第26話:円卓生徒会


「――そういうわけで。最後にちょーとケチが入っちゃったけど、俺はまた華麗に乙女を救い出したわけよ! いやあ、俺ってば悲しいくらい騎士の鑑!」

「……最後に問題の女子生徒を口説いて、『懲りろや!』って殴られといてよく言う。その子は本命の相手に告白して、無事に結ばれたみたい。よかった」


《セイレーン》の事件から三日後。場所は学院の生徒会室。


 代々五大公の子息子女が生徒会長を務めるため、付いた呼び名が通称《円卓生徒会》。無論、毎年度必ず五大公の者が在籍しているわけではない。しかしその場合は生徒会長が空席扱いになるほど、生徒会は冒し難き聖域となっていた。


 特に今年度は五大公全ての子息子女が集う、数十年に一度の黄金世代。

 しかし、彼らの黄金期は暗雲に包まれつつある。


「はあ。それがその無様な姿に対する弁明ですか? 全く情けないですねえ。言い訳にしたって、もう少しマシな嘘があるんじゃないですかあ?」


 シーザーとソアラの報告を聞き終え、向かいの席に座る少年が返したのは失笑だ。


 鮮やかな緑の髪と瞳。小柄の上に下手な女性より愛らしく整った童顔。シーザーが若い女子受けする美男子なら、こちらは年上の女性受けする美少年だ。


 しかし治療こそ済んだが酷く消耗した様子の同輩に対し、見下した態度を隠そうともしない。端正な顔にそぐわぬ性格の悪さが、その表情によく表れていた。


 少年の名はヨシュア・ロンギヌス。五大公の一角、英雄《パーシヴァル》の末裔だ。


「嘘でも言い訳でもねえよ! お前も見ただろ、あの激戦の跡を!」

「ええ、見ましたよ。君たち二人の魔力しか検知されなかった現場をね。大方、女子に振られた腹いせに癇癪でも起こしたんでしょう? 昨夜はシーザー君の演奏がうるさかったって苦情も来てますし。それを、巨大な怪鳥なんてデマ広めて誤魔化そうだなんて」

「だから、敵は魔力を使わない謎の力をっ」

「ソアラさんもいい加減よしてくださいよ。君が決闘で負けたのは相手が出来損ないだからと油断し、幼馴染だからと要らぬ情けをかけた慢心じゃないですか。なのに馬鹿げた噂話なんかとこじつけて、見苦しいったらない」


 ヨシュアは嘆かわしいと言わんばかりに首を横に振る。

 頭から法螺と決めてかかられ、歯噛みするシーザー。「お前もつい昨日まで同じ態度だっただろ」と言いたげに横目で睨むソアラ。


 魔力を全く感じない。それこそ《怪騎士》の最も厄介な点だった。


 この世界では魔力こそが最大にして絶対の武力。そして強大な魔力を行使すれば、その場には魔力の残滓が痕跡となって残る。魔力の残滓から事件の状況や犯人を推測するのは、この世界における捜査の基本だ。


 それ故に。怪騎士は事前に出現を察知することも、痕跡を追跡することも困難。

 彼奴らの存在が学院で未だ「怪しい噂」に留まっているのも、そのためだ。


 現場には襲われた者の魔力しか痕跡が残らない。だから当事者がいくら証言したところで、周りは信じようとしない。


 そもそも強さ=魔力が常識であるこの世界では、「魔力を全く伴わない脅威」というのが非現実的に過ぎるのだ。だから伝聞や遠くから目撃した程度では、アレの脅威を正しく認識するのは非常に難しい。


 現に《円卓》の自分たちが訴えても、この温度差だ。もどかしさと同時、言いようのない不安と危機感をシーザーとソアラは募らせる。


「相手は私たちの想像を超える脅威。問題はもう学院の中に収まらない。王都、いいえ王国の危機――」

「万が一、それが真実という前提にして差し上げて話を進めますけどね。まさか王宮や家に泣きつこうっていうんじゃありませんよね? 《円卓》ともあろう者が、たかが学院内で起こった問題も自力で解決できないと? そんなことを言った日には《真名》の継承権、つまり次期当主の座を剥奪されることだってあり得るでしょうね」

「それ、は」


 ソアラは反論できずに口ごもる。


 英雄の直系である五大公は、生まれた瞬間から栄光を約束されると同時、その血統に相応しい完璧な能力と功績を義務付けられる。欠陥品など論外、存在自体が許し難い。だからこそ障害を抱えたシンディは、同じ五大公の彼らからも軽蔑された。


 そんな円卓の子らが、学院内の事件一つ満足に解決できないなど。ましてや魔力も持たない無能を相手に醜態を晒したとあっては、廃嫡も免れまい。

 つまり《怪騎士》のことは決して外部に漏らさず、内々で解決する他ないのだ。


「くそっ。せめて生徒会長がいれば……」


 シーザーは空席の会長席に目をやった。

 先に述べた通り、今年度の騎士王学院には五大公の子息子女が全員集っている。


 シンディ・アロンダイト。一年生。水属性を司る騎士《ランスロット》の血統。

 ソアラ・ガラティーン。一年生。火属性を司る騎士《ガウェイン》の血統。

 シーザー・フェイルノート。三年生。風属性を司る騎士《トリスタン》の血統。

 ヨシュア・ロンギヌス。二年生。土属性を司る騎士《パーシヴァル》の血統。


 そして――『モルドレッド』・クラレント。三年生。雷属性を司る騎士《モルドレッド》の血統。祖先たる英雄の真名は、代々当主の証として継承されている。彼は騎士王学院の現生徒会長にして、既に父親を凌駕する実力から真名を襲名した最強の騎士なのだ。


 しかしその実力故、強大な魔物や《ダンジョン》の発生といった様々な問題解決に呼び出される。王国の各地を飛び回り、学院にいる時間の方が少ない。


 今も生徒会長は学院に不在で、いつ戻るかもわからなかった。

 重苦しい空気のシーザーとソアラに、ヨシュアが一層見下ろすように席を立つ。


「しょうがないですねえ。情けない二人に代わって、僕がその小癪な悪を成敗してあげますよ。この《神槍》使い、ヨシュア・ロンギヌスがね」

「いや、お前じゃ無理じゃね? 俺たちの中で一番弱いし」

「ロクに鍛練もせず、街で『義賊ごっこ』に興じているヨシュアには荷が重い」

「ナナナなんのことやらですね!? 王都で話題沸騰中な正義の騎士《ジャスティスナイト》のことなんて、サッパリちっとも知りませんけどぉ!? それはともかく、僕を不甲斐ない君たちと一緒にしないでくれません!? 僕はこれから王都の救世主になる予定――」


 わーぎゃーと言い争いの声が響く生徒会室。


 ……その窓から外へと伸びる、細い糸が一本。日差しの反射がなければ気づけないほど細い金属糸だ。糸は生徒会室の向かいの屋根まで続いている。糸の行きつく先は、金属製のコップ。そこから生徒会室の会話が丸聞こえになっていた。


 そして、屋根には三つの人影が。


「うーん。この様子じゃ昨夜のこと、本気で夢かなにかで片づけたみたいだな」

「自分に都合の悪いことはすぐ頭からすっぽ抜けるのよ。どんな失敗も忘れてなかったことにするから、自分を完全無欠だと思い込んでる節さえあるわ」

「それはまたなんというか、おめでたい頭なのですね」


 コップを手にしているのはギルダークだ。傍らにはシンディとエリゼもいる。


 流石に円卓の騎士が集う生徒会室、盗聴等を防ぐ対策は万全。ただし、それらはあくまで魔力を用いた手段が前提だ。まさか窓に集音マイクを設置、そこからシンディの蜘蛛糸による糸電話方式で盗聴しているとは、夢にも思うまい。


「ギル様、如何いたしますか? これまでの流れですと、次の『値踏み』はヨシュア・ロンギヌスの番というのが順当ですが」

「ふむ。傍受した会話で一つ気になった点があってな。ヨシュア・ロンギヌスの『義賊ごっこ』とやらについて、シンディはなにか知っているか?」

「ああ、それ? あいつの趣味みたいなモノよ。絵本に影響されたのか、ヨシュアは小さい頃から『正義の騎士ごっこ』が好きでね。領地でも夜な夜な街に変装して飛び出しては、ゴロツキ相手に暴れ回ってたみたい。実際それで助けられた領民が噂を広げたもんだから、どんどん調子づいて。騎士王学院に入って王都に移った今でも続けてるってわけ」

「なるほどなるほど。悪の大首領的に、それはなかなか興味を引かれる話だ」


 子供心の憧れを忘れず持ち続けるのはいいことだ。

 ギルも学生時代、ヒーローショーのアルバイトに勤しんだのが輝かしい青春の一ページだった。無論、怪人役の方で。


 問題なのは、ヨシュアの『ごっこ遊び』がどこまで本気か。


「《ジャスティスナイト》は、どの程度の頻度で王都に現れるんだ?」

「噂を聞く限り、それほど頻繁ではないみたいね。でも、週末の休日には必ずと言っていいほど現れるそうよ」

「丁度明日ですし、夜に仕掛けますか、ギル様?」


 七日で一週間、週末に一度の休日という区切りは地球と同様だ。

 今回も値踏みのし甲斐がありそうな相手だ、逃す手はない。

 ついでになんとなく思い立って、ギルはシンディとエリゼにこう提案した。


「ふむ。それなら明日の休み、三人でデートでもするか」

「「…………ハイー?」」


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