第12話:悪魔と相乗り


 夕方、学院の南棟三階に位置する庭園。


「初日から五大公の次期当主に喧嘩売るとか、なに考えてるのよ君はぁぁぁぁ」


 私はあまりに頭の痛い展開に、ギルへ怒鳴る気力も湧かなかった。

 ギルがソアラへ盛大に啖呵を切って、今にも乱闘が始まりかけない空気。待ったをかけたのは意外と言うべきか、まるで覇気を感じない担任教師のユーリ先生だった。


『ハイハイ、生徒同士の揉め事は《決闘》で解決してくださいね~』


 のんびりとした口調ながら、手早い進行で異論を挟む間を与えず。一週間後、《六芒星》と《三角形》の交流試合と称した決闘を行うことで話は纏まった。


「私の意思ガン無視で参加決められてるし……」

「まさか、参加しないつもりだったのか? にっくき腐れ縁を、手ずから思う存分叩きのめす絶好の機会だというのに」


 私の奥底に燻る黒い負の感情を、当然のように見透かした言葉。


 ソアラ。同じ五大公の長女同士として、小さい頃から交流のあった幼馴染。長年劣等感を抱き、決して許せない言葉で私の心に傷をつけた女。

 彼女を私の手で叩きのめす。それは毒々しくも甘美な響きだった。


「あの話、本当なの? 私に、力を与えてくれるっていうのは」

「ああ、本当だとも。あのソアラとかいう女は一つだけ正しい指摘をした。俺が実戦試験で見せた《怪騎士》の力、《スフィアダガー》はつまるところ道具だ。道具であるが故に、誰でも使うことができる。血統は勿論、老若男女、人種の区別もなく平等にな」


 それが事実なら、これまでの《騎士》の概念を根底から壊す危険な代物だ。

 だけど私には、まるで天使が鳴らす福音のように聞こえて、それだけに信じ難い。


「私みたいな、障害持ちの欠陥品でも?」

「ふむ。まず前提から間違っている。俺の見立てが正しければ、シンディの足の不自由は欠陥じゃない。むしろ、他の者にない才能を生まれ持ったのが原因だ」

「才能? この、不自由な足が?」


 嘘のような話を、ギルは悪意に満ちながら偽りのない笑顔で言う。


「そうとも。しかしそれは人の身、人の形では正しく発揮できない才だ。その不具合こそが障害となって足に現れている。俺なら、あるべき正しい形へとお前の体を『改造』してやれる。ただし……人の形を外れ、それこそ魔物以上の異形と化すがな」


 脳裏に蘇ったのは、ギルが変身したゴブリンの騎士。

 決して人にも世にも受け入れられないであろう異形。私も、あんな風に?


「なに、些細な問題だ。俺がそうであるように、普段は人間と変わらない姿に擬態させてやる。それに、だ。たかが人の形に執着する意味があるか? シンディ、お前は今までの人生、人の形をしていることでなにか得があったのか?」


 私の人生。欠陥品と嘲笑われ、出来損ないと侮蔑される惨めなばかりの人生。


 ――ああ、確かにそうだ。私は元々、誰にも受け入れてもらえなかった人間じゃないか。今更、たかが姿形に拘る意味がどこにあるの?

 拒絶されることに変わりがないなら、私は怪物になってでも力が欲しい!


「いくら真っ当を装い善人ぶったところで、人の輪から排斥される星の下に俺もお前も生まれた。味方なんてどこにもいない。誰も俺たちに手を差し伸べやしない。だったら俺たちは自分のため、自分が笑顔になるためだけに戦うべきだ」


 甘美に耳朶を震わせ、頭を痺れさせる響きは、まさに悪魔の囁き。

 その声はどこか、友達を遊びに誘う子供のようでもあって。


「俺の手を取れ、シンディ。力が欲しいのなら、くれてやろう。《怪造人間》として生まれ変わり、我が悪の組織の一員となるがいい」

「……対価は? 悪魔は取り引きに代償を求めるものでしょう?」

「ククク、わかってるじゃないか。お前の希少な強さは、無力なまま逆境に抗う中で育まれたモノだ。力を得ることでお前がどう成り果てるか、俺はそれを試したくて仕方ない。その強き在り方を貫けるか、あるいは堕ちるか、末路まで見届けることこそが俺の望みだ。だから俺の配下として、世界征服のため働いてもらうとしようか」


 世界征服。なんと幼稚で荒唐無稽、そして壮大な夢物語だろう。


 だけど、こいつは心の底から本気で言っている。私よりずっとずっと、世界から除け者で仲間外れで嫌われ者のはずなのに。少しも自分を疑わず偽らず、堂々と笑いながら世界中を敵に回そうとしている。


 歯を食い縛って耐えることしかできなかった私には、その笑顔があまりに眩しくて。

 羨ましくて、「私もこんな風に胸を張って笑えたなら」なんて、憧れてしまったから。

 私はとっくに、この悪魔の虜になってしまったのだろう。


「――いいわ。君っていう悪魔に魂を売ろうじゃない。だけどね」


 一つだけ、不満があるとすれば。

 清々しいほど自分の悪意を隠さないこの人に、興味深い観察対象くらいにしか思われていない、自分のちっぽけさだ。玩具扱いなんて癪ではないか。


 私はギルの背中を見たいんじゃない。ギルが見ているのと同じ景色を見たいんだ。

 世界を地平線まで見下ろすあの高さで、手を引かれずに肩を並べて立ちたいんだ。

 このとんでもなく邪悪で凄い男と、私は対等の女になりたい。


「ただの下っ端なんて御免だわ。私は必ず、ギルと同じ高さに立つ。君をひっくり返るくらい驚かせて、楽しませてあげるから覚悟しなさい!」


 私の精一杯の宣戦布告に、ギルはポカンと呆けた顔をする。

 次第に全身を震わせ、今まで見た中でもとびっきり大きな声で笑い出した。


「く、くふっ。ブハハハハハハハハ! 俺を悪だと蔑み見下したヤツはいくらでもいた。俺を恐れて足下に平伏したヤツはもっといた。でも、俺と対等になりたいなんて言い出すヤツは初めてだ! あはははは! こいつは驚きだ驚天動地だ! ああ、シンディ! お前は俺の想像以上に素敵な女だった!」


 ギルは例のベルトを装着すると、私を横抱きにして跳躍。


 窓を蹴破って飛び込んだ先は、人気のない保健室。え、保健室!?

 私をベッドに横たわらせて!? え、ちょ、ま、心の準備とか色々!


 そしてギルが指を鳴らすと、壁やら床やらが開閉して…………え。なに、この見たこともない器具や装置の数々。え? ここ学院の保健室よね? え? え?


「まずはで様子見のつもりだったが、気が変わった。俺の今持てる改造技術の全てを持ってして、お前を異世界人の怪造人間第一号にしてやろう!」

「ちょ、待って待って! なにその太いの!? やめ、そんなの入らな――!」


 こうして私は人の道を踏み外し、自ら悪へと堕ちていった。

 でもこの人でなしに、人並みのデリカシーだけは叩き込もうと誓ったのだった!



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