第27話:デート


 週末。騎士王アーサーが魔王と七日七晩死闘を繰り広げたことに由来するという、七日に一度の安息日。私たち三人は王都の大通りに繰り出していた。


「どうぞ、ギル様。あーん」

「あむ。うん。プレーンシュガーこそ王道だが、ストロベリーも悪くないな」


 エリゼの差し出すドーナツをひと齧りし、ギルは微笑む。普段より邪悪成分が薄い、どことなく子供っぽい笑みだ。

 陶然とした顔でそれを見つめるエリゼに、私は冷ややかな視線を送った。


「ベッタベタなことしてるわね。やってて恥ずかしくならないの?」

「あなたがギル様の片腕を塞いでいるので、私がお世話しているだけですが?」

「そっちの手を離せば済む話だと思うけど?」


 バチッと睨み合いで火花が散る。

 別段嫌っているわけでもないが、どうもエリゼとは性格が合わない。


 ギルに配下として忠誠を捧げる彼女と、ギルと対等な関係を望む私。考え方もスタンスも全然違うせいだろう。だからこそ、本来は奪い合うもなにもないはずだけど。


「クハハ! 仲が悪くて結構結構」


 そして間に挟まれたギルは、まるで他人事のように楽しそうだ。


 この悪魔からすれば私たちのいがみ合いなんて、計算外の事態を起こす楽しいのスパイスなんだろう。対岸どころか火事場のど真ん中へ嬉々と飛び込むような男だ。いや、むしろ自分で周りを炎上させるか。


 そのくせ。腕を組んだ私の不自由な足に配慮して、歩調を合わせる紳士っぷり。

 たとえそれが、気に入った新品の玩具を大事にするような感覚であっても。こんな風に優しい接し方、家族にすら一度もされたことがない。


 だからギルの邪悪な笑みと優しい手つきのギャップに、私は未だ内心戸惑ってしまう。

 そんな弱味を隠すように、悪態が口から零れた。


「いい趣味だこと。君でもシーザーみたく、女の子を侍らせるのは気分が良いわけ?」

「ふむ。楽しくないと言えば嘘になるがな。シーザーの女好きとはまた意味合いが違うだろう――ぶっふぉ」

「またシーザーの演奏で思い出し笑い? アレのなにがそんなにツボだったのよ?」

「だってお前、竪琴でエレキギターだぞ? 竪琴でエレキギターとか、くくくっ」

「いや、まずそのエレキギターがなんなのか、私にはよくわからないんだけど」


 確かにシーザーが魔弓フェイルノートで奏でる音は、なぜか普通の竪琴とはかけ離れている。だけどそれのどこがそう噴き出すほど面白いのか、私にはちんぷんかんぷんだ。


「で、シーザーとはどう違うと?」

「お前たちを侍らせること自体も悪くはない。しかしこうしていて俺が楽しいのは、すれ違う野郎どもの反応だな。お前らに鼻の下を伸ばして間抜け面を晒した後、俺に対する嫉妬に顔を歪めたり、連れの女に制裁される無様な姿が、まあ笑えること」

「……本当にイイ趣味してるわね、君」


 つまり周囲の反応で楽しんでいたということか。

 入学初日からそうだけど、ギルの神経の図太さにはいっそ感心する。


「よくそうも堂々と周りに喧嘩を売れるわね。周りの評価とか、自分を見る目とか、気にならないわけ?」

「そういうシンディは、周りの目が気になるか?」

「まあ、ね」


 ――小さい頃にも父に連れられ、王都には何度か訪れたことがある。

 守るべき存在と言い聞かせられた民たちから、障害持ちの私に向けられるのは失望・嫌悪・侮蔑・嘲笑の視線。そんな中を歩かされ、まるで晒し者。


 父、つまり現アロンダイト家当主は私を蔑みも憐れみもしない。


 五大公の血統に相応しい能力と功績。父が私に求めるのはそれだけだ。その基準を満たしていないこと、その一点だけを父は責めた。私が抱える障害にはなんの配慮もなく、いっそ盲目的なまでに。


 王都で私を晒し者にしたのも、父からすれば教育の一環だったのだろう。今の私が如何に不出来であり、一層努力が必要であるか思い知らせるための戒め。


 見限られなかったという意味では、親の情ですらあるのかもしれない。だけど、私にとっては呪いと同じだった。父や周囲が思う「五大公の血統に相応しい子」にならない限り、どんなに努力しても永遠に認められないということだから。


 その呪いが、しがらみを捨てたはずの今も、私の心にへばりついて離れずにいる。


「シンディ。我々は悪の組織、世俗の倫理や道徳から逸脱した存在。それが世俗の目ごときに動じる体たらくでどうするのですか」

「うるさいわね。元々、この街にはロクな思い出がないのよ。こんな最悪のデートコースじゃ楽しめないわ」

「ふむ。それは良くないな。俺たちは悪だが、だからこそ楽しくないのは大変よろしくない……ん?」


 なにやら通りの先で、人だかりが出来ていた。

 中央広場まではまだ遠いし、大道芸かなにかの観衆でもなさそうだ。

 近づくと、言い争う声が聞こえてくる。


「――だから! 兄ちゃんだけじゃなくて、他にも大勢の冒険者がいなくなっちゃったんだ! きっとなにか事件に巻き込まれたんだよ! おじさんたちも騎士なんでしょ? 兄ちゃんたちを探してくれよ!」

「うっせえなあ。俺たちは王都を守るお仕事で忙しくて、ガキに構ってる暇ないんだよ」

「お前の兄貴なら、どうせ昼からのんだくれて、そこらの路地裏に転がってるんだろうさ。冒険者なんてのは皆、社会のゴミクズだからなあ。ギャハハ!」


 必死な様子で訴えているのは、十歳そこらの男の子。それに応対しているのは巡回中だったと思しき衛兵二人で、見るからに素行が悪い貴族の三男四男坊だ。

 だけどああも露骨な態度の原因は、男の子の兄が冒険者と聞いたからだろう。


 魔物という脅威から人々を守る役割。それを担う者は《騎士》と《冒険者》の二つに大きく分けられる。


 騎士が貴族に限られる以上、助けを必要とする民の数に対して、その人員はどうしたって足りない。それ故に民間から輩出される冒険者という職業が成り立つわけだ。しかし貴族たちは彼らを『無能の分際で騎士の真似事をする出しゃばり』などと言って憚らない。


 そして騎士の手が回らない地方ではともかく、騎士が大勢在住する王都では冒険者の立場が低い。追従するように市民の冒険者を見る目も冷たく、無法者扱いされる始末。


「守るべき民」の枠に入らない、いじめようがなにしようが構わない社会的弱者。冒険者の弟である男の子のことをそう見なしたが故の態度なのだろう。

 なにせ、周りが障害持ちの私を見るのと同じ目をしているのだから。


「兄ちゃんを悪く言うな! ゴミはお前らの方だろ! この野郎!」

「でっ!? てめえ、ぶち殺されたいのか! ゴミの弟がよお!」

「お前らみたいなゴミが息してられるのも、俺たち騎士様が守ってやっているおかげだろうが! 感謝の印に税を納めて、俺たちに奉仕するのが市民の義務なんだよ! その義務も満足に果たさないゴミカス冒険者の弟なんか、殺したって誰も文句言わねえぞ!」


 脛を蹴られて逆上した二人が、男の子を蹴り飛ばし踏みつける。

 顔を顰める野次馬。だけど非難の目は暴行を加える衛兵二人ではなく、男の子の方に向けられていた。


「迷惑なガキだな。こんな通りの真ん中で騒ぎとか勘弁してくれよ」

「衛兵を怒らせるなよ。こっちにまでとばっちり来たらどうしてくれる」

「家族が冒険者やってるなんて、犯罪者予備軍の貧乏人じゃないの?」

「嫌だわ、変なバイキン持ってないでしょうね? さっさとどこか行ってよ」


 煩わしそうに悪態だけ残して通り過ぎる人々。野次馬の輪から離れた途端、何事もなかったように平気な顔で談笑に戻る。

 ああ、これだから私はこの街が大嫌いだ。


「見てよ、これが王国の言う『平和』。百人のうち十人がどれほど悲惨な地獄を見ていようが、それを九十人が『いないモノ』として扱えば満場一致の平和になる。強い者の顔色を窺って、弱い者には石を投げて、周りに流されていれば安心だと思ってる。それで自分が善良な市民のつもりでいる……反吐が出るわ」

「世の理不尽に義憤でも燃やしているのですか? 悪の組織の一員でありながら」

、ってのが問題なのよ。こんな誰も彼も腐っていくだけの平和、なんの価値もない。こんなものを守って英雄面をする騎士も、こんな平和や騎士を有難がる民も、皆々くだらないゴミだ。だからぶち壊してやる。そのための私たちでしょ?」


 私の言いたいこと、ギルならわかるはずだ。

 今も目の前の光景を白けた目で眺めている。こんなありふれた理不尽、退屈で仕方がないって顔した悪魔になら。


 そして私の言葉に、ギルは我が意を得たりとばかりの笑みを漏らす。


「クククッ。ああ、そうだとも。それは実に重大な問題だ。『面白くない』はよろしくない。『つまらない』こそ悪にとっての悪だ。さて――じゃあこのクソつまらない光景を、どうやって面白おかしくしてやろうか?」



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