第23話:蝙蝠の怪騎士


「キキィィィィ!」

「ぐわ!?」


 翼の一撃を喰らい、少女から引き離されるシーザー。

 異形と化した少女を助けさせまいと立ちはだかるのは、新たな異形。

 月明かりの下、マントが変じた翼を翻す影は、人型の蝙蝠とでも呼ぶべき姿だ。


 尖った耳、開閉する口部分が特徴的な兜。首から下は一見して大きな特徴もないが、演奏家として耳の良いシーザーは、各部に仕込んだ音響装置の存在に気づいた。

 伝え聞く吸血鬼《ヴァンパイア》とも似つかぬ異質さ、これが《怪騎士》か。


「貴様、昼間にも会ったな。ソアラから聞いたゴブリンでもタラテクトでもない。だけどそのへんてこなベルト……貴様もギルダークの仲間か!?」

「私は偉大なる御方の忠実なるしもべ、《バットナイト》。どうぞお見知り置きを」

「「「ギギー!」」」


 背後に数人の骸骨騎士たちを従え、蝙蝠の怪騎士は優雅に一礼する。姿が姿でなければ、気品すら窺える整った所作だ。


 妙な反響がかかっているせいで、年齢などの判別は難しい。

 しかし――ボディラインを隠すどころか際立たせる、異形ながら見事な業前の鎧。それが、少なくとも相手が若々しい女性だとシーザーに教えてくれていた。


「美しいレディ、あなたにそのような醜い鎧は似合わない。どうかそんな鎧は脱ぎ捨て、ありのままの素顔を見せてはくれませんか? ほら、恥ずかしがらずに!」

「……我が主から賜った、この姿を醜いと言ったな?」


 会心の笑顔と共に告げた言葉は、却って相手の不興を買ってしまう。


「キキィィィィ!」

「うおわああああ!」


 バットナイトが口から発した音波が、強力な砲撃となってシーザーを吹っ飛ばす。


 この頭が割れそうになる音は、蝙蝠の魔物《マッドバット》のモノか? 超音波で他の魔物を発狂させて殺し合わせ、後に残った死骸を悠々と捕食する狡猾な魔物だ。しかしマッドバットの超音波に、物理的な攻撃力はなかったはず。


 魔物の能力を何倍にも強化して操る――ソアラに聞かされたときは大袈裟だと思ったが、あながち誇張でもないらしい。シーザーはまた一つ認識を改めた。


「その軽薄で不快な口、今すぐ黙らせてやりたいところですが、我が主はあなたの健闘を高く評価しています。まさか私のコントロール音波を、音楽の力で打ち消すとは。我が身が危うくなれば平気で女子生徒を切り捨てるか、なにもできず袋叩きになるだけとばかり思っていました。あながち、口先だけの男でもなかったようですね」

「コントロール、音波? まさか、あなたが皆を操っていたのか!?」

「《セイレーン》を覚醒させた彼女については、紛れもなく本人の意思ですよ。私はそれに手を貸しただけ。彼女をコントロール音波の中継点とすることで、間接的に彼女が他の女子生徒を操れるようにしてあげました。そのことも、彼女が《スフィアダガー》を覚醒させる一助になったようですね」


 あたかも労うように、バットナイトは兜越しに少女の頬を指で撫でる。


「生徒にばら撒いているスフィアダガーと腕輪は、大量生産向けの言わば廉価版でして。人体改造を受けずに誰でも使用できる反面、魔物の能力を引き出せるかは使用者次第。力を十分に引き出せなければ共通して、骸骨騎士の《スパルトイ》となってしまう」


 つまり学舎裏で倒したのは、怪騎士としては雑兵に過ぎなかったということか。

 そんな相手に手こずった失態を思い出し、シーザーは歯軋りする。


「使用を繰り返すことによる力の定着、魔物との相性、そして感情の爆発。それらの要素がスフィアダガーと使用者の適合率を引き上げ、怪騎士としての覚醒を促す。あなたのおかげで、実験の結果は上々となりました。その点だけは感謝してあげましょう」

「実験、だって? そんなことのために、彼女の気持ちを利用したのか!」

「全ては我が主の遊興のため。そして、我が主はもう一波乱をお望みです。彼女には、最後の一暴れをしていただきましょう」

『《マッドバット》』『イグニッション!』


 バットナイトがベルトに刺さった短剣の柄を回す。

 口のみならず全身から発せられたのは、今までの鳴き声や攻撃とも異なる音。

 身構えるシーザーの前で、少女が突然苦しみ出す。


「あ……ぐ……アアアアアアアアッ!」

「「「ギギー!」」」


 叫ぶ少女に、バットナイトの従えて来たスパルトイが一斉に組みついた。

 闇が溢れ出して彼女らを一塊に包み込み、膨れ上がる。


 あたかも卵のような球状の暗黒。やがてひび割れ、中から突き破って現れたのは巨大な翼だ。続いて鉤爪の生えた足が、内部に牙の並ぶくちばしが顔を出す。

 そうして生まれたのは、庭園に収まりきらない体躯を誇る怪鳥だった。


「ギャオオオオ!」

「嘘だろ――幻装騎士モドキばかりか、《騎馬合身》モドキまで!?」

「さて、果たしてあなたに彼女が救えますか? シーザー・フェイルノート」


 キキキッ! と挑発的にバットナイトが含み笑いを漏らす。

 仰天して顎も落ちたシーザーだが、立ち直ると髪をかき上げつつ笑い返した。


「当然! なんたって俺は世界と女性の救世主! 愛と正義を貫く《円卓》の騎士! シーザー・フェイルノートだからな! 《鎧召喚》!」


 紫紺の幻装騎士に変身したシーザーは、風を纏って飛翔。気絶した女子生徒たちを巻き込まないよう、学院上空に戦闘の場を移す。怪鳥もそれを追って飛び立つ。

 月夜の空を舞台に、戦いが幕を開けた。


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