第5話:ゴブリンの力


『戦闘不能を確認。勝者、ギルダーク・ブラックモア』

「お?」


 魔道具スピーカーの宣言と同時、生身のガノアが異空間から転がり出た。


 どうやらあの鎧騎士が破壊されても、本体は死なないらしい。それでも一定のフィードバックがあるようで、ガノアは全身血塗れで瀕死だ。白目を剥いて失神している。


 うーん、持ち帰って研究材料にしたい。駄目だろうか? 駄目だろうなあ。


「こ、公爵家のガノアが負けた? いや、まるで勝負になっていなかった」

「圧倒的なんて言葉じゃ足りない。なんなんだ、アレも幻装騎士だっていうのか?」


 観客席からは困惑と恐怖の入り交じった声がする。

 ふむ。思えばこの実戦試験、『商品』をアピールする絶好の機会では?

 しかし能力を披露する間もなく、相手が勝手に自滅してしまったからなあ……。


「馬鹿も休み休み言いなよ! そんな下品で醜い鎧が、神聖不可侵にして絶対強者の幻装騎士であるものか!」


 そう叫んで観客席から降りて来たのは、童顔で中性的な印象の少年。

 ほうほう、観客席を守る結界は任意の者が通過できる仕組みなのか。


「おお、ジェイド・ブリザードだ! プロミネンス家に並ぶ公爵家の長子!」

「才能は《円卓》の嫡子たちに次ぐと噂され、クラス代表も務める氷の貴公子!」


 どうやらガノアと同程度に地位と知名度がある人物らしいが、正直どうでもいい。それより観客席の結界が気になる。ちょっと結界を張っている装置を解体して調べたい。


 ジェイドとやらは女子に人気があるようで、観客席からの黄色い声に甘ったるい笑顔で応じていた。かと思えば、担架で運び出されるガノアに蔑みの目を向ける。


「ガノアめ、入学すれば一ヶ月で僕を追い抜くと大言を吐いて置きながら、試験でこの醜態とはね。それも騎士王の血が薄い雑種ごときを相手に負けるなど! 純血にして正統な騎士王の末裔たる、公爵家のとんだ恥さらしだ!」

「少しくらい心配してやったらどうだ? お前、女に色目ばかり使って男に嫌われるタイプだろう。数少ない友人は大事にした方がいいぞ?」

「誰が友人だ!? あいつは因縁の敵、宿命のライバルだ! それも貴様みたいな雑種ごときに敗北するようではおしまいだけどね!」


 ジェイドは顔を真っ赤にして否定するが、傍から見ると腐れ縁っぽい態度だ。


 しかし同じ貴族でも純血だの雑種だの、くだらん格付けだ。遺伝子に優性劣性の概念は事実としてあるが、劣るモノをより強靭に仕立て上げるのが楽しいのだ。弱小ゴブリンをドラゴンより強大に育成する楽しみを知らないと見える。


「ライバルの仇討ちというなら大歓迎だが、今は試験の最中だ。そっちは在校生の先輩なのだろう? 試験を済ますまでは待ってくれないか」

「なにを勘違いしているんだい。これから行うのは、不届き者に対する誅罰だよ。そんな醜悪極まりない紛い物で騎士を騙った罪、万死に値するぞ」


 すると観客席から、他の生徒もゾロゾロと闘技場に降りてきた。


 扇状に俺を取り囲む人数は実に百人近く。クラスメイトだけでなく、派閥の手下どもといったところか。既に鎧騎士へと変身し、殺気はフルソロットルといったご様子だ。しかし舞台上にギュウギュウ詰めなんだが、それで戦えるのか?


 まるで怪人と戦闘員。俺がヒーロー側のポジションに立つ日が来ようとはなあ。


「教師や審判が止めに入ると思わないことだ。これが人を動かし、組織を動かす公爵家の力。下等な貴様とは立っている舞台が違う。格の違いを少しは認識したかい?」

「親の金と権力で群れなければ、喧嘩もできないのがお前の格か。確かに低レベルすぎて俺とは大違いだ。ところで、試験が十人の総当たり戦なんだ。お前たち全員を叩き潰せば、文句なしの合格だな? 手間が省けて結構なことだ」

「抜かせ! ガノアが単に技を制御できず自滅したのを、自分の実力なんて勘違いしやがって! その増上慢を死んで後悔しろ!」


 ジェイドも変身し、青い鎧騎士となる。武器は剣でなく、水晶のような矛の槍だ。


 素顔が見えずとも、悦に浸った笑いが透けて見える。弱い者を囲んで叩くのがそんなに楽しいのか。人でなしの俺に嫌悪感はないが、こういう輩は見飽きていてつまらない。自分に都合良く、見当違いの解釈をする馬鹿さ加減も含めて。


 ここはせいぜい、俺が面白くしてやらないとな。


「しかし相手が大罪人といえど、一方的な嬲り殺しでは高貴な血統に傷がつく。十秒だけ待ってあげるよ。その間に逃げ出すなり暴れるなり、好きなだけ抵抗するといい。下等で下劣なゴブリンの仮装で、なにができるか見物だよ!」

「ふむ。では、お言葉に甘えて見せてやろう。お前が見下したゴブリンの力を」


 俺は異空間から、ベルトに刺したのとやや異なる造形の短剣を取り出す。

 そして短剣を、右腕に備え付けられたスロットに装填。


『エンチャント』『《サンダードラゴン》』


 掲げた右手から雷が迸り、雲一つない蒼天を貫く。

 稲妻、落雷どころの規模ではない。まさしく竜が息吹を放ったかのごとき、雷光の柱だ。

 闘技場全体を照らす輝きで、顎が外れた生徒たちの間抜け面がよく見えること。


「喰らえ必殺。えーと、《雷竜拳ゴブリンチョップ》!」

「いや、これゴブリン関係ない……!?」


 無粋なツッコミごと、雷の瀑布が騎士たちを呑み込んだ。


 ――ゴブリンをドラゴンより強くする方法、それは実に簡単な話で。

 ドラゴンの力使えるよう、ゴブリンを改造してしまえばいいのだ。


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