第4話:変身


「魔剣になにか細工をしたときといい、今の再生といい、魔力を全く感じないだと!? 一体なにをしたんだ、どんな汚い手を使ったぁ!?」

「なぜ魔力を使わない=卑怯な手段になるのか。これは単に暗黒物質を用いた科学技術――と言ったところで通じないか。アレだ、大自然が宿す闇の力的なヤツだ」

「闇の力、だと!? そうか貴様、さては《魔族》に与して邪法に手を出したな!」


 しまった。つい中二心が疼いた言い回しで、変な誤解を招いたらしい。


 この剣と魔法の世界には、人類の天敵として定番の《魔族》や《魔王》がいる。

 今生でも異世界征服を企む身として、俺以外の巨悪は正直邪魔だ。ましてやそいつらの走狗扱いなど、甚だ不本意である。


「身の程も弁えず力を求め、悪魔に魂を売り渡したか! だが血統の劣る下等な下級貴族ごときが、いくら上辺だけの力を手に入れたところで! 我ら真に高貴なる血統との差は、決して埋まらないことを思い知るがいい!」


 こちらが訂正する間もなく勝手に自己完結して、ガノアは息巻く。さっきの熱波で脱水症状起こしかけている割に元気だな。


「貴様に真の騎士の力を見せてやろう! 《鎧召喚アムドライブ》!」


 高らかに叫んだガノアの全身に、魔法陣とも似て非なる紋様が浮かび上がった。

 光に包まれたガノアの姿が、全くの別物へと変わる。

 濃密な神秘に満ちた甲冑、赤銅の鎧騎士だ。


 ……単なる武装の召喚ではないな。騎士鎧の下は魔力に満たされ、生身の肉体が存在しない。どうやら異空間から呼び出した鋼の躯体に、意識を移し替えたようだ。本体は入れ替わりで異空間に収納したか?


 これはこれは。面白い出し物が用意されていたな。


「なるほど。それが《幻装騎士》の姿というわけか」

「そうだ! 騎士王の血脈に連なる者だけが纏うことを許された、神聖なる神秘の鎧! 偉大な祖先から代々受け継いできた、英雄の力! 貴様ら下賤な下級貴族がいくら汗水を垂れ流そうが、一生手が届かない真の騎士の証だ!」


 実際、大した代物だ。鎧の召喚に伴う時空間操作も、鎧そのものもガノアの技量や素質で可能な域を遥かに逸脱している。本人が言う通り自分で培った力ではなく、血統を通じて継承した貰い物なのだろう。


 特権意識に酔った戯言はともかく、なかなか面白いものを見せてもらった。


「確かに、その変身は俺には使えないな」

「ハハハハ! 当然だ! 貴様のような下級貴族に真似できるものか!」

「では、今度は俺の『変身』をお見せしよう」

「ははは……はい?」


 俺は暗黒物質による時空間操作で、異空間に収納していたアイテムを取り出す。

 一つは手のひらにやや余る大きなバックル。もう一つは刀身が結晶の短剣。


 バックルを体に当てると、ベルトが飛び出して腰にしっかりと巻きつく。そしてバックルに備わったスロット部分に、短剣を装填。短剣の柄には宝玉が嵌め込まれ、中にはゴブリンマークが。バックルにもゴブリンを象った装飾が施されていた。


 そして……ああ、この台詞は何度口にしても心が滾る!


「――変身!」

『《グレムリン》』『《ナイト》』『クロスアップ!』


 短剣の柄を捻ると、機械音声が鳴り響く。

 バックルから暗黒のエネルギーが噴き出し、黒風が俺の全身を包んだ。暗黒物質が俺の肉体を戦闘形態に変異させていく。


 そして闇が晴れて現れるのは、黒いアンダースーツに緑の装甲。

 鬼面の兜を被った異形の騎士の姿に、観客席は騒然となる。


「ご、ゴブリン?」

「グレムリンって、ゴブリンの亜種で風を操る、あの?」

「まさか、ゴブリンの騎士?」


 そう、まさしくゴブリンをイメージした騎士鎧だ。


 前世の最高傑作だった《大首領》を超える作品を目指し、この異世界で製作した我が肉体の試作型。記念すべきプロトタイプ第一号である。公の場で使うつもりだったので、ちょっとヒーローっぽさを意識していたりする。


 一目でモチーフがゴブリンとわかりつつ、ヒーローらしさを損なわないこの造形。俺としてはご満悦の出来栄えなのだが、向こうはお気に召さなかったようだ。


「き、貴様ァァァァ! よもやそんな、魔物畜生を模したハリボテで! 我が神秘の鎧と対等になったとでも!? 騎士の戦いを愚弄するかアアアアアアアア!」


 激昂したガノアが、燃えるマントから火を噴いて上空高くへ飛翔した。

 火の噴射が勢いを増し、闘技場の上を旋回しながらどんどん加速する。その軌跡で上空に大きな火の輪が出来上がった。小さい子供が喜びそうな曲芸だ。


 そして気が済んだか、加速した状態のままこちらに突っ込んでくる。


「幻装騎士の力を骨身で味わい、驚愕に目を見開いて死ね! これが全てを焼き穿つ紅蓮の刺突! 《フレアスパイラル・ストラッシュ》――!」


 剣を中心に渦巻く炎が螺旋の槍と化し、地面を焦がしながら迫る。

 俺は特に回避も防御もせず、ただ前方にかざした手のひらでそれを受け止めた。


 轟く衝撃。飛び散る火花。そして数秒のせめぎ合いの末、亀裂が走る。

 俺ではなく、赤銅の騎士の方に。


「え?」


 剣が砕け、腕が砕け、全身が砕けていく。

 突撃する勢いを止められないまま、赤銅の騎士は粉々に四散した。


 ガノアの必殺技的な突撃は、俺に傷一つつけられず。逆に反作用で返った、自分の技の威力で自分が砕け散ったのだ。

 なんというか、音速をかけた爪楊枝で鋼鉄の壁を貫こうとしたようなモノか。


「……ふむ、確かに驚愕したぞ。期待を大いに裏切る、あまりの弱さにな」



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