第21話:天佑降臨


「——なんか、暑い、暑い、って言ってるようなんです」

 日中こそ外気は摂氏30度近くまで達していたが、もう陽は沈んでいるし,窓を開ければ遠くからかすかに聞こえる虫の音や時おり吹き渡る心地よい夜風が秋の気配を告げるほどに過ごしやすくなってきた時分である。少なくともいきなりヘリコプターで舞い降りた外国人から暑い、暑いと文句を言われるほどの気温ではない。


 このまま女性隊員の報告を聞いていてもらちがあかないと感じた小栗と鳥居は、執務室を飛び出し大急ぎで屋上の通用口へ通じる階段を駆け上った。


 通用口前には完全武装の男性隊員数名が緊張した面持ちで待機していた。鉄の扉の向こうから英語による呼びかけと扉をノックする音が聞こえる。

「どうやら、ドアをあけろと言っているようです。しきりにアツギとかオガサワラと言ってます」と一人の隊員が小栗に報告した。

 小栗と鳥居は顔を見合わせた。

「小笠原主任がコンタクトしていた厚木基地の関係者でしょうか?」

 しかし、鳥居の問いかけにも反応することなく小栗は険しい表情でじっと扉を見つめている。「——オレが話す」

 そういって小栗は一歩前へ出た。そして大声を張り上げた。

「Who are you?」

「 We are the US Navy from Atsugi base. Open the door. Otherwise, contact Ms. Marimo Ogasawara」

 扉の向こうの応答者は大声でそうまくし立てた。しかし——小栗は目をつぶったまま沈黙した。

「おい、鳥居くん……なんていったの?」

 あまりに自信に満ちあふれた態度ゆえにてっきり英語が達者だとおもいこんでいた鳥居は、小栗の反応に少し拍子抜けしたが、すぐに質問に答えた。

「厚木基地の米国海軍だと言っています。扉を開けろ、小笠原さんを呼べばわかると言っているようです」

 一応気持ちの上では英語モードに切り替わっている小栗は、鳥居に対してもしきりにOk, Okといいながらうなずいている。

「——よもや米軍が我々に攻撃をすることはないだろう。扉を開けよう。Openしてくれ!」

 鳥居はその言葉にうなずくと、小栗を一歩後ろに下がらせ、自ら扉のロックを解錠した。


 そしてそのまま鳥居は扉を外に押した。

 すぐに長身の人懐っこい笑顔が扉の影から現れた。

「Hi, you guys. What’s up? I’m lieutenant Cocker, John Cocker.」

 鳥居はその大男との握手に応じながら、小栗にむかって

「コッカー少尉だそうです」

 と通訳した。そしてすぐに小栗をコッカー少尉に紹介した。

「Oh, nice meeting you, Governor Oguri san. Did you receive a text message from me?」

 小栗は、満面笑顔でコッカー少尉と握手を交わしながら、不審顔で鳥居の顔を見た。

「どうやら事前にショートメールを代行に送ったようですが、受け取っていますか?」

 小栗はかぶりをふる。鳥居はすぐにその旨をコッカー少尉に伝えた。

「Ok, no problem!」

 少尉は両手を広げてやや大袈裟なポーズで笑い飛ばしたので、二人ともつられてわざとらしい高笑いをした。


 少尉の背後には見たこともないような大型輸送ヘリがヘリポートに止まっていた。そして、数人の迷彩服姿の兵士が貨物用ハッチを開けたまま、上官からの指示を待っている。


「Ok, folks, go ahead!」

 少尉がそう叫ぶと、兵士たちは荷下ろしを開始した。


 少尉は二人の視線を遮るようにその目の前に文字通り仁王立ちし、あらためて来意を説明する。

「 We’ve just come here to deliver a airlift of food for you by request from Ms. Marimo Ogasawara. By the way, where is she?」

「She, She left. She left here, the frontline of this battlefield.so she is not around here any more. 」と鳥居は懸命にたどたどしい英語で答えた。さほど英語が得意というわけではないと悟ったコッカー少尉は鳥居に対しても少しゆっくりした口調になる。

「Oh, is that so? We have just been one step too late. But just in case I sent a text message to him, too. Anyway hope that everything is going fine. Hey, look at those piles of packages of foods and drinks.」

 コッカー少尉の指差す方向にうずたかく積み上げられた木箱の山があった。

「代行、見てください。こ、これは全部、米軍からの食糧支援だそうです!やっぱり小笠原主任からのリクエストだと言ってます」

 小栗はおもわず驚きの声をあげた。

「Thank, thank you. Thank you very much!」

「Say thank you to Mr. president cause it is a gift from him. Anyway, now you can survive starvation. Do you need anything else? 」

 そう冗談っぽく笑い飛ばす少尉の表情に、小栗はとまどいの表情を浮かべつつ愛想笑いでこたえるが、すぐに鳥居に通訳を求めた。

「他になにか必要なものはないかと聞いています」

 小栗は必死におもうところを英語で言おうとするがくちびるが上滑りするばかりでまったく言葉が出てこない。みかねたコッカー少尉は、小栗の意を汲みとり、ニッコリと笑う。

「Well, to your frontlines, we sent other troops which are now on the way to each barricade so that all solders can be given enough foods and drinks to survive at least one more month. So don’t worry. But please notify them that our troops are coming soon, not to be barraged out at the barricades.」

 少尉はそう言い終わるとすぐに横目で鳥居に合図を送り、小栗への通訳をうながす。それに対して鳥居は、

「各バリケードにはこれとは別にそれぞれ一ヶ月分の食糧提供があると言っています。もうすでに別の部隊が食糧輸送のため現地に向かっているそうです。早くみんなに知らせましょう!」と小栗の方に向きなおって興奮気味に話した。小栗も喜色を満面に表したので、小栗からの返答を待つことなく自ら謝意を述べた。

「Thank you. I think it’s enough to make us fight back.」

「Oh, fantastic. That’s the spirit. Go for it!」

 鳥居と少尉は二人で声を合わせて大声でわらった。

「おい、なんていったんだ?」

「よくわかりません。たぶん、やっちまえ!って言ったんだとおもいます」

 と鳥居は笑顔のままいった。小栗も気は心とばかりにすかさず「Ok, Ok」といってもう一度少尉に握手を求めた。もちろん少尉は豪快な笑い声で握手に応じ、

「But if you need something, please call me. い、つ、でも、連絡、ください!」

 と片手で電話をするポーズをとりながら、二人に連絡先が記された名刺を渡した。二人からの名刺も日本式にうやうやしく受け取った。

「Thank you very much!」

 小栗もあらためて少尉に礼をいった。

「My pleasure. Take care and good lack!」

 少尉は親指を突き立てながら軽くウインクをした後、兵士に乗艦を指示した。600馬力のターボシャフトエンジンが急速起動し、庁舎の敷地からはみ出るほどに大きなプロペラがゆっくり旋回する中、少尉はもう一度小栗たちの方へ振り返り、海軍風の敬礼をした。そして颯爽さっそうと助手席に乗り込んだ。


 小栗は少尉たちを手をふって見送りながら、肩を並べて立っている鳥居に正直な心のうちをボソッとつぶやいた。

「首の皮一枚つながったな……」

「——ええ、まさに地獄に仏ですね」

 そして、輸送用ヘリは垂直に空に急上昇したかとおもうと、あっというまに西の空の彼方へ消えた。


 

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