第22話:朗報到来

 執務室に戻った小栗はあらためてスマホを確認した。するとやはりコッカー少尉からのショートメールを受信していることがわかった。メールやLINEと違って待ち受け画面に着信表示されないので、うっかり見落としていたのだ。


 少尉には申し訳ないことをしたとおもった。もし短気な人ならきっと自分たちの対応に腹を立てて、とっとと基地へ帰ってしまったに違いない。そうしたらせっかく運んできてもらった食糧も受け取ることはできなかったであろう。今更ながら少尉が人格者でよかったと冷や汗をかくおもいがした。


 一方、そうならないように前もって自分の連絡先を少尉へ伝えてくれた小笠原の用意周到さにはあらためて感心させられた。同時に小笠原の川崎隊に対する強い思いと責任感もひしひしと伝わってきた。


 小栗はふと、小笠原は今ごろどうしているだろうか?と考えた。

 

 闘争隊法では、戦線離脱者と現役闘争員との作戦行動及びそれに関する接触ややりとりは一切禁じられている。——という建前があるとはいえ、二年近く上司部下の関係にあったのだから、時候の挨拶ぐらいあってもいいとおもうのだが、やはり背信行為をしたという引け目のせいか、強制離脱となってからというもの彼女からの連絡は一切なかった。ここ半年あまりはほぼ毎日顔を合わせていただけに、いざいなくなってしまうとポッカリと穴が開いたように空虚な気分になる。


 だからというわけでもないのだろうが——どういうわけかさっきから小笠原の顔が頭をちらつくのだ。それはいつもの人を食ったような仏頂面ではなく、ごくまれに特定の人間にだけ垣間かいま見せる照れ臭そうな笑顔だった。妙に胸がチクチクする。小栗は、息苦しさを感じ、大きく深呼吸をした。しかし、どうにも落ちつかない。そこでふと我にかえり——そうだ飯にしよう、と部屋を出た。


 そして、木箱を担いで階段を下る隊員たちを呼び止めた。皆、階段を登るときの悲壮な顔つきとくらべると見違えるほど表情が明るいし,足取りも軽い。さらにこのあとの食事によって空腹が満たされれば、血色そのものも良くなることは容易に想像できた。


 小栗は、隊員の働きぶりを軽口を叩きながら督励した。そして、それぞれの木箱から一個ずつ食糧を奪い取った。その大半はカップラーメンである。やがて両手いっぱいになった食糧の山を、小栗はホクホク顔で執務室に持ち帰った。


 一方、鳥居は、隊員が総出で食料品の運び込み作業をしている間、各バリケードへの事前連絡と対策に追われていた。


 ようやく一段落して執務室に戻ってきた時、小栗は一人で特大のカップ麺をすすっていた。テーブルにはカップ麺以外にもコンビーフや缶詰め類やビーフジャーキー、ドーナツが山のように並んでいる。

「ご苦労、さあ、君も食事にありついてくれ」

 しかし、鳥居は入室早々顔面をひきつらせていた。

「た、たいへんです——」

「うっ、また、事件か!?」

 小栗ははしを持ったまま、麺を口から吐き出しそうになるほどの勢いで立ち上がった。それに対して鳥居は笑顔を浮かべ、

「いえ、悪い事件ではないです——でも驚愕きょうがくのニュースです」

 といってスマホの画面を見せた。

「さっき屋上で会話した時、コッカー少尉が食糧箱の山を指さして、これは大統領からのギフトだから礼は大統領に言ってくれ、みたいなことをいっていたような気がしたんで、気になってアメリカ大統領のツイッターを確認してみたんですが、びっくりです。これ、ほんとうにアメリカ大統領からのプレゼントです!昨日、大統領令が出たんです!信じられますか?アメリカの大統領が議会の圧力とか日本政府からの要請とかではなく、みずから進んで署名を行ったんですよ。われわれ多摩川独立貫き隊に対して人道的支援を実施するためだけの合衆国大統領執行命令に!!」

「はっ!?」

 さすがの小栗も鳥居のスマホを奪いとって食い入るようにのぞきこみながら、目を見開き全身を硬直させた。

「アメリカ政府が、日本政府も差し置いて直接多摩川県闘争に介入したってことか!?」

「いえ、闘争そのものに介入したわけではなく、我々川崎隊への食糧と医療支援に踏み切っただけです。——でも政府は面目丸つぶれでしょうね」

「——えっ、そんなことってあるの??」


「ふつうはありえないです。——しかもそれだけじゃ、ありません。さっき——座間からメールがありました!」

 小栗は急な話の展開に目を白黒させている。

「座間市ですよ、代行!座間ひまわり隊です」

 そこでようやく正気に戻ったように顔つきがサッと変わる。

「なにっ!本当か!?」

「ええ」

「よっし!——で?」

「はい!明朝、相模原大連合隊が正式に参戦を表明するそうです!」

「相模原大連合!?——ってことは座間だけでなく、大和、海老名、厚木、綾瀬、相模原もぜんぶまとめて参戦をするってことか?」

「そのとおりです、代行!」

「そうか!よっし!ついに待ちに待った援軍が来るってことだな!?」

 小栗は歓喜のあまり天に向かって大声で吠えた。一方、鳥居はうつろな目をしたまま体をふるわせている。

「ええ、きっと来ます。もう少しの辛抱ですよ。——すごい、すごすぎるっておもいませんか?代行!これもあれもぜんぶ一人の人間の仕業ですよ!」

 小栗は手にした箸も鳥居のスマホも落としそうなほどに興奮しながら息をのむ。

「ぜんぶ、——小笠原くんがやったって言いたいのか?」

「ええ、それ以外、考えられません!」

 それでも小栗は半信半疑のまま鳥居の顔を凝視している。

「——もちろんSNSの力があってこそですが、それを最大限利用して米国の世論を味方につけ、ホワイトハウスに働きかけ、駐留米軍を動かし、相模原大連合隊を味方に引き入れたんですよ。——小笠原毬藻、やっぱりただものじゃないっす!それどころか、いや、もはや,神です。ヤバすぎて、もう、っもう、ああ、感動しかありません!」

 ——と高ぶる感情を吐露とろする間も、とめどなく流れる熱い涙が幾筋も鳥居の頬を濡らしていた。

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