第6話:怪騎士


「ひい、ふう、みい。なんだ、残ったのはたった五人か」


 雷光が過ぎ去ると、射線上にあった舞台と観客席が消し飛んでいた。

 逃げる猶予は与えたので、観客席に死者はない。運悪く余波に引っかかって感電したものが数人いる程度だ。


 しかしジェイドと愉快な手下どもは、ジェイドを含む五人しか立っていなかった。後の九十余名は先のガノアと同様、変身が解けて瀕死。なにしに出て来たんだ?


「この凄まじい威力、まさにドラゴンの息吹……!」

「こんなの《円卓》の騎士でもなければ。いや、彼らにさえできるかどうかっ」

「ふざけるな! 公爵家ですらない下等な雑種に、これほどの魔法が行使できるはずがない! 第一、魔力を全く感じなかったぞ! なにか卑劣で下劣極まりない、不正な手段を弄したに決まっている! なんだ、一体どんな不正を行った!?」

「やれやれ。魔力なくして何事もなせるはずがないという、魔力全能主義とでも言うべきその考えをまず改めることだな。そもそも、本気でこの姿が見かけだけの、単なる仮装だとでも思ったのか?」


 まあ、デザインについては完全に趣味だが。

 しかしせっかくの質問だ。俺は腰に巻いたベルト――前世で培った技術に、この異世界独自の要素を加えて作り上げた、新しい変身アイテムについて解説する。


「ベルトに刺したこの短剣は《スフィアダガー》と言ってな。俺が発明した、魔物の能力を宿す短剣だ。こいつをベルトの《ゴブリンドライバー》に装填することで、人間に魔物の能力を付与エンチャントし、自在に操ることができる」

「人間が、魔物の能力を操るだと……!? そんなおぞましい、馬鹿げたことがあってたまるか! いや、仮に事実だとしても、なぜゴブリンが竜の雷を放てるんだ!?」

「これはまだ仮説の段階だがな。《ヴァンパイア》《ワーウルフ》《オーガ》《リザードマン》そして人間……ゴブリンはそれら多種多様の人型種族が分かれる前の、遠い共通の祖先。言わば人型原種に限りなく近い生物だと思われるのだ」


 俺が提唱した驚愕の学説に、場が静まり返る。

 魔物の遺伝子や古い地層の化石を研究するうちに、俺はこの仮説に至った。俺の説が正しければ、この世界の人類は猿でなくゴブリンから進化したことになる。


 そして始祖に近いが故の、他の子孫にはない特性がゴブリンにはあった。


「数多の種族へ派生進化した原種たるゴブリンの遺伝子には、あらゆる魔物の力に順応・適合し得る万能性が秘められていた。異なる種族とすら交配して繁殖できる圧倒的生命力、それこそがゴブリンの力。まあつまるところ、ゴブリンは汎用性に長けた基本形態として最適だったというわけだな」


 属性も種族も異なる魔物の力を同時に操れるのは、現状このゴブリン形態だけ。

 亜種のグレムリンを選んだのはほら、一号ヒーローには風がよく似合うだろう?


「我々が下賤な亜人や魔族と同じ血統、ましてや始祖がゴブリンだと!? なんという神の冒涜、聞いているだけで頭がおかしくなる! この狂人を今すぐ黙らせろぉぉ!」

「「「う、うわああああああああ!」」」


 なにやら勝手に半狂乱となって、ジェイドたちが攻撃を仕掛けてくる。

 生物学的にも面白い話だと思うんだが、ジェイドたちには難しすぎた様子。公爵家の教養も大したことないようだ。


「だから、まだ仮説の段階だと言っただろう? それに我ながら、あながち的外れな学説でもないと思うんだがな。その証拠に――」


『エンチャント』『《フォートレスタートル》』


 暗黒物質が甲羅型の障壁を形成し、騎士たちの放った魔法攻撃を防ぐ。

 同時に放たれた暗黒エネルギー弾で、避け損ねた騎士一人が爆散した。


『エンチャント』『《ストームグリフォン》』


 接近して斬りかかってきた騎士の剣を、鷲の翼が弾く。

 鉤爪の薙ぎ払いが竜巻を起こし、騎士二人がまとめて闘技場の外まで吹き飛んだ。


『エンチャント』『《アシッドスライム》』


 騎士が大型ハンマーを連続して振り回すが、液状化した俺の体をすり抜けるのみ。

 腐蝕性の高い毒液の体に触れたことで、ハンマーも騎士もグズグズに溶け崩れた。

 そして、最後に残ったのはジェイド一人。


「フォートレスタートルの障壁結界。竜巻を呼ぶストームグリフォンの爪。それに体をアシッドスライムの毒液に変えた……? まさか、本当に魔物の能力を? 馬鹿な、馬鹿なバカなバカナァァ!? こんなことありえない、あっていいはずがない!」


 ジェイドの魔力全てが槍に集中していく。特大の一撃を放つ構えだ。


「わかってるじゃないか。やはりバトルの締めは、必殺技の応酬でなくてはな!」


『《グレムリン》』『イグニッション!』


 俺も応じて、スフィアダガーの柄を捻る。これでダガーに宿ったグレムリンの能力を出力全開に。吹き荒ぶ黒い風を右足に集束させ、俺は天高く跳躍する。

 空中で一回転の後に放つは、幼き日から憧れた必殺キック!


「消えろ、バケモノめええええ! 《ブリザード・トライデント》――!」

「《疾風のストライクエンド》――!」


 三条に絡み合う吹雪と、黒風を纏った急降下キックが正面から激突。

 そして黒風が吹雪を穿ち、俺の必殺キックがジェイドに突き刺さった!


 蹴りの威力と風で鎧騎士は宙を舞い、体内深く撃ち込まれたエネルギーで大爆発。


 やはり本体は死んでいないが満身創痍で戦闘不能。期待外れの弱さだったが、初登場補正と思えば良い無双ができたと言える。なによりヒーローには王道の『爆発をバックにヒーロー着地』ができたので、俺としては大満足の結果だ。


「ば、バケモノめぇぇ。貴様は、貴様は一体なんなんだ!?」

「通りすがりでもない怪造人間……いや、せっかくの騎士王学院だ。さしずめ、こう名乗るとしようか。奇々怪々なる異形の騎士――怪人ならぬ《怪騎士》と」


 こうして、俺は華々しい学院デビューを飾ったのであった。


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