第24話：空中大演奏
「ギャオオオオ！」
「喰らえ！ 全てを、特に乙女のハートを射抜くフェイルノートの矢……ぬお!?」
怪鳥セイレーンが口から破壊音波を放つ。
シーザーは風の魔法矢で迎え撃つも、音波ごと怪鳥を穿つはずが相殺に終わった。
続けて矢を射続けるが、やはり破壊音波と互いに打ち消し合う結果を繰り返す。
「ギャオオオオ！」
「がふ!?」
何度目かの相殺の直後、怪鳥セイレーンが突進を仕掛けてきた。
風を操るフェイルノートの血統は、五大公の中でも空中戦に長けている。しかし怪鳥セイレーンも同等の空中機動を見せ、しかもこの巨体だ。
避け切れずに鉤爪で叩き落とされ、シーザーは学舎の屋根に墜落する。
「ば、馬鹿な……。いくら《騎馬合身》とはいえ、円卓の騎士である俺が押されているだって？ あんな幻装騎士モドキに、魔力もまるで感じない紛い物に！」
なによりシーザーが己の劣勢を認め難い理由は、まさしくそこにあった。
この世界において、強さ＝魔力というのが常識。強大な存在であれば、それ相応の魔力を発して然るべきなのだ。
しかし、あの巨大な怪鳥の姿になってなお、相手からは一切魔力が感じられない。
選ばれた血統、生まれ持った圧倒的魔力を持って、英雄となる未来を約束された。そんなシーザーにとってあまりにも理解不能の事態。踏めば潰れる足元の虫けらに、逆に踏み潰される以上の理不尽だった。
「ギャオオオオ！」
「くっそおおおお！」
追撃の破壊音波を矢で相殺して、学舎に突っ込まれないよう再び上空へ飛ぶ。
しかし状況は先程の焼き直し、今度は怪鳥の噛みつきがシーザーに襲いかかる。
「《フレアブラスト》！」
「ギョ!?」
避けられないかに思われたそのとき、下からの火柱が怪鳥の顎をかち上げた。
怪鳥が怯んだ隙に距離を取るシーザー。その隣に、真紅の幻装騎士が並ぶ。
「ソアラ！ 来てくれたのか！」
「遅くなった。火属性の魔力は探知向きじゃないし、怪騎士は魔力を発さないから追うのが難しくて。でも流石に、これだけの大物が暴れていれば嫌でも気づく。……あの怪物、まさか幻装騎士の《騎馬合身》に相当するモノ？」
怪鳥に視線をやるソアラの声には、動揺と緊迫の色が窺える。それと疲労の色も。満足に回復していない体で、かなり無理をやって変身しているのだ。
円卓の騎士が二人いるとはいえ、あの怪鳥を倒すのは骨が相当折れるだろう。
ただし、それは『正面から』かつ『倒す』に限定した場合の話だ。
「悪党に他の生徒と一緒に操られた女子生徒が、あんな姿にさせられちゃったんだ。ソアラ、俺があの怪物に取り付くのを援護してくれ！ 接触さえできれば、彼女を元に戻してやる秘策が俺にはある！」
「――わかった。しくじらないで」
「ギャオオオオ！」
打ち合わせが済んだところで、怪鳥セイレーンが破壊音波を放つ。
二人をまとめて倒そうとしたか、先程までより範囲が広い。しかしその分、威力も拡散していた。ソアラが《フレアブラスト》でこれを撃ち破る。そのまま一直線に迫る火炎を、怪鳥セイレーンは二発目の破壊音波でかろうじて相殺した。
そして、飛び散る炎の中を突き抜けたシーザーが、怪鳥の背に取り付く。
「よっしゃあ！ 見せてやるぜ、至高の音楽家としても歴史に名を轟かすフェイルノート家、その栄光の歴史を受け継いで俺が生み出したオリジナル演奏を！」
シーザーはサブウェポンの剣を怪鳥に突き刺す。想像以上の硬い手応えに、ほんの切っ先しか刺さらないが、これで十分だ。竪琴に変形させた《フェイルノート》を、剣と合体。弦が剣の柄頭まで伸び、
「骨身で味わえ！ 闇に囚われし乙女の魂を救済する、正義の音楽をぉぉぉぉ！」
ギュイギュイギュイギュイィィィィィィィィンッッッッ！
夜の静寂をぶち破る大音響。ソアラも思わず兜の耳辺りを両手で塞ぐほどの喧しさだ。
ノリと勢いと気合、そして熱さに満ちた旋律。その振動は、剣の切っ先から怪鳥セイレーンの全身に伝わっていた。
それでもダメージを受けている様子のない怪鳥に、異変が起こる。
「ギャオオオオ……！」
シーザーを振り落とそうと暴れていたのが、急に大人しくなった。
荒れ狂うような激しい気配も鎮まり、ゆっくりと高度を下げる。
次第に輪郭がぼやけ、怪鳥の巨体は闇の粒子に解けて霧散。中から茶髪ショートの少女を始め、怪物にさせられていた生徒たちが地上に向かって落ちていく。
「シーザー！」
「大っ丈っ夫！ 女性を優しくキャッチするのは、できる男の必須技能！」
落下する生徒たちをシーザーが追い抜き、風の魔法で全員優しく受け止めた。
気を失っているが大きな怪我もない。安堵して二人が脱力しかけたところに、遅れて地面に突き刺さるものがあった。生徒たちを怪物に変えた元凶、《セイレーン》のスフィアダガーだ。細かい傷こそあるが、まだ破壊には至っていない。
シーザーが目つきを険しくして弓を構える。
「こいつめ、悪さできないよう完璧に破壊して――」
「させません」
『《マッドバット》』『イグニッション！』
そこに、バットナイトが襲いかかった。
翼を広げ、両足を突き出しながら二人目がけて急降下してくる。
「新手!?」
「しまっ、こいつのこと忘れてた……！」
存在を失念していたシーザー、聞かされていなかったソアラ共に不意を突かれる。
そもそも今までのダメージで迎撃する余力はない。二人で急降下キックを受け止めた。
「《
ギィィィィンッ！
防御された上から、バットナイトが全身の音響装置より破壊音波を発する。
広げた翼が音波に指向性を与え、蹴り足に集束。接触面を通じて、音の振動が幻装騎士二人の全身に伝播し、鎧に見る見る亀裂が走っていく。
そしてついには、全身が粉々に砕け散った。
「う、ぐああああ！」
「くう！」
変身が解け、血塗れの姿で地面を転がるシーザーとソアラ。
掴んだはずの勝利が一瞬で手から零れ落ち、二人は地に這いつくばった。
悠然とスフィアダガーを拾い上げたバットナイトが、それを静かに見下ろす。
「またも音楽の力で私のコントロールを破り、倒さずして変身解除させるとは。見事、と言っておきましょう。ですが、おかげでこちらも貴重なサンプルを無事に回収できました。このダガーに記録された戦闘データで、我々の研究もさらに発展することでしょう」
踵を返して遠ざかる背中。
シーザーとソアラは這いながら手を伸ばすが、どうしようもできない。
「せいぜい次もその調子で、我が主を楽しませてくださいね。キキキッ……！」
まだまだ始まったばかりだ。そう告げるように、不気味な鳴き声を残して。
羽ばたく黒い影は、月光も雲に遮られた夜空の暗闇へと姿を消した。
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