第11話:ソアラ・ガラティーン


 アロンダイト家にガラティーン家。家名から察するに円卓の騎士でも高名な、《ランスロット》と《ガウェイン》の末裔だろう。今更だがこの異世界、地球の『アーサー王物語』に由来した名称を中心としているのだ。


 理由については『ゴブリン人型原種説』と同様に、一つの仮説を立てている。「」という説だ。


 この説が正しければ、創作の異世界ファンタジーで黙殺されがちな「なぜ異世界なのに地球と同じ法則や単位が成立するのか」という疑問も解決する。地球から移動できるほど近い異世界なら、似通った法則と歴史で成り立つのがむしろ必然なのだ。


 逆に法則や歴史が地球からかけ離れた異世界ほど、転移や転生は困難なのかもしれない。検証するには、もう一つくらい別の異世界に転移してみたいところだが。

 ま、俺の学術的興味はひとまず置いといて。


「ソアラ・ガラティーン……やべえ、本物だぜ!」

「騎士王に仕えた《円卓の騎士》の直系、五大公の中でも王家への忠義に厚いと名高いガラティーン家の次期当主! 実戦試験でもトップの成績で主席入学した期待の超新星! それが何用で《三角形》のクラスに!?」

「そりゃあ、アロンダイト家とはなにかと因縁があるしね」

「尤も片や歴代きっての才女、片や歴代でも初の欠陥品だけど」


 この王国の歴史が『アーサー王物語』にある程度順じているとすれば。アロンダイト家とガラティーン家が、代々不仲なのは想像に難くない。なにせ原典でも殺し合っている関係で、しかも主に非があるのはランスロットだ。


 故に紅髪の少女ソアラが、シンディを目の敵にしていても不思議じゃないが。


「その、元気にしてた?」

「あんたの顔を見るまではね。私になにか用?」

「なぜ、この学院に来たの? 欠陥を抱えた、その足で」

「私がどこへ行こうが私の勝手よ。なんであんたの許可がいるわけ?」

「…………」


 どちらかというと、仲良くしたいのに相手にされなくてプルプルしているような?


 この少女、終始無愛想な鉄面皮なので、その内心を読み取るのは難しい。ただでさえ、人でなしの俺は人の心の機微には疎いのだ。しかし何万何十万の人間を陥れ、その喜怒哀楽を観察してきた統計からある程度の推測はできる。


 要するにソアラは、シンディを心配しているんだろう。


「はっ! ソアラ様が気を遣ってやっているのもわからないわけ?」

「欠陥品の分際で、騎士学院に恥さらしの顔を出すなって言ってるんだよ!」

「そうだ、帰れ帰れ! 出来損ないと机を並べるなんて迷惑なんだよ!」


 しかし顔にも声にも感情が出ないものだから、周囲が自分たちに都合良く解釈して、勝手に騒ぎ立てる。逆に、こうして周囲が過剰反応するせいで感情を出せなくなったか。


 今回の場合、「資格のない者が来るべきじゃない」という意味合いは正しいであろうだけに始末が悪い。嘲りや蔑みこそないが、ソアラがシンディに向けているのは憐れみの目だ。対等でない劣った者、格下の弱者に対する情け。


「――っ」


 シンディも、それを感じ取っているだけに許せないんだろう。鬱屈した憤りが抑え切れずにいる形相は、二人の間に相当こじれた確執があるのを物語っていた。


 いやはやこういうすれ違いは、ドラマチックな展開の元になるから大歓迎だ!


「ところで。あなたは誰? シンディの、なに?」


 と、ソアラがジロリとこちらを睨みつけてくる。

 今度は完全に敵意の目。友達(願望)についた悪い虫を見る目だ。


「ふむ……。端的に言えば、俺は彼女に夢中で、口説き落としている真っ最中?」

「言い方ぁぁぁぁ! 君、わざと誤解を招く言い方してるわよね!?」

「ハッハッハ。だってその方が面白くなりそうだろ?」

「そんなこったろうと思ったわよ!」


 顔を赤くしたシンディに首をガックンガックン揺すられる。いやあ愉快愉快。

 シンディのこういう振る舞いを初めて見たか、ソアラは色々と衝撃を受けた様子。


 そしてなにを思ったのやら、常人の目には留まらぬ速度で抜剣。俺の首に剣を突きつけてきた。物騒なことにこの学院、生徒も教師も当然のように帯剣しているのだ。


「この子から手を引け、詐欺師。怪しげな玩具で彼女を惑わす気なら許さない」

「詐欺師? 怪しげな玩具とは《スフィアダガー》のことを言っているのか?」

「実戦試験の一件は聞いている。魔物の能力を人間に付与するなんて嘯いたようだけど、大方幻覚の類でそう見せかけただけ。正体はただの魔法武器」


 俺のことを知った上で、睨みを聞かせに来たわけか。

 しかし、的外れな推理は聞いていて萎えるな。世紀の発明を幻覚呼ばわりとは。


「あなたが倒した生徒たちは、恵まれた血統と境遇に胡坐をかいて、慢心していたから不意を突かれた。祖先より受け継いだ才を、弛まぬ鍛練で磨き上げた本物の騎士に、そんなハッタリの玩具は通用しない」

「ククク。なんとまあ幼稚な理屈だ。生まれつき備わった力だけが本物で、道具で身につけた強さは全て偽物だとでも? 仮にそうだとして、偽物のなにが悪い? 鎧という偽物の毛皮を纏い、武器という偽物の爪牙で獣を蹂躙してこその人間だろうに」


 言いながら俺は見せつけるようにして、シンディの頬に手を這わせる。


「そして俺は貴様ら《幻装騎士》をも凌駕できる、新しい騎士の力をシンディに与えてやろうというんだ。ただ『可哀想な子だ』と見下すだけの貴様と違って、な」


 予測以上の短気さで、相手は挑発に食いついた。

 ソアラの剣が、また常人の目では捉えられない速度で閃く。

 耳、頬、喉と俺の体が一瞬で三ヶ所斬りつけられた。


「今の剣閃が見えた? これが騎士の資格ある者とそうでない者の差――」

「遅い遅い。ノロマな剣だ。そっちが三度斬りつける間に、こっちは五度抉ったぞ?」


 開いて見せた俺の手には、制服のボタンが五つ。

 ソアラの胸元からむしり取ったモノだ。


 おかげで、彼女の胸元が大きく開いて下着まで覗いている。しかしシンディもモデル体型で大きさ・形申し分ない美乳だが、ソアラはさらに一段ボリュームが上だな。剣を振るったときもプルンプルンしてた。


 男女問わず色めき立った声が上がり、ソアラは胸元を隠しながら目尻を吊り上げる。


「こんな辱めで、優位を取ったつもりかっ」

「辱め? 理解が遅いわね。今のは『五回は心臓を引きずり出してやれたぞ』って警告よ。そうでしょ? ギル」

「大正解。会って一日二日でこんなに通じ合うとは、俺たち相性が良いのかもな?」

「貴様――!」

「なんだ? 『どんな手品を使った』? 『油断しただけだ』? 『実戦ならこうはいかない』? ……見え透いたつまらん水掛け論をする気はない。どうせ痛い目を見るまで納得なんかしないだろう? つべこべ言わずかかって来い、《円卓の騎士》」


 こうして俺は五大公の次期当主、新入生主席にして期待の超新星たるソアラ・ガラティーンに喧嘩を売ったのだった。


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