第10話:《六芒星》と《三角形》
試験の翌日。今日はキャメロット騎士王学院の初登校日だ。
元が城である学舎には、四方にそれぞれ塔が建っている。そこが現在は学生の暮らす寮に改築されていた。どうやら生徒は学年と別に上級と下級で大きく区別され、それをさらに男女で分けて寮が四つという次第らしい。
魔力0判定を受けた俺は当然、下級男子寮からの登校である。
通路を進んでいると、各寮の生徒が合流する分岐にシンディが立っていた。
どうも俺を待っていたらしい。二人並んで教室に向かう。
「おはよう、シンディ。目のクマが凄いぞ?」
「おはよう。誰のせいだと思ってるのよ……。入学初日に知り合った同級生が、魔王も真っ青な人類の敵だって知った私の身にもなってよね」
「残念ながら、真っ当な人間の感性が欠落した人でなしなんでな」
足の不自由なシンディに歩調を合わせているため、自然と生徒たちが次々と追い抜いていく。しかしその度にいちいちこちらを振り返っては、不躾な視線を向けてくるのはどういう理由からだ?
「随分と注目されているな。実戦試験のことは箝口令が敷かれて、生徒全体には広まっていないはずなんだが」
「ギル、肩の紋章について聞かされてないの?」
紋章というと朝に配布された、今は制服の左肩部分に付けているヤツか。
どうやら紋章に描かれているのは、六芒星と三角形の二種類。それぞれ生徒の上級と下級を表しているようで、シンディは三角形の方だ。
一方で、俺の紋章にはどちらも描かれていない。完全に無地である。
しかも見る限り、無地の紋章は俺だけのようだ。
「騎士王学院の生徒は上級の《
「なるほど。騎士は武勇を誇り、信義を守り、それでいて寛容であるべし。そのためにも騎士は剣技に強く、魔法に強く、そして肉体は健全であるべしと。三角形の下級には、さしずめ資質はあっても心構えが欠けているといったところか」
「……ちょっと気持ち悪いくらい的を射てるわね。そういうの興味なさそうな顔して」
「興味は全くないが、こういうところで並び立てられる建前は察しがつく。それを都合良く解釈して特権階級を気取る馬鹿や、同じ下級の中でも自分が見下せる相手を探すのに必死な馬鹿のこともな」
聞こえよがしのヒソヒソ話をしている連中に、ハキハキした声で聞かせてやる。
おーおー、殺気立って。予測から一ミリと外れない、つまらない反応だ。
「よくもまあ、こんな針の筵の中で堂々としていられるわね。自分が置かれている立場、わかってるの? たぶん魔力測定の結果が0だったせいで、君は騎士としてなんの素質もない、無能の烙印を押されたのよ?」
「俺の才能と実力も見抜けない、凡愚どものちっぽけな物差しでどうこう言われたところでな。シンディだって毅然とした態度じゃないか」
実際に上級と下級を分けているのはおそらく魔力量。ガ行の人の発言からして、《幻装騎士》に変身できるだけの魔力を持つ、一定以上の家格を持った貴族だけが上級に選ばれるといったところか。
シンディが六桁台の魔力にも関わらず下級なのは、言うまでもなく足のせいだろう。
「私のは、君ほど傲岸不遜で立派なモノじゃないわ。ただ意地を張っているだけ」
「そこがお前の素敵なところだろう? 虐げられた弱者は大概が、地に平伏して家畜となるか、口先ばかりの愚痴を並べる負け犬になるかの二択だ。お前のように、何一つ報われないままでも抗い続ける者は稀だ。俺は、お前のそういうところが好きなんだ」
「な!? からか――っては、いないのね。言葉以上の他意もない、か。まだ出会ってほんの一日二日だけど、ギルがどういう人かわかってきた気がするわ。だって君、少しも自分を隠したり偽ったりする気がないんだもの」
ふむ。なぜ赤面するのかはサッパリわからないが、順調に相互理解が深まっているようでなによりだ。
話している間に教室に到着。当然といえば当然だが俺たちが最後で、既に着席済みのクラスメイトと教師の視線が殺到する。
ここは第一印象が重要なところ。俺は爽やかな笑顔で一同に挨拶した。
「よう、ゴミクズども! これからよろしく! せいぜい俺にプチリと踏み潰されないよう、無様にのた打ち回って俺を楽しませてくれ!」
うん、見事に教室の空気が凍りついたな。
教師とクラスメイトたちの揃って滑稽な百面相に、俺は大笑い。引き攣った顔のシンディに背中を押されながら、空いていた中央の席に座った。
「…………では、一年次の授業内容について説明します。午前は座学、午後は訓練。まず諸君には、騎士の集団連携魔法である《
ボサボサ長髪で目元が隠れた、幸薄そうな雰囲気の女教師は、何事もなかったことにして説明を始める。いつストレスで倒れるか、今から実に楽しみだ。
ところで、さっきから視線の圧が凄い。シンディでもクラスメイトでもなく、視線の主はガラス越しに廊下からこちらを見ていた。
ポニーテールに結わえた髪型と、潔癖そうな硬い表情が相まってサムライガールといった感じの少女だ。髪の色はガなんとかと比べものにならない、鮮やかな真紅。髪といい、鍛え上げられた張りのある肢体といい、シンディとは対称的な印象を受けた。
見覚えがあると思ったら、魔力測定の会場で映写の魔鏡に映っていた女子生徒だ。十人総当たりの実戦試験で、九人をまとめて叩きのめした業の者である。ところで九人どころか、百人以上をまとめて叩き潰した新入生がいるそうだ。おっかないなあ。
幸薄教師の説明のみで一限目が終了すると、待ちかねたように紅髪の少女が教室に入ってこちらに近づいてくる。
そして、俺ではなくシンディに向けた第一声がこれだ。
「…………………良い、お天気、ですね?」
「ここ室内だし、外は曇りだぞ?」
――これが、後に我が異世界征服に立ちはだかる、最大の宿敵となる騎士。
後世で《太陽の勇者》と呼ばれる女、ソアラ・ガラティーンとの出会いだった。
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