第25話:形勢逆転
夕べはほとんど眠れなかった。しかし目覚めは快適といえる。疲れもほとんど残っていない。
空はあいにくの雨模様である。小雨がパラパラと降っているが、作戦実行への支障はなさそうだった。
小栗はいつも通りジムで軽く汗をかき、シャワーを浴びてから闘争服に着替えた。それから好物のカップヌードルをすすりながらライフル銃の作動を丹念に確認した。今日は自分も一闘争隊員として前線に
いよいよ決戦の時である。
各守備隊長と連絡を取る。三拠点ともに小雨模様とはいえ、いつもと変わらぬ静かな朝だという。しかし、横須賀隊、相模原隊が現れたことで敵方は少なからず警戒を強めているらしい。一方味方の守備隊員は、久しぶりに豪勢な食事にありつくことができたので、皆、体力も復活し、戦意も旺盛とのことだった。
しばらくすると鳥居が執務室のドアをノックした。
「いよいよですね」
鳥居は小栗の気持ちを察していたので、自分も前線に出てその身辺から片時も離れずに小栗を護衛する覚悟だった。
「ああ、頼むぞ、鳥居くん」
午前8時半に予定通り相模原大連合と横須賀隊が横浜隊、藤沢隊、日野隊、府中隊、調布隊、狛江隊への宣戦を布告し、川崎隊への全面支援を表明した。それと同時に横須賀隊の爆走遊撃隊200台が
そして9時——。小栗たちも小台神社の本部で戦況を見守る中、まず爆走隊が源義経の
一方土橋では、午前9時の時報を合図に相模原隊と牧野隊が真正面から力攻めを行った。数にも勢いにも勝る相模原、川崎隊はブルドーザーのような勢いで圧倒したため、夕べの大量離脱後もかろうじて前線に踏みとどまっていた外国人部隊のほとんどがこらえきれずに持ち場を放棄し、逃走した。さらにしばらくして宮前平駅守備隊一斉退避の知らせが舞い込むと、全隊への退却命令と誤解した横浜、藤沢隊の別働隊が大勢離脱した。上述の鷺沼へ潰走する黒山の人だかりの風景はその時のものである。
しかしその後、日野、府中隊だけは堅固に持ち場に踏みとどまり、やがて一転して激しい抵抗を見せはじめた。それに対して相模原隊はライオットシールドのスクラムを組んでジリジリ間合いを詰めながら間断なく攻撃を仕掛けるが、日野隊も激しく応酬し、そのまま両陣営とも一歩も引かない攻防が一時間以上続いた。しかし遅れて到着した綾瀬隊による加勢が奏功し、次第に日野、府中隊から離脱者が目立つようになった。そして午前11時、日野隊隊長の「撤退!」という言葉でバリケードはとうとう陥落した。
この後、横須賀隊は横浜、藤沢隊を一気に新横浜まで蹴散らし、さらに新横浜駅近くのオフィスビル内に設置されたドローンコントロール基地を襲い、敵のドローン部隊を完全無力化することに成功した。そして鶴見川以東の横浜市エリアをほぼ制圧した。
一方の相模原隊は土橋バリケード突破後も、2000もの隊員を日産のピックアップトラック数百台に積み込んで日野、府中隊の敗残隊員をとことん追いかけた。そして半日がかりで神奈川県と東京都の県境となる多摩動物園方面まで敵勢力を放逐することに成功した。
一方、川崎隊にとって唯一の誤算だったのが宮崎台である。まず蒲田、たがやせ隊の到着が遅れた。約束の午前9時になっても現れないため、宮崎台守備隊は仕方なく単独でバリケードを包囲する調布、狛江隊に対する攻撃を行ったが、数で圧倒する調布,狛江隊の反撃によってたちまち劣勢に陥る。予定より30分近く遅れて蒲田、たがやせ隊が到着するが、調布、狛江隊はそののぼりを見てもまったくひるむ気配がなかった。また、しばらくしてもたらされたはずの土橋における大敗の報にもまったく動じる様子がなくそれどころそうした想定外の事象をむしろ発奮材料にして戦意を高揚させた。さらに蒲田、たがやせ隊が期待に反して戦意に乏しかったことも川崎隊に災いした。それゆえに一時はバリケードの後退を余儀なくされ、宮崎台バリケードは宮前庁舎のわずか100メートル手間まで追いつめられた。
小栗と鳥居も守備隊に加わり応戦したが、敵の攻撃が凄まじく、耳元をかすめるゴム弾の一斉射撃の嵐と折しも強くなった雨風にさらされる中、もう宮前庁舎を打ち捨ててどこかへ
小栗と鳥居も爆走隊のサイドカーにそれぞれ乗せてもらい、追撃戦に参加した。駆逐が完了したのは午後6時前であり、その頃には雨も止み、西の空にはうっすらと夕焼け雲がなびいていた。
小栗は多摩水道橋を越えたところで進撃停止を命令した。そして追撃隊員全員で勝利宣言のシュプレヒコールを上げた。
なおも方々で歓喜の声が鳴り続く中、鳥居はサイドカーを降りて小栗に近づいた。
「おめでとうございます。これで一気に形勢逆転ですね。都筑、青葉,港北の鶴見川以東それに多摩、麻生、高津のほぼ全土を制圧したようです。中原、幸、川崎の各区でも敵影は一切確認されていません。明日になったら内外に解放宣言を出しましょう!——それと防御網を再構築し、解放地区の守りを固めなければなりませんね」
鳥居は数時間前の宮崎台の攻防戦では臆面もなくなんども悲鳴を上げていた人物とは思えないほどの晴れがましい表情でそういった。——しかし小栗は小さく首を横にふる。
「いや、守りはいい、伸び切った戦線の防御に余計な人手をかけても今の体制ではかえって敵につけ入る隙を与えるだけだろう。こうやって県外まで敵を放逐したのは時間稼ぎだ」
「——じゃあ、どうするんですか?」
小栗は一瞬険しい表情で瞑目するが、すぐにガキ大将のような笑顔にもどり、鳥居の肩をポンポンと叩いた。
「——まあ、今日のところは、のんびりくつろいでくれ。みんなの慰労もしなきゃならんしな!」
というと、まわりにいる隊員にむかい大声を発した。
「ご苦労さん!宮前庁舎に戻ろう。帰りに酒をわんさか買いこんで、今日は米軍の救援食糧をつまみに大祝勝会だ!」
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