第13話:蜘蛛の怪騎士
一週間後。俺とシンディは決闘の当日を迎えた。
時刻は正午。場所は学院裏手に広がる森林の中に設けられた演習場。森は広大で山や谷もあり、実戦形式の訓練に適した地形だ。俺たちはいくつも戦闘の痕跡が残る開けた場所にて、ソアラが率いるチームと対峙した。
人数差は実に十六対二。驚くなかれ、こちらには全くが人が集まらなかったのだ。
「ソアラ様ー! 生意気な下級生徒なんてボコボコにしちゃってくださーい!」
「授業もサボっていた劣等生なんて敵じゃありませんよー!」
「欠陥品の出来損ないは神聖な学院から出て行けー!」
大分離れた場所から他の生徒たちが野次を飛ばしてくる。《三角形》《六芒星》を問わず全員がソアラ側の応援だ。これ一応、上級と下級の代表対決ということになっているはずなのだが。
俺とシンディへの罵詈雑言が大半を占める声に、ソアラは仏頂面を一層顰めた。
「速やかに終わらせる」
「ええ、こんな雑魚ども相手じゃ時間をかけるだけ恥になりますからね!」
「ゴミカスに相応しく瞬殺してやりましょう!」
まーた勝手な解釈でチームの仲間が騒ぎ立てる。たぶん今のは「罵詈雑言が聞くに堪えないからさっさと終わらせよう」という意味合いだろうに。
しかしソアラの真意がどうあれ、シンディの怒りに油を注ぐ結果は変わらない。ソアラがこちらを見る目が、『敵うはずもないのに挑んでくる弱者』に対する憐れみの目だから尚更だ。俺は力が入りすぎたシンディの肩を軽く叩いて宥める。
「ここからは俺たちの舞台だ。存分に見せつけてやれ、生まれ変わったお前を」
「……ええ。見せてやるわ、私の『変身』を」
肩を並べた俺たち二人の腰には、共に変身ベルトが巻かれている。
ただし俺の《ゴブリンドライバー》に対し、シンディのドライバーに施されたのは蜘蛛を象った装飾だ。
俺の動作にシンディも倣って、スフィアダガーをベルトのバックルへと装填。
そしてダガーの柄を捻り、高らかに叫ぶ!
『《グレムリン》』『《ナイト》』『クロスアップ!』
『《スティールタラテクト》』『《ナイト》』『クロスアップ!』
「「変身――!」」
ここからの演出が二人で異なっていた。
俺はバックルから吹き荒ぶ黒い風で全身を包まれる。
対してシンディは、バックルから無数に飛び出す黒い糸が全身に巻きついた。
それぞれ風と糸を引き裂き、俺たちの変身した姿が露わとなる!
「うわ出た、本当にゴブリンの騎士かよ! なんて悪趣味な!」
「それにあっちは……蜘蛛?」
そう。俺がゴブリンをモチーフとする鬼面の騎士なのに対し、シンディが纏うのは蜘蛛をモチーフとした鎧。背中からは八本足のアームが伸び、兜はそれ自体が蜘蛛を模した造形。顔部分は六眼が下に覗く鏡面となっている。
これがシンディの怪造人間としての姿。そのまま繋げるとやや長いし、形態名は略して《タラテクトナイト》といったところか。
ソアラたちは怯んだ様子で一歩退くが、すぐに向こうも幻装騎士へと変身した。
「ソアラさんが出るまでもありませんよ! こんな出来損ないのキモ蜘蛛女、俺が一太刀で真っ二つにしてやりますって! オラアアアア!」
騎士の一人が真っ先に飛び出し、剣でタラテクトナイトに斬りかかる。
しかし、振り下ろした剣はタラテクトナイトに届くことなく、明後日の方向へ転がっていった。……肘の辺りから切断された腕と一緒に。
「あれ? あれれレレレレレ」
間抜けな声を漏らす間にも、騎士鎧のいたるところがズレていき。
真っ二つどころか、幻装騎士の方が全身バラバラになって地面に転がった。
変身は解け、フィードバックの痛みでか泡を噴いて失神する。
早速の一名脱落に、なにが起こったのかもわからず困惑する騎士たち。
しかしソアラだけは、即座に絡繰りを看破した。すなわちタラテクトナイト正面の空間に光る、幾筋もの線の存在に。
「糸……蜘蛛の糸? 張り巡らせた蜘蛛糸で切断した?」
「そんな馬鹿な!? 《スティールタラテクト》は確かに金属製の糸による斬撃で攻撃してきます! だけど所詮は下級の魔物、切れ味は革鎧を裂くのがせいぜい! ましてや幻装騎士の鎧が、ああもバラバラに斬り刻まれるはずがない!」
「魔物そのままの基準で推し測らない方が身のためだぞ? 《怪騎士》は元となった魔物の力を、何十倍にも強化・拡張した上で発揮することができる。シンディには特に、タラテクトに特化させた改造を肉体に施した。その脅威は竜種にも匹敵すると思うがいい」
その分、俺が変身した《グレムリンナイト》と違って能力の汎用性は乏しい。基本、他の魔物のスフィアダガーを併用できないのだ。今の段階では。
しかしシンディ自身の資質と相まって、タラテクトナイトの出来栄えは素晴らしい。
「シュ。シュシュシュ。キシュアアアア!」
「ひぃ!? く、来るなああああ!」
「この、バケモノめええ!」
タラテクトナイトが歓喜の鳴き声を上げながら踊りかかる。
騎士たちは火の玉や風の刃を飛ばして迎撃。しかし背中のアームで体を持ち上げ、蜘蛛よりも素早く自在に動き回るタラテクトナイトを捉えられない。
奇怪極まる動きに翻弄された騎士たちを、タラテクトナイトはアームと自身の四肢で叩きのめしていく。実に生き生きとしていて、俺も改造してやった甲斐があるというもの。一方、ソアラは悪夢でも見たように悲鳴じみた声を上げた。
「人間の動きじゃない……! あの子になにをした!?」
「俺はただ、シンディが秘めていた本来の才能を引き出してやっただけさ」
「本来の、才能?」
「一度でも疑問に思ったことはないのか? なぜ、彼女は足が不自由なのかと」
俺の問いに、ソアラは苦虫を噛み潰したような声を漏らす。
「それは、シンディの体に欠陥があるからで」
「違う。なにかも違う。欠陥というのがそもそもの考え違いだ。シンディは余人にない才能を持て余したがために、下半身に不具合が生じた。簡単に言うと――彼女は本来、百本足の生き物なんだよ」
「な、は?」
より正確に言えば、彼女の下半身には百本足分以上の《魔力経絡》が通っていた。
魔力経絡とは魔力を伝達・循環させる、実体のないもう一つの神経だと思えばいい。
これが常人の百倍以上の数で密集し、神経同士が互いを圧迫しているせいで、シンディの足に障害を起こしたのだ。
「百本足が正しい形であるにも関わらず、シンディは二本足で生まれてしまった。たとえば八本足の蜘蛛から足を六つ捥いで無理に二本足にすれば、まともに動けなくなるのは当然だろう? それと同じ理屈で、彼女は今まで歩くのにも難儀していたのさ。だから俺は正しい形になるよう、シンディの体を改造してやった」
「そんな、そんな馬鹿げた話がっ! それに、計算が合わない! 百本足が正しいなら、蜘蛛の八本足じゃ足りないはず! 残りの九十本以上はどこに――まさか!?」
ソアラの視線は、タラテクトナイトが操る蜘蛛糸に向けられた。
両手やアームから射出された金属製の糸は、何度も直角に曲がりながら騎士たちを追尾し、最後には貫く。あたかも糸自体に神経が通っているかのような動きで、だ。
「そう、蜘蛛糸だ。蜘蛛糸を生成・射出する器官に、残りの足を操る機能を繋いだ。これによってシンディは蜘蛛糸を、まさに手足のごとく自在に操作できる。それに実際は百本を軽く超える数なんでな。百本以上の蜘蛛糸が同時に自由自在だ」
異形の体、異形の力を遺憾なく発揮してタラテクトナイトは騎士たちを蹂躙する。
その恐ろしくおぞましい勇姿は、どこの特撮ヒーロー番組に出しても恥ずかしくない、立派な蜘蛛怪人だった。
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