第70話 秘密と記憶

 その日の夜、何故か消灯時間になっても眠れなかった。ベランダに出ると、一静がいた。俺の部屋の右隣が焔、左隣が一静の部屋なんだ。


「一静も寝れないんですか? 」


 いつもの黒いマスクをしていなかった一静は、口元を手で隠す。


「あ、すみません。突然話しかけて」

「いえ……その、こちらこそ、すみません」


 にしても、一静は何でいつもマスクをしているんだろう。理由、訊いてもいいんだろうか。


「一静がいつも口を隠している理由、訊いてもいいですか? 」

「別に、大した理由じゃないですよ」


 そう言い、口を覆っていた手を離す。何かあるように見えないけど……そう思っていると、ちろっと舌を出した。彼の舌の中央に、銀色のピアスが付いていた。


「その、2年前に記憶を失ったじゃないですか。その時に、僕が僕だという証が欲しくて……開けたんです。でも、引かれると思って、隠してました」


 恥ずかしそうに言う一静。驚いたけど、別に良いんじゃないか。まぁ、引く人もいるかもしれないけど。


「別に引きませんよ。何と言うか、彩予が知ったら興奮しそうですけど」


 「いといと、どうやって開けたの!? 凄い!! 」とか何とか言いそうだ。一静も頷いて言う。


「何となく分かります」


 苦笑いを浮かべる。皆、色々あるんだな。少し冷たい、夜の風が吹く。記憶を失うって、どれだけ不安なことなんだろうか。自分が誰なのかも分からなくなるんだよな。


「そういえば、一静って記憶が戻ったんですっけ」

「いえ、2年前の事件の光景を思い出しただけで、記憶は戻ってません。2年前より前のことは、何も」

「そう、なんですね」


 2年前の事件、あの光景を思い出したのか。それでも平気なのは、死んでいる2人が知らない人だからなのだろうか。一静の記憶が戻らないのは、一静の心を守るためなんだろう。


「もう、戻らなくていいって思ってます。記憶が戻った時、僕が僕でいられるか分からなくて、少し怖いんです」


「多分、一静が記憶を失ったのは、一静を守るためだと思います。だから、戻るときに戻ると思いますよ」

「そうですね」


 ふと、一静が笑う。あぁ、彼はこんな風に笑えるんだな。元々の一静がどんな人なのかは分からない。でも、今の一静のことはそれなりに知っているんだ。大切な仲間だ。


 部屋に戻って、ベッドの上で考える。次はどんな仕事が入ってくるんだろうか。瞬は大丈夫なんだろうか。政府がどう動くか分からないけど、意外とどうにかなるんじゃないか。今度は誰も怪我をしないように、頑張らないとな。明日も瞬のお見舞いに行くかな。

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