第21話:恐ろしきは女の恨み


 愛の騎士シーザー・フェイルノートは決意した。

 必ずや、あの邪智暴虐の悪を打倒せねばと!


「エリゼ・ナイトウイング先生は、我々男子生徒の憧れにして何人も摘み取ってはならない学院の花! それを婚約などという政略的束縛で独占しようなんて、許されない大罪なのだよ! 俺は騎士の誇りに懸けて、あのうらやまけしからん悪を討つ!」

「そんなただの僻みに騎士の誇りを懸けるな、騎士の恥」


 シーザーの高らかな宣言に、ソアラは干乾びたナメクジでも見るような目を返した。


 端正ながら常に愛想のない顔が、シーザーと一緒にいるときは三割増しで険しくなる。それだけ彼の軟派さに日頃から辟易していた。正直、こうして肩を並べて廊下を歩くのも嫌だ。他の生徒に変な噂を立てられるから。


 しかし彼の話に、あのギルダークが絡んでいるとあっては無視もできない。


「それにしても、ギルダークがナイトウイング家と繋がりを持っていたなんて。確か、ナイトウイング領には腕の良い職人が大勢いたはず。まさか、あのおぞましい魔道具の生産に関わりが? だとすれば、エリゼ先生も共犯者の可能性が……」

「そんな馬鹿なことがあるか! あんな美しい女性が、悪事になんて加担しているはずがない! いや待てよ? ギルダークに脅迫されている可能性なら? では婚約もあの振る舞いも無理強いされているに違いない! 俺がお救いしなければ!」


 憶測より妄想が割合の大半を占めたシーザーの義憤に、ソアラは閉口する。

 相手が見目麗しい女性なら誰でも、身分も問わず大体こんな調子なのだ。


「先生に対する疑惑は一旦置いといて。誰彼構わず不特定多数の女子生徒を侍らせるシーザーに、人の恋愛にどうこう口を挟む権利はないと思う」

「それは誤解というものだよ! エリゼ先生が皆のマドンナであるように、俺は世の女性皆の恋人であるというだけさ! そう、俺は皆に夢と希望を届ける使命を帯びた愛の騎士。だから誰か一人の物にはなってあげられない」


 あたかも世界の無情を嘆くように、シーザーは顔に手を当てながら天を仰ぐ。


「ああ、だけど悲しいねえ。俺が魅力的に過ぎるあまり、の度に心奪われ、叶わぬ恋に枕を涙で濡らす女性を増やしてしまう。ついこの前も告白を断って相手を泣かせてしまった……ああ、この世界に二つとない俺の美しさが悲しい!」

「さっき、エリゼ先生のこと前々から狙ってるみたいな話をしてたんじゃ?」


 自分は一人の物にならないくせに、先生が自分以外の誰か一人の物になるのは駄目ときたか。男が皆こうだとは思いたくないが、自分勝手にも程がある。


 自分勝手といえば、ギルもそうだ。エリゼという婚約者がいながら、シンディにも言い寄っていたことになる。尤もあの少年の場合、悪気がある上で全く悪びれずに堂々としていそうだ。どっちも最悪である。


 ソアラがうんざりしている間に、二人は談話室に到着した。


 ここは各寮の中間辺りに設けられた、生徒同士が寮の垣根を超えて交流するための部屋だ。とはいえ談話室は二つあるため、自然と《六芒星》の男女、《三角形》の男女に分かれた集まりになるが。今は放課後なので多くの生徒で賑わっている。


「「「シーザーさまぁぁぁぁ!」」」

「ほら、後は自分のファン相手にかっこつけてて」

「おっと。確かに、皆の前ではいつでも最高にかっこいい俺でいなくちゃな。やあ、ハニーたち! 今日も俺の演奏で、君たちを夢の世界に連れて行くよ!」


 こちらに駆け寄ってくるのは、いつもシーザーをよいしょしている取り巻きの女子生徒たちだ。

 ソアラはさっさと離れ、シーザーが眩い笑顔で彼女らを迎え入れる。


 ――その頬を、投擲された剣がかすめた。


「……え?」


 パックリ裂けたシーザーの頬から血が流れる。

 そして女子生徒たちが武器を手に、鬼気迫る形相でシーザーに襲いかかった。


「「「死ねやああああ!」」」

「なんでええええええええ!?」


 シーザーはわけがわからないという顔で、回避に徹し包囲網を潜り抜ける。


《円卓》の嫡子である彼にかかれば、女子生徒たちを撃退するのは容易い。しかし剣と一緒に腰のベルトから下げた、折り畳まれた弓を抜こうともしなかった。

 フェミニズムもあるだろうが、女子生徒の様子が普通じゃない。


「この、女の敵ぃぃ!」

「口だけ男ぉぉ!」

「脳内ナルシストお花畑がああああ!」


 いや、ある意味普通の反応か?


 目を血走らせ、口汚く罵りながらシーザーを追い回す女子生徒たち。

 思わせぶりな台詞と態度を見境なしで振り撒く、彼の日頃の行いを思い返せば、いつこうなってもおかしくはなかった。むしろ今までよく刺されなかったものだ。


「た、助けてくれソアラ! これはなにかの陰謀だ! 俺の美しさを妬んだ悪党による、狡猾な策略に違いない!」

「なにを馬鹿な。どうせ手当たり次第に逢引とか「ギギィィ!」な――っ!?」


 突然、そして普通にドアを開けて現れた骸骨鎧の騎士に場が騒然となる。


 シーザーからも話は聞いていた骸骨騎士。腰にベルトがなく、代わりと思しき腕輪に短剣が収まっているなど差異もある。しかしなるほど鎧の異形さは、ギルやシンディが変身した《怪騎士》なる存在に通じるモノを感じさせた。


「いいぞ、もっと苦しめ……。自分をチヤホヤしてくれる子たちの手で、ギッタギタのボロ雑巾にされるがいい……!」


 しかもご丁寧に、自分の仕業だと自供するに等しい発言もセット。


 幾重にも反響をかけたような、奇怪な声音のせいで年齢などの判別は難しい。

 しかし発言からして、シーザーに対する私怨からの犯行なのは明白だ。

 加えて、ギルが裏で糸を引いているのも確実。


「《鎧召――ぐう!」


 ソアラは幻装騎士に変身しようとするも、全身に激痛が走って失敗してしまう。


 決闘で受けたダメージが回復し切っていない。治癒魔法で肉体の損傷こそ概ね治ったが、《魔力経絡》は未だ重傷のまま。《魔力経絡》の損傷には治癒魔法も効かず、自然回復を待つしかないのだ。

 ソアラの身体は平時を過ごす分にはともかく、戦闘が困難な状態にあった。


 無理やりにでも《鎧召喚》を試みようとするソアラに、シーザーから制止がかかる。


「ソアラ! やっぱりここは俺に任せろ!」

「シーザー! だけど、その子たちは!」

「わかってる! あの骸骨野郎に操られているだけに違いない! だったら囚われの乙女を魔の手から救い出すのも、愛の騎士の役目さあぁぁぁぁ……!」

「「「待てぇぇぇぇ!」」」


 他の生徒を巻き込まないためか、談話室を飛び出したシーザーの声が遠のいていく。

 女子生徒たち、そして骸骨騎士も列を成してその後を追った。



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