でしょう。ゴミも掃除できるから実質一石二鳥ですしね! 《ガイアブレイカー》!」
再び石突で地面を打ち、今度は地を砕く衝撃波が起こった。
砕いた石槍の破片を含む土砂の津波が、冒険者たちごと人狼たちを呑み込もうとする。
――しかし、黒い爆発がそれを粉砕した。
「……は?」
ヨシュアは一瞬思考停止に陥る。ありえない、あってはならないことが起きた。
攻撃は人狼たちの位置まで達していない。その手前、つまり冒険者たちによって相殺されたのだ。
五大公の一角である自分の攻撃が、集団とはいえ下賤な平民ごときに!
沸騰しかけた血の気は、しかしすぐさま引いていくことになる。
必死に忘れていた、苦痛と恐怖の記憶がヨシュアの脳裏に蘇ったからだ。
「「「ギギギギッ」」」
土砂の津波を破った冒険者たちの、変わり果てた異形の姿を見たことで。
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