第14話:《騎馬合身》


「ソアラァァァァ!」

「シンディ……!」


 邪魔な他の騎士たちを突っ切って、タラテクトナイトはソアラと斬り結ぶ。

 真紅の剣と鋼の鉤爪が火花を散らし、力のせめぎ合いは蜘蛛怪騎士がやや勝った。


 ソアラの幻装騎士は銀で縁取られた真紅の鎧。色合いといい装飾といい、見るからに他とは格が違う。

 両者が激突する構図は、まさに正義の味方と悪の怪人だった。


「ソアラ様!」

「この子の相手は、私一人で十分!」


 戦闘不能にまで追いやられた騎士は十名。まだ五名いる生き残りを制止し、ソアラは一人でタラテクトナイトと剣を交える。すると騎士たちはすっかり観客気分で声援を送り始めた。完全に俺の存在を忘れてるぞ、こいつら。


 まあ俺もせっかくなので、大人しく二人の対決を観戦する。


「お願い、目を覚まして! あなたは、あの男に操られて!」

「はんっ。確かにあいつなら、頭の中いじり回すくらいやりかねないけどね! そんなことはどうでもいいの。あんたと、あのソアラ・ガラティーンと戦えている! 今の私にとって重要なのは、その事実一つだけよ!」


 鉤爪を伸ばしたアームが連続で襲いかかり、ソアラは剣一本でそれを捌いてのける。

 しかしその間隙をすり抜けて、タラテクトナイトの『蹴り』が顔面を捉えた。

 完全に意識の外だったと見える、本体の足による攻撃にソアラはよろめく。


「驚いた? この姿でなら、足も思い通りに動くのよ。これがどれほどの歓喜と感動か、あんたには一生わからないでしょうね。ただ『可哀想』って同情のフリして、見下すだけのあんたには!」


 今まで鬱積した感情を吐き出すようにタラテクトナイトは叫ぶ。


 スフィアダガーには魔物の能力だけでなく、それを操るための『本能』も宿っている。魔物の本能が脳に付与されることで、本来持たない翼などの器官も最初から使いこなせる。その本能が戦いのため、シンディの攻撃的感情を刺激し増幅しているのだろう。


「シャアアアア!」


 タラテクトナイトは猛然とソアラを殴り蹴り、距離が開いたところで蜘蛛糸を放つ。

 あらゆる角度から金属糸がソアラに襲いかかって――炎が舞った。


「もうやめて。そんなあやとり、この《太陽の聖剣》には通じない」


 剣の一振りで、糸が全て溶け落ちる。


 炎で焼かれたのではない。真紅の剣から漏れ出す熱波で溶かされたのだ。どうやら相当な熱量を、ほとんど外に漏らさず刀身に閉じ込めているらしい。舞い散った炎もほんの残滓に過ぎない。『太陽』を冠するに相応しい逸品だ。


 まともに喰らえば怪造人間とてただでは済むまい。タラテクトナイトに突きつけられた紅炎の切っ先は、しかしソアラの迷いを表すように揺らいでいた。


「怪しい玩具でどんなに力を付けても、先祖から脈々と受け継がれた騎士の力には及ばない。シンディにはもっと相応しい、戦う以外の道がある。だから――」

「だからなに? どうせ騎士なんて目指すだけ無駄だから諦めろって? あんたはいつもそうね。私がどれだけ努力してきたか……この不自由な足に負けるもんかって、勉強も鍛練も血を吐くまで続けてきたのを、誰よりも知ってるくせに。あんたはその全部を否定して、無駄な努力だって嗤いやがったんだああああ!」


 それは、かつて確かな友情を信じていたからこその耐え難い憤激か。

 タラテクトナイトは吼えると共に、大量の蜘蛛糸を放つ。


 単純な物量押しではない。なんと大量の金属糸が互いに絡み合い、瞬く間に巨大な剣の形へと編み込まれた。


「おお!」


 見事な造形美に、俺は思わず感嘆の声を上げる。


 こいつは、《スティールタラテクト》の能力じゃない。

 確かにスティールタラテクトは金属糸を使った巣も作るが、ここまで繊細で芸術的なまでの造形技術はない。


 つまりこれは、シンディ自身の資質と技量が成せる技!


「《蜘蛛糸創造スパイディメイク=クレイモア》!」

「く、うう!?」


 ソアラは真紅の剣で迎え撃とうとしたが、それは悪手だった。


 中身までギチギチに詰まった巨大剣を溶かした結果、ソアラは泥状の金属を全身に被ったのだ。生身の部分がない幻装騎士の姿では大したダメージになるまい。しかし溶けた金属は次第に冷えて固まり、ソアラの動きを大きく阻害した。


「《蜘蛛糸創造=ガントレット》!」


 好機を逃さず、タラテクトナイトは金属糸で巨大な手甲を編み込む。

 それを装着した拳で、渾身の一撃をソアラの横っ面に叩き込んだ。


 盛大に殴り飛ばされたソアラは受け身を取るも、膝をつく。確かなダメージの手応えに、タラテクトナイトの闘争本能が一層燃え滾る。


 しかし、


「シャアアアア――あ、あが!?」


 追撃をかけようとしたところで、タラテクトナイトが硬直する。

 全身から火花が飛び散り、変身が解けてしまった。

 倒れかかったシンディの背中を、俺が抱き止める。


「ふむ。どうやら現段階の改造では、お前の能力に肉体がついていけないようだな。これはお前の潜在能力を見誤った俺の技術不足だ。すまんな」

「――そ、っか。それは、悔しいわね」

「おや? 随分とすんなり納得するんだな」

「だって、君は面白くもない慰めなんか、絶対口にしないでしょ? 自分の悪意に正直で、隠す気もない君だから。誤魔化しも裏もないって信用できるの、よ」


 ……いやはや。この短期間で、本当に俺のことをよく理解していらっしゃる。

 つくづく、俺は良い拾い物をしたようだ。


「こんな幕引きで、連中に勝ち誇られるのもつまらないからな。悪いが、後は俺に任せてもらうぞ。嫌と言ったところで聞かないがな」


 シンディを地面に寝かせ、俺はソアラに近づきながら告げる。


「《騎馬合身キャバリエ》とやらを見せろ。今日までその楽しみを取って置くために、わざわざ授業もサボタージュしていたんだ。残った雑魚どもに手を出さなかったのもな」

「――いいでしょう。幻装騎士の真の力、見せてやる! 皆!」


 憎々しげな声を上げた後、ソアラは生き残りの騎士へ号令をかける。

 そして集まった騎士五人がなにやら密集した陣形を組み、繋ぎ合った手を馬具に見立ててソアラが上に騎乗する…………って、え? これってまさか。


 いやこれ、騎馬戦の騎馬ァァァァ!? 運動会でやるというアレ!


 流石の俺も一周回って度肝を抜かれたが、本当に驚くのはこれからだった。


「行くぞ、《騎馬合身》!」

「「「「「《騎馬合身》!」」」」」


 唱和と同時、騎馬全体を包み込むように立体型の魔法陣が展開。

 大規模な魔力が恒星めいて輝き、弾ける。


 そして中から現れたのは――見上げるほどの、体高五メートルを超える巨躯。

 一体の巨人と化した真紅の鎧騎士が、こちらを見下ろしていた。



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