空の巣
古谷茶色
空の巣
この森には秩序がある。ある一羽の鳥による秩序。その鳥はさほど大きくはない。しかし、どの動物よりも美しい。その透き通るような白い体は青い空にはよく映え、白い雲には同化する。その白い鳥は毎日森中を飛び回り、小鳥や小動物の安全を見て回る。腹をすかした動物には餌を分け与え、雛が巣から落ちてしまった時には巣に返す。そんな白い鳥を森の動物たちは何よりも頼りにしていた。その思いに応えるように白い鳥は今日も森中を飛び回る。
ある夜、動物たちが寝静まった頃。鋭く劈くような声が森中に響いた。白い鳥は巣からすぐに飛び出し、その声がする方へ急いで向かった。そこには森で見たことがないほど大きな鳥がいた。一羽ではない。数羽の群れで森の上を旋回していた。まるで何かを探すように、森の中の気配を伺うように飛んでいた。白い鳥はこの危機を皆に知らせるため、巣へ急いで戻った。すると、白い鳥の巣には森中の動物たちが集まっていた。あの声を聞いて恐怖を感じ、白い鳥を頼ってきたのだ。白い鳥は皆を包むようにゆっくりと羽を広げた。遠くからまたあの鋭い声が響いた。何度も何度も。その度に動物たちは体を震わせた。白い鳥はその声に細心の注意を配りながら、動物たちに優しい表情でうなずいた。大丈夫だ、と語るように。一定間隔で聞こえるその鋭い声は、徐々に動物たちがいる白い鳥の巣に近づいていた。大きな羽を羽ばたかせる、鈍重な羽音も聞こえてきた。気が付くとその音は、白い鳥の巣がある大きな木の真上から聞こえていた。真上ではその木を中心に旋回する大きな鳥たち。いつ襲ってくるかも分からない状況。襲ってくることは明白。しかし、逃げることすらできない。巣の中は溢れんばかりの緊張感に満ちていた。朝日が地平線の先に少し頭を出し、あたりは仄かに明るくなっていた。ふと白い鳥は瞳を閉じた。そして、ゆっくりと羽をたたみ、また瞳を開けた。次の瞬間、白い鳥は巣から勢いよく飛び出した。朝日へ向かって一直線に。必死に羽を羽ばたかせた。まるで巣から光の矢が射られたように見えた。大きな鳥たちはその光の矢を見ると、すぐにそれを追いかけた。白い鳥は自らの後方に追ってくる影を確認し、さらに速度を上げ飛び続けた。巣の中の動物たちはその様子をただただ見ることしかできなかった。
それから丸一日たった朝。傷だらけの鳥が地面に突っ伏していた。自分が倒れている場所がどこなのか、大きな鳥たちはどこへ行ったのか何も分からないが、今は痛みと空腹で突っ伏すことしかできなかった。その鳥は自分の意識がはっきりすると、今倒れている場所を認識した。ここは人が住む集落らしい。その鳥はなんとか起き上がり、近くの家の裏に近づくと、ひたすらにごみを漁った。どんなものでも口にした。そして、あらゆる痛みをこらえながら、傷だらけの鳥はあの森の方へ飛び始めた。
森へ着いてすぐに自分の巣へ向かった。しかし、巣の中には動物たちはいなかった。それを確認すると、森中を飛び回った。すると、一羽の小鳥が水辺で水を飲んでいるのが上空から見えた。その鳥は小鳥の近くに静かに降り、近づこうとした。水を飲んでいた小鳥はその羽音に気づき上を見上げた。その瞬間、小鳥は力いっぱいに羽ばたき、その場から飛び去った。同時に、仲間に危険を知らせるように甲高い声で鳴いた。傷だらけの鳥は小鳥を目で追ったが、追いかけはしなかった。ふと自分の姿が水辺にうつった。そこに映っていたのは透き通るような白い姿ではなく、固まった血が全身を覆うどす黒い姿であった。光に当たると赤黒く光る恐ろしい姿。自分の姿を受け入れるのにどれほど時間がかかっただろう。しばらく水面に映った自分の姿を見ていると、自分が周囲から見られていることに気づいた。その視線の先を見ると、それは森の動物たちだった。しかし、前のような信頼の視線ではなく、恐怖や警戒。動物たちが近づいてくることはなった。黒い鳥は瞳を閉じた。しばらくそのままその場に居続けた。そしてゆっくりと瞳を開き、そのまま上空へ飛びあがった。そして、自分の巣へ戻ろうとした。黒い鳥が自分の巣がある大きな木の近くまで来ると、今度は別の視線を感じた。恐怖や警戒ではなく、紛れもない敵視。今にも襲い掛かってきそうな殺気を感じた。それは先ほどまで怯えていた動物たちだった。その木に近づく黒い鳥を必死に威嚇しているのだ。まるで神聖な場所を守るように。黒い鳥は何も言わず、森から離れるように飛んで行った。
その後、黒い鳥が森に帰ってくることはなかった。森の動物たちは未だに白い鳥の空っぽの巣を守り続けている。
空の巣 古谷茶色 @furucha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます