騎士王学院の怪騎士~悪の組織の大首領にして最強怪人、転生して剣と魔法の異世界を征服する~

夜宮鋭次朗

第1話:【序】最終回「悪の組織壊滅! 大首領の最期!!」


 全ての始まりは、野心でも支配欲でもなく『好奇心』だった。


 幼い頃から親しんだ、特撮を筆頭とするヒーローの物語。

 そこには必ずと言っていいほど、世界征服や人類滅亡を企む《悪》の存在があった。


 当然、現実にそんなわかりやすい巨悪は存在しない。同じだけの被害を振り撒く害悪はいくらでもいるのに、それを打倒する正義の味方もまた現実には存在しない。ヒーローや団結した人類が巨大な悪を倒すなど、所詮フィクションだけの話。


 しかし、ふと疑問に思ったのだ。


『この巨大な悪が現実に現れたら、世界はどうなるのだろうか』

『人々は国や人種のしがらみを超えて団結できるのだろうか』

『たった一人でも敢然と立ち向かうヒーローは現れるのだろうか』


 人一倍どころか百倍は好奇心旺盛な自分は、それを確かめたくて仕方がなかった。

 確かめられるだけの、世界を脅かせるほどの頭脳と力が自分にはあったから。

 人の真価を、世界の真理を、自らの手で試さずにはいられなかったのだ。


「――その結果が、これだっていうのか?」

「ああ、そうだとも。人類と世界の価値を確かめる。私はそのためだけに《怪造人間》を生み出し、悪の組織を結成した。破壊の限りを尽くし、世界を恐怖に陥れたのだ」


 日本・太平洋沖から浮上した空中要塞《地獄城》。

 気象掌握兵器《ゼウス》によって世界規模の天災を引き起こした悪魔の居城は、崩壊を始め海の藻屑となりつつあった。


 その最上層、玉座の間に当たる場所で対峙する者が二人。


 どちらも昆虫めいた装甲に身を包む、異形の仮面を被った戦士だ。片や黒と金、魔王のごとき禍々しい威風を放ち。片や青と銀、異形の中に騎士らしい清廉さを宿す。悪の首魁と正義の味方、実にわかりやすい構図だった。


 全ての元凶、諸悪の根源たる《大首領》は血を吐きながら笑う。


「最初は酷く退屈させられたものだ。非力で脆弱な抵抗。後手後手の御粗末な対応。保身と利益しか頭になく、団結するどころか互いに疑い憎しみ争い合う人々。フィクションでとっくに飽き飽きしている、人間の弱さ醜さ愚かしさばかりを見せつけられた」


 つまらない予測ばかりが的中し、期待だけはことごとく裏切る世界。

 こんなもの、支配する価値がどこにある。過去の覇王たちが世界征服を諦めた理由も、実はそんなところだったのではないか。


「いっそ、世界の全てを綺麗サッパリ焼き払ってやろうかとも考えたよ。だが――貴様という計算外が現れた。現れてくれた。荒唐無稽なまでの、本物のヒーローが」


 日々量産される怪人の中で、ちょっとしたバグのように生まれた脱走者。

 組織に離反し、人知れず人々を守ろうと立ち上がった裏切り者。


 彼のあまりにちっぽけな反逆は、しかし次第に多くの協力者を集め、ついには世界中の人々を一つに団結させた。その結果、世界中で暴れた怪人軍団は壊滅し、この地獄城も沈黙。生涯の最高傑作となった我が身さえも、死闘の末に打ち砕かれた。


「正義だの、愛だの、勇気だの、希望だの、絆だの……どれ一つとして信じてはいなかった。今も理解はできない。だがそれが如何に強いものか、私はこの身で存分に味わうことができた! なにせ、最高最強の怪人となった私を打ち破って見せたのだからな!」


 怪造人間としての性能は、間違いなくこちらが圧倒的に勝っていた。

 しかし何度叩きのめしてもヒーローは立ち上がり、最後の必殺キックのぶつかり合いで、砕かれたのはこちらの方。おかげで胸から下が綺麗に消し飛んだ。計算の合わない、理解不能の敗北。その不可解こそが楽しくて仕方がなかった。


 秒単位で迫る「死」を実感しながらも、楽しくて楽しくて笑いが止まらない。


「とても痛快な気持ちだ! 貴様との戦いほど私を恐怖させ戦慄させ、そして熱狂させてくれる体験はなかった! 満足だ! 私はこの上なく満足したぞ、ハハハハ!」

「そんなっ。そんなことのために! 自分一人の満足のために、お前はこんなにも大勢の人たちを傷つけたのか!? 世界中を巻き込んで、何万何十万の命を踏み躙って!」

「ああ、そうだとも。私は私の好奇心さえ満たせれば、他の誰がどうなろうとどうでも良かったのだ。自分さえ笑顔になれればいい――それは私もお前も飽きるほど見てきた、人間の本質の一つではないか? それだけではないことも、お前は証明したわけだが」


 正義の味方の激昂を、悪の大首領はくつくつと笑って受け止めた。

 敗北したことに対する悔しさは多少ある。

 しかし自分にとって世界征服は手段に過ぎず、達成できたかどうかは重要でない。


 自身が巨大な悪となることで、人間が秘める輝きを、本物のヒーローを目にすることができた。それで自分は大満足だ。後悔など何一つない。


「……お前の馬鹿げた遊びはもう終わりだ。海の底で永遠に眠れ」

「ああ、終わりだとも。だから私は――次の遊びを始めるとしよう」


 周囲の床が開き、下から大規模な装置が姿を現す。

 二重の金属環が自分を囲い、黒い雷を帯びながら回転を始めた。


「な、なんだ!? この期に及んで、なにをするつもりだ!?」

「うむ。唐突な話になるのだがな。私は一年前、別次元の宇宙……いわゆる『異世界』の存在を観測してね」

「は、はい?」


 予測通りのリアクションで、期待以上に気の抜けた声を宿敵が漏らす。

 また一つ新しい発見にほくそ笑みながら、世間話のごとく続けた。


「そこに我々の世界と似て非なる地球型の惑星、そして人類と似て非なる人型種族を発見した。この《次元断裂装置》で私の魂をデータ変換し、次元を越えて異世界人類の赤子に転送する。流行りの言葉を借りるなら、『異世界転生』しようというわけだ」


 これが生涯最後にして最期の大実験。


 なにせ世界初の試みなので、成功確率は未知数だ。魂等のデータ変換と別次元への転送までは確実だが、無事に異世界の赤子に定着できるかは神のみぞ知る。ほら、異世界転生モノだと転生は神による所業が定番だし。


「貴様の活躍は存分に楽しませてもらった。だが……ここがピークだろう。私をも倒した貴様という危険な兵器を、世界は決して受け入れまい。あとは自分が守った人類に殺されるか、自分が人類の新たな敵となるか。どう転んでも私の興味を引く展開にはなるまい。だから私は新しい楽しみを求めて、新天地を目指すことにした」


 我らがヒーローは、話を半分も呑み込めていないご様子だ。

 理論からきっちりたっぷり説明したいのは山々だが、生憎と時間がない。


 金属環が回転速度を上げるに連れ、暗黒のエネルギーが自分を中心とした力場を形成。震動がどんどん激しくなり、床どころか空間そのものに亀裂が走っていく。


「そら、早く脱出した方がいいぞ? なにせ次元の壁をこじ開けるのでな、余波でこの要塞は跡形もなく消し飛ぶ。日本への被害なら心配しなくていい、せいぜいサーフィンにもってこいの高波が届く程度だ。ヒーローらしく、要塞の爆発をバックに颯爽と凱旋するといい。バイクで風を切り、マフラーをなびかせて最高にかっこよくな」

「――ふざけんなよ、本当に。散々好き勝手して人も世界を滅茶苦茶にしといて。最後の最後で、ただのヒーローオタクみたいなこと言いやがって……!」


 みたいもなにも、自分は紛れもないヒーローオタクだ。人の心がわからない人でなしで、非凡な才能を持って生まれた結果こうなっただけの。


 相棒のバイクに跨り、ヒーローは去っていく。遠ざかる後ろ姿は、まさに幼い頃大好きだった正義の味方そのもの。消えてしまうまで、いつまでも見惚れていた。


 後に残されるのは、無様なスクラップと化した怪物が一匹。

 世界を脅かした悪党に相応しく、ひとりぼっちで死んでいく。

 それでいい。巨悪は倒されてめでたしめでたし、物語はそうでなくては。

 誰も信じやしないだろうが、自分はハッピーエンドが好きなのだ。


「あー、楽しかったなあ。あははっ。ハハハハハハハハ!」





 大首領の笑い声は誰に届くこともなく、漆黒の閃光に呑み込まれる。

 あらゆる色彩を、音すら喰い尽くす闇色の爆発が、地獄城を一瞬で消し飛ばした。

 そして……闇を突き抜ける、銀色の流星。

 朝日に照らされた海上をバイクが走る。平和を取り戻したヒーローが帰ってくる。

 こうして、一つの物語が幕を閉じたのであった。









 ――そして。

 ――地球の誰も与り知らない異世界で、新しい物語が動き出す。


「ギルー! ちょっと来てちょうだいー!」

「む。どうした母上? また魔道具を故障させたのか?」


 とある下級貴族の屋敷。

 庭で機械いじり中だった黒髪金目の少年は、母親の呼びかけを受けて家の中に戻る。


 その背後で植木鉢から変形した機械の蜥蜴が、庭に侵入した毒蜂を火のブレスで燃やした。なんということはない、少年が生まれてからこの家では日常茶飯事の光景だ。


 それはともかく。母が少年に手渡してきてたのは、一通の手紙。


「《キャメロット騎士王学院》への入学案内?」

「ええ。古の時代に魔王から世界を救った勇者《騎士王アーサー》様が設立なさった、《幻装騎士》を育成する学校なの」

「私たち貴族は皆、多かれ少なかれアーサー王の血を引く末裔。偉大なる騎士王から受け継いだ『騎士の力』を育むための学び舎が騎士王学院なのだ。ギルダークも今年で十六歳、学院に通う歳になったわけだ……子が大きくなるのは、早いものだなっ」

「あなたったら、入学する前から感極まってどうするのよ」

「つまり、俺はこれから勇者の末裔が集う学院に通うと?」

「不安? そうよね、あそこは代々血気盛んが過ぎる校風だし。階級の違いや家同士の因縁で諍いも絶えないし。なまじ《決闘》制度なんてあるから、毎日血がドバドバ……ああ、心配だわ! ギルは本を読むのが好きで、道具作りが得意な大人しい子なのに!」

「なに、心配はいらないさ。なんたってギルダークは天才だ! 魔力測定でも桁外れの数値が出るに違いない! お前なら学院のトップまで駆け上がり、女の子にもモテまくってウハウハのハーレムスクールライフが待っていることだろう!」

「あなた。それはご自身の経験談かしら?」

「ち、違うぞ!? これは学友だったランスロット卿の話で――あぎゃああああ!」


 仲睦まじくオハナシする両親のことは、既に少年の眼中になかった。

 少年の胸を満たすモノ。それは、旺盛にして悪逆非道の好奇心。


「勇者の末裔……自分の体をしたときに解剖して見た限り、地球人類との大きな差異はなかった。しかし騎士の力とやらが血統に依存する代物なら、血の濃い個体には肉体にも固有の特徴があるのでは? 未知の内蔵器官、未知の身体構造、未知の実験材料。学び舎というからには、多種多様にして山ほどの実験材料が! そしてその中から、果たして俺という巨悪に立ち向かう《ヒーロー》は現れるのか……ああ、楽しみだ!」


 目つきが鋭く端正な顔に、世にも邪悪な笑みを少年は浮かべる。


 海に面した領地を持ち、規模こそ小さいが交易と漁業が盛んで、そこそこ豊かな下級貴族ブラックモア家。その長男として生まれた彼こそが――地球で世界を震撼させた悪の大首領、その転生体なのである。


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