第16話:闘争再開

 翌朝の午前8時45分で72時間の闘争停止協定は解除された。それと同時に横浜側はここぞとばかりに1万2千の隊員で有馬バリケードへの一斉攻撃を開始した。


 有馬バリケードは神奈川県横浜市都筑区と多摩川県宮前市の境界線に沿って流れる有馬川と呼ばれる小川をはさんでそれぞれ築かれている。横浜隊は、前の晩のうちに、川崎隊から見るとその有馬川の対岸の丘陵地帯にある横浜国際プールに1万近い補充隊員を集結させていたのだ。


 川崎側のバリケードには2千あまりの守備隊がいる。停戦期間中は一旦解散し、各自久しぶりにのんびりと思い思いに過ごしたが、協定解除3時間前にはそれぞれの持ち場に万全の態勢で復帰することが前もって厳命されていた。普通に考えれば、三日間の休み明けなのだから、気のゆるみから遅刻をする者や里心がついて戦線を無断離脱する者がいてもおかしくないところだが、有馬守備隊ではそういうことは一切なかった。というのも守備隊長の菅原健次が鬼のように自分にも他人にも厳しいからだ。しかも厳しいだけでなく部下からも絶大な信頼を寄せられている。当然、守備隊の士気も高い。それは、そもそも有馬は敵の主力である横浜藤沢連合隊の正面に位置することもあり、小栗が意図的に最強の精鋭部隊を投じてきた結果ともいえる。


 菅原はある意味、たたき上げの指揮官ともいえる。守備隊長にスカウトされる前はアマチュア野球界に長らく籍をおき、その世界ではかなり知られた存在だった。川崎の私立高校の野球部監督を務め、全国優勝2回をなしとげたあと、社会人野球に転じ、地元の無名チームを都市対抗野球代表にまで成長させた経歴をもつ。そのため部下たちからはいまだに『監督』と呼ばれている。


 髪型は角刈りだし、筋骨も隆々としていて声も大きい。見るからに闘将である。実際、どんなときでもファイトをむき出しにして指揮をとった。上司である小栗とは歳も近いこともあり互いに信頼しあう関係である。見かけは終始温厚である犬蔵バリケードの守備隊長の牧野とはまったく違うタイプのリーダーだ。


 あらかじめ停戦明けの攻撃を予想していた菅原は、横浜隊が一斉攻撃をしかけても慌てることはなく、むしろ嬉々とした表情で、監督時代から愛用のメガホンで味方を鼓舞する。


 横浜隊の補充隊員のほとんどはアジアや南米出身者を中心とする外人部隊だ。数の上では圧倒的だが、実戦経験や訓練もほとんどないまま褒賞金だけを目当てに急遽かき集められた烏合の衆なので、まったく組織としての連携が取れていない。


 一方の川崎隊は勇猛果敢な守備隊長のもと一丸となって冷静かつ的確に敵を迎え撃つ。


「オラオラ、ヘイヘイヘーイ!」


 菅原の大声は相手にとっては、それが日本語を十分に理解しない外国人であるがゆえに、それ自体が強力な武器になるらしい。そのだみ声を耳にしただけで、あきらかに怯えた表情を見せている。ひとたび集中砲火でも浴びせようものなら蜘蛛の子を散らすように逃げまわるありさまだ。


 第一波の総攻撃は一時間弱で終わった。しばらくにらみあいがつづき、昼過ぎに第二波がきた。これも押し返した。すでに犬蔵バリケードなどからの応援部隊1500が配置についており、守備隊の守りはより万全になっていた。それゆえに第二波の攻撃も難なく押し返した。


 ドローン偵察機からの報告では、横浜国際プールにはさらに後詰めの外人部隊が続々と集結しているとのことだった。おそらく夜のうちに第三波の総攻撃があると噂された。


 しかし、この動きは小栗の注意をかく乱させるためのおとりだった。


 そのころ、宮前庁舎は完全に守りが手薄になっていた。皆、有馬方面に加勢に行っていたからだ。


 その庁舎にむかって、西の空から一機の小型ヘリコプターが低空で近づいてくる。


 ヘリコプターの飛来を有馬バリケード付近で目撃した小笠原毬藻まりもは、菅原に断りを入れると、近くに止めてあった自分のバイクに飛び乗った。そして猛スピードで有馬方面から小台の細い坂道を宮前平駅方面へ駆け下りると、そこから標高60メートルの丘陵にたつ宮前庁舎をめざし駅前の富士見坂を一気に駆けのぼった


 やがてヘリコプターは庁舎に近づいたが着陸することなく一人の男を屋上に縄ばしごで下ろすと、ふたたび西方に飛び立った。


 ヘリコプターに乗ってやってきたその男は屋上の通路口から難なく庁舎の5階へ潜入した。そして県知事代行執務室の扉をあけ、おもむろに中に入った。


 そこには小栗と鳥居がいた。二人は応接テーブルに置かれたモニターで有馬の戦況を見ている。二人はなにもいわずに近づいてくる不審な男を呆然と見ていた。男はなにもいわず不敵な笑みをうかべたまま銃を持って近づいてくる。


 そこへ小笠原が銃を手にしたまま息咳きって飛び込んできた。男が一瞬振り返ったすきに、小栗と鳥居はテーブルに置かれた拳銃をそれぞれ手にとろうとした。しかし男が発砲したゴム弾で二丁とも床の上にはじきとばされた。


 しかし、小笠原はその男に発砲しようとしない。

「小笠原主任、そいつは敵だ!」

 鳥居が男の腕章を確認してそう叫ぶが、小笠原はなにも答えない。それどころか男から目で合図を受けると、おもむろに銃口を二人にむけた。

「小笠原くん……」

 小栗はあんぐりと口をあけた。


「代行、鳥居さん、おとなしくしてください。この不毛な闘争を一刻も早く終わらせるためです」


「なにいってんだ、小笠原主任、まさか、裏切るのか!」

「鳥居さん、お願い、この男を怒らせないで」

 小笠原は鳥居たちをなだめようとするが、二人の顔は怒りにふるえている。

「平吾、銃をおろして」

 と小笠原がいうと男は機械仕掛けの人形のように小笠原の方へゆっくりと首を向けた。


 そのすきに鳥居は銃を取ろうと体を反転させる。それを見て、小栗も床に落ちた銃に手を伸ばす。


 しかし、男は、小笠原の方へ顔を向けたまま、立て続けに二度発砲した。そのゴム弾は正確に二人の心臓付近に命中していた。神業としかいおもえない拳銃さばきである。しかも、息つく間もないスピードで、あっと言う間に二人との間合いをつめると、交互に二人の腹を蹴り上げた。

「毬藻、こっちの若い方を見ておけ」

 男は小笠原に指示した。


 小笠原は足元に落ちていた鳥居の銃を足で蹴飛ばしたが、その顔もすでに紅潮している。


 一方、その男は端正な顔に満足そうな笑みをうかべ、床に転がっている小栗の上に馬乗りになった。そして片膝を小栗の首の上に乗せ、全体重を預けてきた。これではさすがに身動きどころか息すらもできない。


「ご挨拶が遅れました。こんな態勢で失礼します。ストラテジックライフルコンサル社の社長をしている本多平吾です。どうぞ、お見知り置きを」


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