第24話:決戦前夜

 その後、横須賀海軍の代表と握手を交わした小栗は急いで土橋つちはしへ車を走らせた。土橋バリケードにはキャンプ座間から食糧が届く手はずだ。時計の針は約束の到着時間である11時半を回っている。案の定、小栗が、牧野たちのいる土橋バリケードの本部に到着した時、キャンプ座間からの輸送車はバリケードの中に続々入場しているところだった。


 土橋交差点でも尻手黒川道路を挟んで川崎隊200と日野、府中及び横浜、藤沢の連合守備隊5000が相対峙してバリケードを構築しているが、すでに宮前平駅同様に敵方の至るところで青色の発色が発生していた。——ここでも想定外の出来事が川崎隊に幸いした。明朝正式参戦表明をする予定の相模原大連合隊が、一日前倒しで米軍輸送車と一緒に現れたのである。


 実は参陣したのは正式な相模原大連合隊の派遣部隊ではなく、あくまで有志だった。というのも、川崎隊の窮状に焦りを募らせる一部の急進同情派は、明朝参戦表明を行った上で川崎隊への支援を実施するという上層部の悠長な方針に業を煮やしていた。そこで米軍輸送車の護衛をするという名目で正式認許を受けぬまま川崎入りを断行したのだ。もちろん明朝参戦表明が本部から出れば、時を置くことなく一斉攻撃を開始するつもりである。そのために、川崎隊だけでなく日野、府中隊もすでに放棄していた犬蔵のバリケードを占領し、そこへ自分たちのあらたなバリケードを築こうとしていた。その数、約2000。相模原大連合ののぼりは何本も立っているが、暗闇だし日本語で書かれているため、外人部隊はここでもやはり米軍の直接介入と誤解したらしい。とくに日野、府中部隊は新たなバリケードの構築により、完全に退路を断たれ、いつでも挟み撃ちされるかっこうになったため精神的な衝撃はひときわ大きかった。


「大隊長、追い討ちをかけましょうか?」

 牧野はさらりと小栗に言った。小栗は、一瞬、牧野の顔を見返した。守備隊は食糧不足とたびたび繰り返される夜襲による睡眠不足から肉体的にも精神的にも疲弊している。にもかかわらずその隊員を駆り立てて、しかも救援食糧にも手をつけさせずに率先して夜襲攻撃を仕掛けるなど小栗には思いもよらぬ発想であった。未だ十代だというのに大人顔負けの牧野の不屈の闘争心と精神力に舌を巻くおもいがした。しかし、小栗は、県知事代行及び川崎隊の隊長として、局地的な勝ち負けだけでなく政局や戦局全体に応じた長期的な損得勘定もしなければならない。

「いや、米軍の目の前で、闘争はまずい。しかも今単独で動けば友軍の顔も潰すことになる。それよりまずは隊員の腹ごしらえが先だろう」

「そうですね。今仕掛けたらおもしろいんですけどねーー仕方ありません、そうしましょ」

 小栗は、余裕と自信に満ちあふれる若者の精悍せいかんな横顔を頼もしく見ていた。

 するとそこへ横須賀隊への宿割やどわりを行うため一旦庁舎に戻っていた鳥居がうれしそうにまなじりを下げながら姿を現した。

「どんどん逃げていきますね。外人部隊はほぼ全滅かもしれません。——やっぱりここでも風穴が開きましたね」

 小栗はじっと腕組みをしたままひときわ高い声でこたえる。

「ああ、開いた。パックリ空いた!」

 いつも寡黙な牧野が珍しく大声で笑った。

「明朝、友軍の正式参戦表明を待って宮前平駅、土橋の両面で同時に反攻に転じるぞ。一気呵成かせいに敵のバリケードを打ち破るんだ——それで、いいな?牧野」

 牧野は自ら気合いを入れ直すために両頬を手で叩きながらハイ!と答えた。

「鳥居くん、一時間後に庁舎の大会議室で作戦会議を開こう。各守備隊長と相模原と横須賀の代表にも声をかけてくれ」

 鳥居は快活に返事をすると振り返って牧野とハイタッチをした。


 その後、小栗は土橋から宮崎台へ移動したキャンプ座間の輸送トラックの隊列の後を追って宮崎台バリケードにむかった。そしてそこで米軍輸送部隊の代表に丁重に礼を述べ、その出発を見送った後、庁舎に急いで戻った。時計の針は午前1時をさしていた。


 2階の大会議室にはすでに各守備隊の隊長、副隊長と横須賀隊の幹部が顔を揃えていた。まだ全員の幹部が参陣していない相模原連合だけはウェブミーティングによる参加である。


 小栗はまず横須賀隊の幹部に礼を述べた。そして相模原連合と横須賀隊の意向を再確認した。相模原の正式参戦表明は明朝8時だという。同時に約3000の本体と綾瀬隊を中心とする1000の遊撃隊が海老名を出発し、一路東名高速で宮前平をめざす計画だ。また最大の懸念である参戦表明の遅延もしくはキャンセルについては、単に形式と確実性へのこだわりから手続きに時間を要しているだけで、参戦表明は間違いなく明朝布告されることをあらためて確認した。よって明朝8時半に土橋、宮前平駅の両地点で一斉攻撃を敢行することが決まった。


 そこへ小栗のスマホに一本の電話が入った。それは多摩川の自然環境維持闘争隊である大田区の田園調布蒲田行進隊と世田谷区の世田谷たがやせ隊が参戦を決めたという連絡だった。これまで沈黙を貫いてきた東京23区からもついに参戦者が現れたのである。この報告は会議の参加者全員から大きな喝采かっさいをもって受け入れられた。しかし、参陣は明朝9時前になるという。派遣隊員数は1000弱と決して多くはないが、それでも東京23区からの参戦というのは、ある意味東京都のためと思って敵対してきた同じ東京の調布、狛江隊や日野、府中隊からすれば驚天動地きょうてんどうちの事件だろう。それこそ心理的なインパクトははかりしれない。そこで——小栗は調布、狛江隊約3000が包囲する宮崎台バリケードに蒲田,たがやせ隊を当てることにした。宮崎台バリケードの守備隊は約150である。よって両隊を合わせても数の上では劣勢であるが、これに庁舎付きの全隊員とドローン攻撃隊の主力を加えれば、十分に応戦できるはずである。これで三方面同時作戦が実行できる。正直二方面だけの両面作戦では万が一宮崎台が破られた場合、手薄となった本部ヘ敵の侵入を許す心配があった。しかし三方面同時に押し出すことができれば、もはや後顧の憂は完全になくなるといっていい。

 ——そこまで計算して、小栗は明日の三方面同時作戦の開始時間を、蒲田、たがやせ隊の来陣に合わせ午前8時半から午前9時に変更した。さらに明日の戦いは単にバリケードの攻防戦ではなく、敵のバリケードを完全に打ち破り、さらにその勢いを駆ってそのまま旧多摩川県エリアの外まで一気に敵勢力を追撃し、多摩川県の勢力圏をできる限り回復するねらいがあることも告げた。

「明日は、思う存分に暴れて下さい!」

 小栗はその言葉で一時間弱の作戦会議を締めくくった。

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