第23話:友軍来着
腹ごしらえを終えたふたりは車で小台八幡神社にむかった。コッカー少尉からの連絡では、午後11時にまず米軍横須賀基地からの輸送部隊が宮前平バリケードに到着、午後11時半に米軍キャンプ座間からの輸送部隊が土橋バリケードに到着、その後同部隊は宮崎台バリケードに移動し、救援物資の荷下ろしを終える予定になっていた。
すでにロックダウンは解除されているはずだが、ほんの数時間前まで宮前庁舎の約500メートル四方は蟻の子一匹這い出る隙がないほど、庁舎へ通じるすべての道が神奈川県警の機動隊の手で24時間封鎖されていた。連絡の行き違いなどで、米軍との接触の際に手違いや不慮の事故が生じないとも限らない。それゆえまず宮前平駅バリケードの本陣がある小台神社にむかうことにしたのだ。
小台神社は駅前の小高い丘の上に立っており守備隊の本部もそこにおかれていた。もちろん隊長の菅原もそこにいる。そこからは宮前平駅バリケードの様子が一望できた。尻手黒川道路をはさんで手前側に川崎隊、向こう側に横浜隊が陣取り、面と向かって対峙している。
二人が到着すると守備隊は歓声でもって二人を迎えた。多くの守備隊は食糧の到来を待ちかねるあまり浮き足立っているように見えた。そのほとんどが一般市民である。ただ自分たちの誇りと自由のためだけに仕事も家庭も犠牲にして闘争活動に参加していた。食事と宿舎だけは多摩川県が面倒を見ているが、闘争隊を卒業しても彼らの生計の足しになるような蓄えも先立つ物も残してやれることができない。彼らの献身に報いるためには、この一戦にどうしても勝つか、すくなくとも引き分けに持ち込む必要がある。降伏することは、隊員全員が自主離脱となることを意味する。そうなると少なくとも被弾ポイントx年数の公職復帰が認められない。すでに多大な犠牲を課した上に、さらに厳しい現実を強いることになるのだ。
「監督、来ました!」
物見をしていた隊員が大声で菅原に報告した。待ちに待った食糧の到着に大きな歓声が上がった。時刻は夜の11時を回ろうとしている。空には満月が
しかし、米軍の輸送部隊の登場は雷鳴のような轟音をともなっていた。ほんとうに雷ではないか空を見上げたほどである。
第三京浜から尻手黒川道路を北上し宮前平に入る手はずになっているが、もしかして途中で横浜隊の妨害にあいはしまいかと心配していたところなので関係者の胸中によもやという不安がよぎった。小栗もそう感じた一人だ。
「まさか——湘南方面の暴走族に取り囲まれたんじゃないか?」
「いえ、たぶん、違います」
鳥居は双眼鏡を目に当てたまま答えた。そして双眼鏡を外し、ニヤッと笑った。
「見てください」
小栗は鳥居から双眼鏡を受け取って爆音のする方向にレンズを向けた。
——バイクは十数台、いや百台以上いるだろうか?米軍の輸送トラックとおぼしき隊列を囲むようにして轟音を立てながらこちらに近づいてきた。その中のひときわきらびやかな先頭車両には赤字に金糸刺繍のぼりがはためいている。そこには横須賀爆走隊の文字が書かれていた
「友軍だ!菅原、横須賀爆走隊が先導してるぞ!」
それを聞いて周囲は一層ざわついた。菅原はいつものだみ声でメガホン片手に「ヨッシャー!」と雄叫びを上げる。その横で鳥居は片っ方の耳を手のひらでふさぎながら横須賀隊関係者と連絡を取り始めた。菅原の声がうるさすぎて相手の声が聞こえないので鳥居は神社の裏へ避難した。そしてすぐに電話を切り、小栗のところへ息を弾ませ駆け寄った。
「代行、横須賀隊は、明朝、相模原連合隊の正式参戦表明と同時に川崎隊への加勢を実行するそうです。それまでどこかで休息させてほしいと言ってます」
小栗はすぐに宮前庁舎付近の空き部屋を手配するよう鳥居に指示した。
その頃、すでに爆走隊はバリケードの300メートルほど手前で一斉に前進を停止していた。そこから先は迷彩色に彩られた米軍の六輪駆動輸送トラックの隊列のみがしずしずと近づいてくる。先頭車のボンネットには星条旗が威風堂々とはためいていた。
その様子を小栗と肩を並べて見わたしながら、鳥居は、大きくうなずき、
「わかりました。すぐ手配します」
といって庁舎に戻ろうとした。
「待て。横須賀隊は何騎だ?」
「250騎、いや250台です。ただ、明朝までに
小栗は感極まった様子で大きくうなずく。
「十分すぎる——」
菅原は配下隊員に対して、米軍の輸送部隊を迎え入れるべくバリケードを開くよう指示した。やがて米軍のトラックは続々とバリケード内に入場する。
一方,その前後から尻手黒川道路の反対側ではどよめきが起きていた。そのどよめきは明らかな異変を伴っていた。横浜隊の守備隊のあちこちに青い光が発色しはじめたのである。その青い光は、みるみるうちに守備隊全体に広がり、丘の上の方へ移動し始めた。おそらく横須賀隊の先導を米軍による参戦と勘違いした外人部隊が我れ先に自主離脱を選択し、遁走を図っているのだ。青い光は自主離脱をした闘争隊員のプロテクターからの発色だ。
小栗と鳥居はその様子をまるで狐につままれたように呆然と見つめていた。
「——鳥居くん、もしかすると、ほんとうに風穴が開いたかもしれない」
鳥居は口を開けたままうっすらと笑みをうかべる。
「ええ、開きましたね、きっと」
そして、小栗は手を差し出した。鳥居はその手をがっちり握った。
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