第18話:学院に忍び寄る黒い影


 新入生を迎えて一ヶ月が経とうという騎士王学院に、今日も剣戟の音が響き渡る。

 生徒同士が日々切磋琢磨している、と言えば聞こえは良いが、実際に行われているのはただの弱い者いじめだ。


 なにせ上級生徒たる《六芒星》には、《鎧召喚》という絶対的優位がある。貴族の中でも騎士王の血がより濃い、選ばれた者だけが授かるという特権。


 その特権を誇示したいがため、《六芒星》の生徒は《三角形》の生徒に対して日々理不尽な仕打ちをしかける。少しでも反抗すれば《決闘》に持ち込み、大人げもなく鎧の力で半殺しにまで痛めつけるのだ。教師にもそれを咎める者はいない。


 人の守護者とされる《幻装騎士》が、弱い者を踏みつけて嘲笑う。それは今まで騎士王学院では極々ありふれた光景だった。

 しかし今年度は、些かその様相に異変が起こり始めている。


「ひぃぃ!」

「ちくしょう、《三角形》の分際で――ぎゃ!」


 下級生徒いじめ定番の場である学舎裏。

 今日も無様な悲鳴が飛び交っていたが、声の主は加害者側であるはずの《六芒星》の生徒だった。騎士への変身も解け、ボロボロの姿で這うように逃げ惑う。


 そんな彼らを追い詰めるのは、骸骨の鎧を纏った異形の騎士たち。

 見かけこそ雑魚っぽいが、生徒たちの攻撃に怯みもせず、不気味な動きで迫る。


「ギー!」「ギー!」「ギー!」

「く、来るな! 来ないでぇぇ!」

「ギー「ふっ!」ギッ!?」


 蹲る女子生徒に伸びた骸骨騎士の手。それを遮ったのは、風を凝縮した魔法矢だ。


「とう!」

「ギ!」「ギギ!」「ギィィ!」


 新たに現れた生徒は腰に帯剣もしているが、弓が主力武器らしい。

 颯爽と跳躍し、空中でポーズを決めつつ魔法矢を連射。

 矢に込められた風の爆発を受け、骸骨騎士たちは一人残らず吹き飛ばされる。


「シュタッ! ……やれやれ、いつから学院はオバケ屋敷になったのかな?」

「シーザー先輩!」

「キャアア! 今日も最高に華麗です!」

「ふっ。悲しいねえ。ただ同級生を救いに来ただけだっていうのに、また俺の武勇伝に新たな一ページが刻まれてしまう」


 紫の髪をサッとかき上げ、白い歯をキラッと輝かせて黄色い声援に応える少年。


 彼はシーザー・フェイルノート。シンディやソアラと同じ五大公の一角、円卓の騎士《トリスタン》の末裔たるフェイルノート家の嫡子。五大公の中でも随一の美貌と噂され、それに違わず一級品の彫刻めいた顔立ちの整い方だ。


 しかしこの少年、一挙一動がいちいち芝居がかっている。

 明らかに人目、特に女性受けを意識した仕草だ。意識が高すぎてわざとらしいくらいだが、それを指摘する者はいない。


「それにしても、これが噂の幻装騎士モドキかい? ソアラのヤツ、こんな粗末な紛い物に不覚を取ったとはね」


 写真、サインとたっぷりサービスしてから生徒を送り出した後。シーザーは倒れている骸骨騎士の検分を始めた。弓で小突くが、ピクリとも動かない。


 誰でも幻装騎士と同等以上の力を得られる魔剣――そんな噂が学院に広まり始めたのはつい最近だ。《六芒星》の生徒が骸骨騎士に襲われる話も同時期に。


 血統の劣る下級生徒が、たかが魔道具で幻装騎士に勝つなどありえない話。こうして実際に遭遇するまで、シーザーも噂をまともに取り合ってはいなかった。そして、遭遇したらしたで結果はこの通り。とんだ拍子抜けである。


「全く不甲斐ない。余程腕が鈍ったか、決闘の相手が幼馴染だからって遠慮が過ぎたんじゃないか? あんな出来損ないにそこまで情をかけるなんて、愛とは悲しいねえ。それで俺たちの評判まで落とされるのは勘弁して欲しいけど」


 やれやれだぜ、とシーザーが大袈裟に肩を竦めた、そのときだった。


 ――キィィィィ!


「っ!? なんだ、この、音は……!?」


 突然、不快感を掻き立てる嫌な音が響き渡る。ガラスを擦り合わせたような、鼓膜から脳髄を這いずる高音だ。


 それで叩き起こされたか、骸骨騎士たちが身を起こす。否、地面から体が跳ね上がった。宙返りして着地すると、息の揃った動きでシーザーを取り囲む。


「ギギ!」「ギー!」「ギギギギ!」

「なんだ、こいつら!? さっきまでと動きが全然違う! それに連携も……ぐあ!?」


 曲芸じみて飛び跳ねる骸骨騎士たちにシーザーは翻弄され、矢の照準が咄嗟に定まらない。その隙に背後から二人がかりで両腕を塞がれ、正面から無防備な顔面を殴られた。二発、三発と続けざまに殴られ、最後は拘束していた骸骨騎士二人も加わった、三人の蹴りを腹に喰らう。


 なにが起きたか呑み込めないシーザーの口中に広がる、血と土の味。

 下級生徒、それも紛い物の幻装騎士モドキに地面を舐めさせられた。生まれて初めて味わう屈辱に、シーザーの大物ぶった余裕は消し飛んだ。


「この、図に乗るなああああ! 《鎧召喚》!」


 シーザーの全身が輝き、紫紺に輝く鎧騎士へと変身を遂げる。

 装飾も大きさも増した弓を横薙ぎに振るう。するとシーザーを中心に風が吹き荒れ、竜巻を纏った突進が骸骨騎士たちをまとめて弾き飛ばした。


「《ダンシングツイスター》! からの、《ツイストアロー》連弾!」

「「「ギギー!」」」


 駄目押しに放たれた竜巻の矢で、今度こそ骸骨騎士たちは倒された。

 変身が解けて倒れ伏す生徒たち。その傍らには、砕けた短剣が転がっている。


「手こずらせやがって……ん?」


 自身も変身解除し、肩を怒らせるシーザー。しかし、一人だけ変身が解けていない骸骨騎士に気づいた。その骸骨騎士は、怨念に満ちた低い声で何事か呟く。


「許さないぞ、フェイルノートォォ。あんただけは、あんただけは絶対に――!」

「キキィィィィ!」

「わっぷ!? な、なんだ? こ、蝙蝠?」


 骸骨騎士が、どこからともなく飛来した黒い影に横からさらわれた。

 土煙に遮られたシーザーが、かろうじて目にできたもの。それは巨大な蝙蝠としか例えようのない、翼を生やした人影だった。



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