第20話:エリゼ・ナイトウイング


「ブハハハハ! 『どちくしょう』て。女たらし軽薄イケメンが、涙とかその他色々で顔グッチョグチョにしながら『どちくしょう』て! やっぱり美形の顔芸は面白いなあ! ブハハハハ!」

「……あのスカシ男一号がそんな間抜け面晒したとか、確かに傑作ね。誰かさんのおかげで私は拝めなかったけど」


 腹を抱えて爆笑する俺の傍ら、シンディが半目でこちらを睨む。

 彼女はカーテンの閉じられていたベッドに横たわっていた。起き上がろうともしない理由は、シーツ一枚の下が一糸纏わぬ姿なのと、腰砕けになっているから。


 元凶は言うまでもなく俺というか、さっきまでシンディと中だったのだ。いやはや、思春期十代の性欲ってヤバーイ。こんな、エロゲみたいに爛れた学校生活を自分が送るとは。

 やはり、世界はまだまだ俺の想像を超えてくるようだな!


 で、次はエリゼの番というところに円卓の騎士様がやって来たわけだ。


「しかしエリゼも人が悪い。どうせ《エコーロケーション》でヤツの来訪には気づいていたんだろう? 風の魔法でアレコレの匂いも誤魔化していたし」

「申し訳ありません。彼には前々から言い寄られて迷惑していましたから。口で言って聞かせたところで、不都合な話は右から左へ耳をすり抜ける様子。なので、実際に見せつけてわからせる以外にありませんでした。私が、身も心もギル様の所有物だと」

「自分が口説いて喜ばない女はいないとか思ってる節あるからねえ、あいつ。ところで、さっきの話は本当なの? その、二人が婚約者っていうのは」

「ああ、表向きはそういうことにしてある。ナイトウイング領は芸術と職人の町でな。腕の良い魔道具職人と、最新設備の生産工場を抱えている。ゼット商会を運営する上でも、ナイトウイング家と深い関係を持つのがなにかと好都合だったのさ」

「話が大体読めたわ。《スフィアダガー》の大量生産に、そこの工場と職人たちを利用する腹積もりなのね? その様子じゃ、家自体はとっくに乗っ取ってるか。エリゼと知り合ったきっかけは、その子の『喉』が関係してる感じ?」


 シンディの眼が妖しく輝く。

 エリゼの喉に秘められた『異形』も既にお見通しか。流石だ。

 俺が微笑む一方、エリゼは面白くなさそうな顔をしつつも首肯を返す。


「ええ――あなたの足と同様、私は喉に余人にはない力を宿していました。しかしそれを欠陥と断じた私の両親は、世間に存在を知られるのも恥だと私を地下牢に幽閉したのです。床に落とした残飯を食わされ、憂さ晴らしに暴行を受ける地獄の日々……そこから私を救ってくださった白馬の王子こそ、ギル様なのです」

「魔物の化石を求めてあちこちの地下を掘りまくっていたら、偶然エリゼのいる地下牢を掘り当てたんだ。白馬というかモグラだったな、モグラ!」

「それはまた、ロマンスの欠片もない出会いねえ」


 十歳そこらだった頃の懐かしい思い出にケラケラ笑う。

 一連の話から察しがつくだろうが、エリゼも我が悪の組織の一員だ。


 シンディより以前……というか、この異世界で最初に迎え入れた配下でもある。「異世界人の怪人」第一号はシンディだが、「悪の組織の配下」第一号はエリゼなのだ。


 エリゼが保険医をやっているのも俺の指示。良質な実験材料を見繕ったり、実験体の経過を調べるのに最も都合の良い役職だからな。保健室を秘密の実験室として利用できるのも、部屋の主が彼女であってこそ。


 あと性欲処理的にも都合が良かった。若い肉体は色々持て余すから仕方ないね!


 ちなみに。なんでエリゼが怪人の第一号でないかというと、主に俺が悪い。


「以前から申し上げようと思っていたのですが。シンディ、あなたはギル様に対する敬意と忠誠心が足りないのでは? 今もだらしなく寝そべったままで、なにより口の利き方がなっていません。情婦でもまだ立場を弁えているでしょうに」

「いや、そのギル様のせいで足腰立たないんだけど? 自分が相手をしてもらえる頻度が減ったからって、僻まないでくれる? 陰気臭い

「――ギル様の気まぐれで怪人第一号となったくらいで、図に乗らないで頂けますか? 私が今まで改造されずにいたのは、『変声期』を終えて私の身体が万全となるまで御待ち頂いた温情故。私こそが、最も偉大なる御方の寵愛深き第一の僕なのです」

「ハンッ。下僕の一番なんか欲しけりゃくれてやるわよ。この悪魔に寵愛とか期待するだけ馬鹿を見るでしょうけど。それに時代はナンバーワンよりオンリーワンよ?」


 売り言葉に買い言葉。険悪な空気で二人の視線が火花を散らす。


 エリゼが持つ特別な『喉』は、出会った当時まだ未成熟で、下手に手を加えればせっかくの資質を殺しかねなかった。


 だから成熟し切ったと確信できる今の今まで、エリゼの改造はお預けに。しかし知っての通り俺は、半ばその場のテンションでシンディを先に改造してしまいまして。そのことをエリゼは随分気にしており、なにかとシンディに突っかかるのだ。


 シンディも基本売られた喧嘩は買い叩く性格なので、まあ仲の悪いこと。いや、むしろ仲が良いのか? シンディの言う通り、愛だの友情だのは専門外だからわからん。


 いずれにせよ、仲違いやいがみ合いは大歓迎だ。それで怪人同士、幹部同士が足を引っ張り合って作戦失敗とかも、立派な悪の組織の様式美だからな!


「ところで、このまま三人で二回戦もいいんだがな。実験の経過について、報告をまだ聞いてないが?」

「っ。申し訳ありません! 報告もなおざりにお慈悲を懇願するなど!」

「構わん、構わん。俺がエリゼの帰還を待たずに、シンディと乳繰り合ってたせいでもあるし。――それで? 戦闘員の音波コントロールと《覚醒》は成功したか?」

「ハッ。実験体の一人が覚醒の兆候を見せております。ご主人様のお考え通り、感情の爆発が覚醒を促すものかと」


 俺から体を離して足元に跪き、エリゼは粛々と報告する。

 その肢体で性欲処理にも役立ってもらっているが、それ以前にこいつは忠実な配下だ。仕事はキッチリこなしてくれている。


「どうやら実験体は、シーザー・フェイルノートに強い恨みがある様子。これを利用して実験体の覚醒を促すと同時、シーザー・フェイルノートを陥れる策がございます」

「そいつはいい。俺はまだ変身機能が回復し切っていなくてな。やはり《大首領》の力を使うには、今の身体じゃ負担が大きすぎるらしい。よって今回の作戦は全面的にエリゼに任す。あの色男が騎士として本物かどうか、たっぷりと値踏みしてやれ」

「ハッ! 必ずや、ご期待に応えて見せましょう」


 暗黒物質で照明を遮り、それっぽい暗がりを演出して俺はほくそ笑む。

 さあ、楽しい悪事の開幕だ。


『――《マッドバット》』


「え。なんで今、意味もなくスフィアダガーを鳴らしたの?」

「様式美だ」

「様式美です」

「ええー……」


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