日常へ

第96話 お母さん

 気が付くと、俺は知らない所にいた。足元には緑色の草が敷き詰められている。涼しい風が、頬を撫でる。此処は何処なんだ。俺は、あのテレパスと戦って、いつもの疲労で倒れて……。


 臨死体験ではないよな。俺、死んでないもんな。


「何かの能力、でもないよな」


 そんな能力、聞いたことないし、そもそもどんな能力だよ。考えすぎか。職業病ってやつだな。多分、これは夢だろう。不思議な夢だ。


「……奏? 」


 女性の声がした。聞いたことのないはずなのに、どこかで聞いたことがあるような。ゆっくり振り返ると、俺と同じ銀色の髪の女性がいた。


「お母、さん? 」


 女性に近づくと、彼女は優しく微笑んだ。この、綺麗な人が俺のお母さんか。


「これ以上、近づいたら駄目。大きくなったのね、奏」


 お母さんの足元には、真っ赤な彼岸花が咲いている。赤い絨毯じゅうたんのようだ。彼岸花、彼岸……そういうことか。


「もう17だからな。でも、何で会えているんだ? 此処は何処だ? 」

「もうそんなになるのね。此処は、彼岸と此岸……あの世とこの世の境目よ。私が会わせてもらえるように、頼んだの。今日は私の命日だから」


 今日(……何日だ? )が、お母さんの命日なのか。それで会えている、と。お母さんが俺の手を握る。その手は、酷く冷たかったけど、どこか温かかった。


「奏、ごめんね。1人にして、寂しい思いをさせてしまって。本当に、ごめんなさい」


 お母さんの声が震える。確かに、俺はずっと1人だった。でも……。


「謝らないで。ずっと1人だったのは、本当だけど。今こうしていられるのは、お母さんが、俺を守ってくれたからだ。ありがとう」


 お母さんの瞳から、涙が零れ落ちる。俺の手を握ったまま、静かに泣いていた。つられたのか、分からないけど、俺の目頭もじんわりと熱くなった。視界が歪む。


「それに、俺はもう、1人じゃないんだ。誠にも会えたし、同じ先天性の能力者の仲間や、頼れる大人、俺みたいになりたいって言ってくれる人もいる。もう、寂しくないんだ」


 いつの間にか、俺の周りには色々な人がいた。1人だけだった世界が広がったんだ。


「そう……よかった。よかった……」

「うん。だから、安心して、彼岸で待ってて」


 風がこもった熱を取り除く。今、現実世界は何時なんだろうか。


「分かった。待ってるね」


 そう言い、お母さんはにっこりと笑った。


「もう、戻らないとな。そろそろ起きないと、皆に怒られそうだ。またね、お母さん」


 頑張って、精一杯の笑顔を作って言った。


 次第に、音が遠ざかり、目の前が真っ白に染まっていく。自分の体に意識が戻ったのが分かり、ゆっくりと目を開けた。

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