第22話:清めのロックンロール


 数時間後。日はとうに沈み、月も頂点をやや過ぎて下がり始めた深夜。

 シーザーは南棟三階の庭園にて、骸骨騎士と女子生徒たちに追い詰められていた。

 全身傷だらけ、制服も血で汚しながら、なおニヒルに微笑んで見せる。


「そろそろ、正体を見せたらどうだい? 大方、高貴で美しい俺に嫉妬した《六芒星》の男子だろう! それとも絶対的な血統の差も理解できなかった悲しい《三角形》の男子か、まさかの先生だったり!?」

「残念。どれでもないわ」


 骸骨騎士は腕輪から短剣を引き抜き、変身を解く。

 なんと現れたのは、《三角形》の紋章をつけた茶髪ショートの女子生徒だ。

 そして、シーザーは彼女の顔に覚えがあった。


「君は、ついこの前俺に告白してきた子じゃないか! まさか、俺に振られた悲しみのあまりこんなことを――?」

「それも全っっっ然違う」


 物凄い食い気味に否定が重ねられた。

 なんかもう、間違ってもそんな誤解はされたくないという感情が溢れ出た口調。


「だって私があなたに告白したの、罰ゲームだったんだもの」

「……………………え? 罰ゲーム? 俺に告白するのが?」


 想像の遥か斜め上を行く言葉で、シーザーは呆けた顔になる。

 それを見た茶髪ショート女子の額に、ピキピキと青筋が浮かんだ。


「そうよ。私が本当に好きな人は別にいたの。だから絶対誰にも見られないようにして、最低限の言葉でさっさと済ませた。それなのに、それなのにあんたが! 無駄にでかい声で返事して! 周りにも悩みのフリした自慢話で言いふらして! おかげで学院中、私が振られた話で持ち切り! 好きな人にまで誤解されて距離取られちゃったのよ!」

「罰ゲーム。俺に告白するのが罰ゲームて」


 この世の終わりだとばかりに嘆く茶髪ショート女子。

 しかしシーザーはシーザーで深く落ち込み、彼女の話をロクに聞いていない様子。


「自分が告白されるのは当然だとでも思った? 世の中の女の子全員があんたに惚れるとでも思った? 思ってたんでしょうね、私があれだけ露骨な態度で『不本意なんです』ってアピールしたのに気づかなかったくらいだもの!」


 そんなシーザーの態度で、茶髪ショート女子の怒りは頂点に達する。


「罰ゲームけしかけた友達は知らん顔だし、『《三角形》の分際で身の程も弁えず』って《六芒星》の生徒に因縁つけられるし、あんたのせいで私の学校生活おしまいよ!」

「いや、待って。確かに君も気の毒だけど、これは俺だって被害者じゃない?」

「許さない許さない許さない! 私の怒りと絶望を思い知らせてやる!」


『《セイレーン》』『イグナイト!』


 再度腕輪に装填された短剣が機械音声を発し、光り輝く。

 禍々しい、夜の暗がりよりも深い闇が少女の体を包む。

 骸骨の鎧がその全身を覆うが、今度はそれだけに留まらない。少女の怒りを表すような黒炎が燃え上がり、骸骨から鳥を模した異形へと鎧が変貌したのだ。


「二段変身だって!?」

「キケェェェェ!」


 頭から翼を生やしつつ、顔部分は人の女性めいた兜。その口部分が発する鳴き声に操られて、女子生徒たちが一斉にシーザーへ斬りかかる。


 しかしシーザーは、反撃どころか防御も回避もせずに全てを受けた。

 全身を斬り刻まれて、大量の血が地面に滴り落ちる。


「……なんのつもり? なんで抵抗しない?」

「確かに、君の怒りは尤もだ。俺を痛めつけて、少しでも君の心の痛みが和らぐなら、いくらでもやればいい。だけど、君が一番すべきことは俺に対する復讐じゃない。大好きな人へ、本当の気持ちを伝えることじゃないのか!?」

「っ。そんなの、そんなのもう手遅れよ! あんたのせいで!」

「なにも手遅れなんかじゃないさ。俺は英雄《トリスタン》の末裔にして愛の騎士! 恋する乙女の背中を押すことも、俺の使命だ!」


 ついにシーザーは腰の弓を手にする。しかし、なぜか展開しない。

 折り畳まれたままの弓に、弦が一本でなくいくつも張られていく。

 その形状はまるで――


「竪琴……?」

「その通り! 我が血統を象徴する神器《フェイルノート》は、弓であると同時に竪琴でもある! 邪悪を清める、魂の演奏を聞けええええ!」


 ギュイギュイギュイギュイィィィィィィィィン!


 今まで少女が聞いたことのない、というか明らかに竪琴が発するモノではない音色。

 粗雑にして野蛮、鼓膜に殴り込んでくるかのような攻撃的旋律。おおよそ貴族に相応しいとは思えない、社交界で演奏した日には苦情必至の音楽だ。


 それなのに、


「なんで? なんでこんなに、胸が熱く……!?」


 どうしようもなく心が打ち震えるのを少女は感じた。

 騒音としか思えないその曲が、少女の恋心に向けた応援歌であることが、驚くほどハッキリ伝わってくる。こんなに熱くて力強い音楽を、少女は初めて聴いた。


 あたかもその熱意に当てられたかのごとく、女子生徒たちがバタバタと倒れていく。

 少女も最早戦意を失って床に膝をついた。

 シーザーは、未だ異形の鎧を纏う少女に笑顔で手を差し伸べる。


「――そこまでです」


 それを、夜空より降り立つ黒い影が阻んだ。


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