第2話:キャメロット騎士王学院
俺の名はギルダーク・ブラックモア。
前世で最期の大実験に見事成功し、異世界転生を果たした悪の大首領である。
いやはや、まさか本当に異世界転生してしまうとは。我ながら自分の天才的頭脳と科学力、そして馬鹿と紙一重の悪魔的発想が恐ろしい。
なにせ世界征服が順調すぎて退屈していた頃、暇潰しに某小説投稿サイトを閲覧しながら「そうだ。異世界転生、しよう」という思いつきの結果がこれだ。京都に旅行するノリで異世界転生してしまう俺、マッドでサイエンティストすぎるのでは?
「ふむ。ここが勇者の末裔が集う学び舎か」
入学案内を受け取ってから一ヶ月後。
俺は城のような、というか城そのものである《キャメロット騎士王学院》の正門前に立っていた。古びているが厳かで、歴史と伝統を感じさせる王道の中の王道といった感じの城だ。なんでもアーサー王が《騎士王》と呼ばれる以前の居城だったとか。
新しい城に騎士王が居を移して以降、ここは騎士を育成する学院となった。末端の下級貴族ながら、騎士王の血を引く俺も今日からここの生徒である。
勇者の末裔だとかいう、面白そうな実験材料が山ほどいる学院……ああ楽しみだ!
「ククク。ハーッハッハッハ!」
「ひゃ!?」
「ん?」
思わず高笑いしたら、横から悲鳴が。
俺と同じ新入生なのだろう。左胸に赤い竜の紋章が輝く、真新しい学院の制服を着た少女がいた。肩にかかる長さまで伸びた蒼銀の髪に、同じく蒼の瞳。柔らかく華奢そうな肢体と、子猫めいた愛嬌のある整った目鼻立ち。良からぬ輩が「カモ」だと舌なめずりしそうな類の美少女だ。
――尤も、それはあくまで表面上の話だが。
「お前も新入生か? 俺はギルダーク・ブラックモアだ」
「私は、その。シンディ、です」
「そうか。大きな声で驚かせてしまったようで悪かったな。しかしこれもなにかの縁と思って、仲良くしようじゃないか」
「ええと、はい。よろしく、です」
やや口調をどもらせたシンディを伴い、正門をくぐって歩き出す。
……黒い痣が浮かんだ足を引きずる彼女に、歩調を合わせて。
「? あの、なんで?」
「ん? こちらから一緒に行こうと誘ったんだ。足が不自由らしいそちらに合わせるのは当然の配慮だろう? 少しばかり人体には詳しいのでな、一目でわかるのさ」
なぜかシンディはますます驚いたように、元々ぱっちりした目を大きく見開く。
はて、そこまで驚かれるような奇行は『まだ』した覚えがないんだが。
「ハッ! 五大公の恥が、よくおめおめと神聖な学院に顔を出せたものだな!」
唐突に、進路を遮るように現れた男が、周囲へ聞こえよがしの大声を張り上げた。
赤みがかった真ん中分けの髪に着崩した制服。如何にも素行の悪そうな優男だ。
「なんだ、お前は? 急に横からキャンキャンとうるさい」
「貴様! 《円卓》の五大公に次ぐ公爵家の、このガノア・プロミネンスになんという口の利き方……コホン。いいかい、私は親切心から忠告してやっているんだぞ?」
「忠告?」
「そうとも。学友はよく考えて選べとな」
ガノアとかいう男は嘲りの目をシンディに向けながら、無駄に大きな声で言う。
「そいつはシンディ・アロンダイト! 畏れ多くも騎士王に仕えた英雄《ランスロット》の血を引きながら、歩くという当たり前の行為すらままならない欠陥品! 千人に一人湧いて出る、貴き血筋を汚す出来損ないなんだよ!」
声高に喚くガノアに同調するようにして、周囲からも嘲笑の声がこぼれた。
ふむ。どうもこちらの世界では、肉体に障害のある人間を蔑視する思想が根付いているらしい。健全な魂は健全な肉体に宿るというが、肉体が健全でない人間は魂も不出来であるという理屈か。実につまらないしくだらない。
しかし思想はともかく、シンディの障害についてはなかなか興味深い話だ。
「千人に一人の割合で現れる身体障害か。貴族だけに現れるというなら、魔力を制御する《魔力経絡》の不調か? 黒い痣との関連性は? うむ、実に興味深い! 初日から貴重な症例持ちの友人ができるとは、俺も運が良い!」
「な、は、え?」
俺がにこやかに笑って握手すると、口を半開きにして困惑するシンディ。
俺の反応が余程予想外かつ気に入らなかったか、しばし呆けた後でガノアは声を荒げながら詰め寄ってくる。
「貴様、私のありがたい話を聞いていなかったのか!?」
「ん? ああ、解説が終わったなら用済みだから消えていいぞ。信条も理念もなく、ただ右に倣えで周りに流されるだけの凡愚には欠片も興味が湧かないんでな」
「凡愚!? この私を凡愚だと!? 私はプロミネンス公爵家の――」
「貴様の家柄なんぞどうでもいい。親が健康で繁殖を励みさえすればいくらでも生まれる公爵家子息より、千人に一人生まれるかという出来損ないの方が遥かに希少価値が高い。ホブゴブリンとゴブリンの突然変異種くらいには違う」
「ご、ゴブ――!?」
神をも畏れぬ暴言を聞いたかのような顔で、ガノアと周囲が絶句する。
貴族をゴブリンに例えたのがそんなにおかしかっただろうか?
醜悪で野蛮で愚か。貴族というか人間とゴブリンの違いなど、衛生管理に対する意識の高さくらいのモノ。あえて猿ではなくゴブリンをチョイスする辺り、我ながら笑えるジョークだと思うんだが。
残念ながら、受けたのは一人だけの模様。
「ぷっ。ふふふ」
静まり返った場に、シンディの小さな笑い声がやけに大きく響いた。
やば、という顔で縮こまるシンディ。一挙一動で卑屈な態度の弱者を装うが、所詮は演技。無用に事を荒立てないためのポーズに過ぎない。
そうとも。ガノアに自分の素性を言いふらされ、周囲から嘲笑と侮蔑の目を向けられても、シンディは全く動じていなかった。なにも言い返せない負け犬だと、周りの好きなように思い込ませつつ。瞳の奥では有象無象どもを冷ややかに値踏みしていた。
それだけに、俺の反応は予想外だったと見えるが。
いやはや実に面白い女だ。本当に、初日から出会いに恵まれた。
「貴様ぁ、よくもそんな大それた侮辱を……!」
一方でガノアは高慢ちき貴族にありがちな、なんの意外性も面白味もない反応だ。
怒りに目を血走らせながら、魔法陣を多重に展開。
ガノアの手のひらより、青白い炎が燃え上がった。
「なに?」
「どうだ! これこそ我が家名の象徴たる、太陽の業火! 平伏して許しを乞うなら今のうちだぞ! それともそこの出来損ない諸共、粛清してやろうか!」
……いや、ガスバーナー片手に脅しをかけられてもなあ。
ガノアが魔法で生み出した炎は、地球で言えば中学校の理科で使うガスバーナー程度の火力だった。温度にしてせいぜい千五百度といったところ。
そりゃあ、生身の肌に押しつければ火傷くらいさせられるだろう。当て所によっては殺傷も一応可能か。しかし太陽の紅炎は一万度、規模に至っては地球数個分だ。いくらなんでも誇張が過ぎるだろう。家名が泣くぞ。
あまりに幼稚な火遊びに言葉も出ないが、ガスバーナーを振り回すような不良にはお仕置きが必要だな。実験器具は玩具じゃないのだ。
俺が軽く指を振るうと、闇の粒子が発生してガノアの手元に集まる。
そして魔法陣が闇の粒子によって分解され、炎はあっけなく霧散した。
「な!? 太陽の業火がひとりでに消えただと!? なんだ、なにが起こった!?」
「なんだもなにも、火遊びは危ないから俺が消してやったんだ」
「デタラメを言うな! 魔法陣はおろか、魔力も全く感じなかったぞ! この私に気づかれず魔法を行使できるはずがない!」
ふむ、予想通りのつまらないリアクションだな。
両親の反応で既に知っていたことだが、この世界の人間は俺が操る闇の粒子――《
地球に於いて、宇宙を満たす物質として提唱された《暗黒物質》。前世の俺はその実在を証明し、その性質を解明し、その利用法を確立した科学者だった。
暗黒物質は電気や石油に替わる新しいエネルギー源となり、フィクションに語られる様々な技術を現実にする新元素となった。人類の外宇宙進出を百年も千年も早めた功労者として、俺の名は間違いなく歴史に名を残しただろう。
……尤も。そうして得た富と名声を悪用し、俺は《怪造人間》を開発して悪の組織を結成したわけだが。
ともかく暗黒物質を利用すれば、こんな風に一見して魔法じみた所業も可能となる。
しかしこの世界の人間は、魔力やその源である《マナ》は感じ取れても、そのマナから抽出した暗黒物質は全く感じ取れない。彼らにとって魔法以外の摩訶不思議などありえないこと。だからなにが起きたかわからず狼狽する。
「くだらんハッタリで私を脅かそうなどと、不敬「動くな」なんっ!?」
今も、突如全身が動かなくなった理由がわからず、ガノアは顔を青褪めさせた。
単に暗黒物質で全身を覆い、物理的に拘束しただけだというのに。
このまま八つ裂きや圧殺は簡単だが、それじゃあ面白くないな。
俺は暗黒物質を操作して重力場を構築しつつ、ポカン顔のシンディに呼びかけた。
「そら、今なら殴り放題だぞ? あれだけ公然と侮辱されたんだ。一発と言わず十発でも百発でも仕返しするといい」
「え、でも、その」
「もう一つ付け加えるとだ。……この馬鹿で矮小なだけの凡愚を怒らせるより、俺の不興を買う方がずっと後が怖いと思うぞ?」
にっこりと邪悪に笑って見せれば、こちらが本気だと無事伝わったようだ。
シンディは観念したように息を吐いた後、別人のように表情が一変する。こっちが素であろう荒んだ目つきと好戦的な笑みで、上半身を大きく捻る異様な構えを取った。
足腰の不自由を補うためか。手首・肘・肩・上半身の関節全ての『捻り』を連動させ、練り上げた力が拳の一点に集約する。格闘技術はともかく人体に精通した俺から見ても見事な渾身の一撃が、ガノアの頬に深々と突き刺さった。
そして――。
「ブルアアアアアアアア!?」
異様に軽々とふっ飛んだガノアの体は、建物や生徒たちに激突してはピンボールのごとく跳ね回り。最後は空の彼方に消えて星となった。
これには殴った本人も目が点。俺は腹を抱えて大爆笑である。
「ブハハハハ! 物凄くふっ飛びっぷりだったな! アハハハハ!」
「な? へ? え? え?」
「ククク。簡単に種明かしをするとだ。あの馬鹿の体重をうんと、それこそ風船よりも軽くしてやったのさ。しかしシンディの一撃が期待以上のものだったから、予測以上に派手なふっ飛び方をしたな! もう宇宙まで飛んで行ったんじゃないか? アハハ!」
「ウチュウってなに? というか笑いすぎ……。ああ、もうっ。これで完璧に目をつけられちゃったじゃない。私の平穏な学院生活がぁぁ」
「それはどの道不可能だっただろう? 同じ悪目立ちなら、思い切り『悪く』目立ってやった方が断然楽しいぞ。実際――凄く気持ち良かっただろう?」
俺の視線に釣られて、恐れ戦く間抜け面の野次馬どもを見回すシンディ。
自然とその口角が上がり、見所のある悪い笑みが浮かび上がっていた。
「君、一体何者? もしかして人間に化けた悪魔とか?」
「れっきとした人間だとも。ただし、人間は人間でも《怪造人間》だがな」
ああ、全く。楽しい学院生活になりそうだ。
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