第16話:決着


「いやー、ハッハッハ! 控え目に言って大惨事だな」

「全っ然笑い事じゃないわよぉぉ! 本気で死ぬかと思ったわぁぁ!」


 再び《タラテクトナイト》の姿となっているシンディに、首をガックンガックン揺すられる。背中のアームも加わって一段と激しい。

 周囲は無数のクレーターが大地を抉り、なかなかの惨状と化していた。


 敵も流石と言うべきか。《メテオフレア》の爆発と巨人騎士との衝突で、隕石は粉々に砕け散った。破片が森中に降り注いで酷いことになったが、これでも軽く済んだ方だ。あのまま隕石が地上に直撃していた場合、森も学院も消し飛んだことだろう。


 観戦していた生徒たちはすっかりパニック状態。泣き喚いたり失神したり失禁したりと悲惨な有様だが、死人が出なかっただけ奇蹟的と言っていい。グチャグチャの死体でもあったら、こっそりサンプルを回収できたのだが。残念。


 シンディには俺が極小ワームホールでスフィアダガーを送りつけ、タラテクトナイトに再変身。金属糸のシェルターでどうにか身を守った次第だ。


 もう授業どころじゃなさそうだと思った矢先、近くの茂みがガサガサ揺れる。

 変身も解けて随分とまあズタボロになったソアラが、剣を杖代わりに姿を現した。


「ハア……ハア……!」

「おお、思った以上にしぶといな。しかしその傷と消耗具合からして、ダメージのフィードバック全てを一身に受けたようだな。《騎馬合身》の騎手となった者の代償といったところか。その満身創痍でどうする気だ? 地面に頭を擦りつけて降参か?」

「黙れっ。お前みたいな『悪』に、私たち騎士の正義は決して屈しない!」


 再度真紅の鎧騎士へ変身し、損傷の癒えない体で剣を構えるソアラ。

 うむ。不屈の闘志、実に結構。正義の味方たる者、そうでなくては。


 しかし小突けば倒れそうで、あの男……前世で俺を打倒したヒーローが見せたようなどんでん返しも期待できそうにない。せっかくの『有望株』を潰してしまうのもなあ。


 内心俺が悩んでいると、タラテクトナイトが前に進み出た。


「あいつとの決着は、私が自分でつけるわ。満身創痍同士、条件は五分と五分。これは私が、今までの私と決別するための戦いなの」


 なるほど、確かに今ならいい勝負になりそうだ。

 元々これは、ドロドロしい因縁とすれ違いでがんじがらめになった幼馴染同士の対決。こんな楽しい戦いに水を差す理由はない。


「いいとも、任せる。その代わりというわけでもないが……トドメのときには、忘れるなよ? 大事な様式美だからな」

「ハイハイ。いちいち音声が鳴るダガーといい、変な拘りがあるわよね、君」


 クスクスと苦笑を漏らして、タラテクトナイトは八本足で駆け出した。


「キシュアアアア!」

「く、うううう!」


 ソアラに真っ向から打ち合い、剣と鉤爪が火花を散らす。

 彼女の言う通り力はほぼ拮抗。こうなると後は技量や機転、それに気力やら根性やらが勝敗を分けるだろう。その点では、タラテクトナイトに優位があると俺は見る。


「戦ってわかった。あの男は、異常。底知れない力と、悪戯に破壊を振り撒く邪悪な心。あんな男について行くのは、悪魔に魂を売るのと同じ。そんなバケモノの姿が、シンディのなりたかった騎士の姿なの!?」

「それがなに? 私が騎士を目指したのは、ただ周りを見返したいだけだった。あんたに認めてもらいたい一心だった。だけど、それがどんなにちっぽけでくだらない拘りか、あいつの邪悪さが教えてくれた――ギギッ!?」


 打ち合いの最中、また硬直を起こしてタラテクトナイトは膝を突いた。

 ソアラが反射的に駆け寄ろうとする。しかし、それはやはり相手を対等の敵と見ていないが故の慢心。またとない隙だ。


「シンディ……!」

「っ、舐めるなああああ!」


 八本足のうち二本で体を持ち上げたタラテクトナイトは、鉄棒の大車輪めいて回転。体ごと叩きつけるような攻撃で、ソアラを大きくふっ飛ばす。

 これは、『アレ』を使うのに申し分ない距離の開き!


「あ、ぐうう!」

「私を縛りつけるだけの正義や騎士道なんか、もう要らない! この狭苦しい虫籠をぶっ壊して、私は私を解放する! 悪魔に魂を売ってでも、たどり着きたい場所を見つけたから! あいつの隣で、広くて綺麗な本当の世界の地平線を見るために!」

『《スティールタラテクト》』『イグニッション!』


 柄を捻り、スフィアダガーに宿る魔物の力を全開に。


 背中のアーム全てから金属糸が飛び出し、縦横無尽に軌道を変えてあらゆる角度からソアラに襲いかかる。大車輪からの攻撃で剣を取り落としたソアラは、満足に抵抗できず何度も打ちのめされた。


 そして地中から伸びた糸が腕を、足を、全身を縛りつけていく。


「く、ああああ!?」


 気づけば金属糸で構築された蜘蛛の巣に、囚われの蝶と化した真紅の騎士。

 そして、右足に暗黒のエネルギーを集中させたタラテクトナイトが跳躍する。

 放たれる必殺キックは、お約束の技名コールと共に!


「《縛裂ばくれつの、ストライクエンド》――!」

「ぐ……アアアアアアアア!」


 闇迸る漆黒の一撃が、紅鎧の胸部に炸裂。

 駄目押しとばかりに、巨大化したアーム八本が騎士に突き刺さる!

 ソアラの体は金属糸を引き千切りながらふっ飛び、地面を数度バウンドした。


 そこからなおも立ち上がろうとしたが、力尽きて崩れ落ち――爆発。

 咲き乱れる爆炎を背に、異形の騎士は仮面の下でなにを思うか。

 どこか哀愁漂う佇まいに、俺は同じ仮面の下に満面の笑みを浮かべて一言。


「うむ。百点満点だ」


 こうして蜘蛛怪騎士タラテクトナイトのデビュー戦は、文句なしの勝利に終わった。


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