第11話:特殊部隊

 深夜2時、神木本町にある東高根森林公園内に人知れず落下傘らっかさんに吊るされた5つの影が舞い降りた。


 5つの影は、それぞれ手際よく落下傘を回収して、土中に埋めると、あらかじめしめしあわせておいた地点に集合し、付近にある敵方の神木バリケードに感づかれないようそこから夜陰やいんに紛れて宮前平庁舎へと向かった。


 身のこなしが一般市民のそれとは明らかに違っている。特殊な訓練を施されたプロの兵士だった。


 ——翌朝、小栗はいつもどおり午前5時半に起床した。


 すぐに執務室に行きメールを確認する。その後、地下のジムに行き、小一時間程度汗を流すのがいつもの日課だ。


 ジムは三ヶ月前に、庁舎に泊まりこみするようになった小栗のために庁舎の地下会議室を改造して作られた簡易ジムである。


 バーベルとバイクマシンと鉄アレイが数個置かれているだけだが、運動不足とストレスで鬱屈する小栗にとってはなくてはならない施設だ。ここ三ヶ月あまり小栗はスナイパーによる襲撃に備えて、基本的に不要不急の外出は一切行なっていない。


 ところが、ここ数日、ジムに行くといつも先客がいる。小笠原が50kg近いバーベルを持ち上げて汗を流しているのだ。最初こそ小栗はとまどった。上司と部下の関係とはいえ、薄着のまま地下の密室で若い女性と二人っきりである。しかし、当の小笠原は、となりで人一倍汗っかきの中年の男性が一緒に汗を流していてもまるで気にする様子がない。そのうち小栗も気にならなくなった。二人ともなにかに没頭すると余計な劣情や煩悩ぼんのうには一切まどわされることのないタイプの人間なのだ。いつしか、二人とも互いの存在をまるで空気のようにしか感じなくなっている。


 いつもは挨拶以外はほとんど会話のない二人だが、その日はめずらしく小笠原から声をかけた。

「代行、今朝は直出で巡察に行きます」

 小栗は黙々とバイクをこぎながらチラッとジャージー姿の小笠原を見る。

「ああ、わかった。気をつけて」

「はい、では、9時前後に出勤します」

 というと、小笠原はスポーツタオルで汗をぬぐいながら、ジムから一足先に姿を消した。


 その後、小栗はシャワーを浴びて、執務室に戻ると、前日に購入したコンビニのサンドイッチを冷蔵庫から取り出す。それから応接イスに腰かけ、テレビのスイッチを入れる。そしてNHKのニュースを見ながら紙パックのコーヒー牛乳でサンドイッチを流し込むのがいつもの日課である。


 8時半にはいつもの通り、鳥居が来て一日のスケジュールを確認することになっている。低血圧で早起きが苦手な鳥居とは、そこで毎朝初めて顔を合わせる。


 午前8時25分、役所の営業開始準備に着手する時間である。1階の玄関が開く。


 庁舎は今や川崎隊(多摩川独立貫き隊)の大本営なので、それなりのものものしさで玄関前にも外の門の前にも隊員が24時間交代で警備をしている。


 営業開始前だが門内にはすでに会社出社前に手続きを済ませたい市民、県民が多いときには20名近く列を作って待っていることがあるが、その日も7〜8名が待機しているものの、特に緊張感があるような様子はなかった。町自体が封鎖に近い状態にあるため、あたりの交通量もほとんどなく、どちらかというとのどかな風景だ。開門を待ちわびる列のまわりでは初老の清掃員がゴミを掃いている。


 午前8時30分と同時に、職員が配電盤のブレーカーを下ろす。すると庁舎入口の自動ドアに通電し、業務開始となる。ただ、自動ドアを通る前に来訪者は一人ずつ、空港にあるセキュリティゲートと同じX線検査装置で手荷物と身体検査を行うことが求められる。


 最初に列の一番先頭に立っていたリクルート活動中らしき少し太めの若い女性がゲートをくぐる。


 その女性がゲートを通るとチャイム音が鳴った。鍵や財布でもアラームは鳴るためめずらしいことではない。フェイスマスクと防具をまとった川崎隊の女性闘争員が身体検査を行おうとその訪問客の女性を事務的に検査場所へ誘導した。そしてボディチェックを行おうとしたとき、その女が後ろ向きのまましゃがみ込んだ。そして足首につけている拳銃を取り出し、振り返りざまに女性闘争員に向かって本人も気づく間もないぐらいの正確さと早さでサイレンサー付き銃3発を発射した。すぐにX線検査機でモニタを確認中の男性闘争員が女に向かって応射したが、1発を命中させただけで、その間に3発のゴム弾を胸部に被弾していた。


 騒ぎに気づいた門番の闘争員ふたりがすぐにかけつけたが、一般市民の列にまぎれこんでいた侵入者3名の手によって背後から3発の銃弾を喰らい、あえなく戦線離脱となってしまう。


 特殊隊員5人は、そのまま庁舎の玄関口へ突入する。


 庁舎の中にも闘争員は数名いるのだが、大部分はちょうど小笠原と一緒に巡察に出かけていた。残る数名も基本的に庁舎内では拳銃も闘争装備も装着していなかったため、いとも簡単に制圧された。

 尚、自主的に降参したいときは、プロテクターに縫い込まれた紐を両手で引っ張ればよい。自動的にプロテクターが青色に発色し、その場で戦線離脱が認定される。しかしその場合、0.5発分加算された上、1年間の闘争活動参加資格剥奪はくだつ、被弾数x1年の公職休業処分となる。


 女性隊員1名を含む5人の特殊部隊員は階段、非常階段、そしてエレベーターを使って5階へかけ上がった。ターゲットはもちろん小栗である。


 そして5階の廊下のとっつきにある執務室に向かって疾走しっそうし、勢いよくドアをけやぶる。


 しかし、中には誰もいなかった。

「おかしい、外に逃げたとは思えない。きっとこのフロアのどこかにいるはずだ」

 と隊長らしき男の言葉に応じて、5人は5階にある部屋をかたっぱしから調べ始めた。


 その騒ぎのさなか、エレベーター口に初老の清掃員が現れた。バケツとモップをそれぞれの手に抱えている。


「おい、おまえ」

 清掃員の男がふりかえった。

 もう一人が手に持ったスマホの顔写真と見くらべる。

「小栗ではありません」

 男はスマホをかざしてスキャンする。闘争員登録されている場合は、プロテクター等の装備服の装着有無にかかわらず、検知音が鳴る仕組みだが——音は鳴らない。

「闘争員登録もされてません」

 副長格の男が清掃員の胸ぐらをつかむ。

「おいおまえ、小栗の行方を知ってるだろう?」

 清掃員は唇をワナワナとふるわせている。

「いえ、私は、いまさっき下の階から上がってきたばかりですから、なにもわかりません」

「たしかにこの男は開業前まで下で掃除をしてました」

 とすでにリクルートスーツを脱ぎ捨てている女性隊員が清掃員の顔をのぞきこみながら言いはなつ。

「おい、くれぐれも非闘争員である一般市民に危害を加えるなよ」

 と隊長らしき男が後ろから声をかけると、副長格の男は、不満顔で突き飛ばすように清掃員をリリースした。


 特殊隊員たちは引き続きを小栗をさがした。しかし、小栗の姿はどこにもない。

 そしてとうとう確認していない場所は男子トイレだけとなった。そこは廊下の東の先端に位置する執務室から見ると、西側の突端に位置していた。


 トイレの前には清掃中の普段がドアノブにかかっている。どうやら意外と怖いもの知らずと見えるさっきの清掃員が、いつのまにかトイレ内で清掃支度をはじめていた。

「邪魔するぞ」

 5人のうち副隊長格ら3人がトイレ内に乱入するが、清掃員は奥にある用具室にこもっているらしく姿は見えない。電球が切れたのか、中は薄暗かった。


 3人の特殊部隊員は一つ一つ注意深く個室を開けて確認するが中には誰もいない。そして残るは奥にある最後の一室だけとなった。あきらかに人の気配がした。そこだけドアロックされている。


 息をのみながら副隊長格がドアを慌ただしくノックするが返事はない。副隊長格は足でけやぶろうと大きく片足を上げた。二人の部下がその横で並んで銃をかまえる。


 突然、その背後に人影が現れた。その男はフェイスマスクとプロテクターを装着し、腕には多摩川の流れをモチーフにした多摩川独立貫き隊の腕章をつけている。そして、二丁のライフル銃を両脇に抱えたまま、いきなり特殊隊員に向かってぶっ放しはじめたのだ。

「お、おまえ、非闘争員だろ!」

 それはさっきまで清掃員の姿をしていた初老の男だった。

 男は、背後から不意をつかれてあわてふためく副隊長格の絶叫を尻目しりめにニカっと笑いながらやみくもに銃を撃ちつづけた。

「今さっき隊員登録したんだ。ふざけんな小僧!」

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