第9話:密謀詭計

 スーツに前掛け姿でステーキを食らう横浜市長の中森。


 その向かいでカロリーメイトをかじる東京都知事の吉岡。


 ここは横浜市庁舎の最上階にある来客用レストランの個室。窓の外からはみなとみらいや横浜港の景色を一望できる。


「相変わらず食欲旺盛だな。昼間から16オンスのアンガスステーキとは」

「これでもひところにくらべればだいぶセーブしてるんだぜ。それにしてもおまえこそ相変わらず少食だな。そんなもの口に加えて何が楽しいんだ?」

「楽しいわけねえだろ。これは生きるための栄養補給だ。普段はビタミン剤だが、それじゃあまりにそっけないと思ってこれでも無理して食ってんだ」

「ほんとうに政治以外には、なんの興味もないんだな」

「ああ、相変わらずさ。おまえはなんでも欲張りだな」

「うまい飯にうまい酒、いい女に最高のエンターテイメントと家族の愛——そして権力」

「最後だけだな——共通項は」

「家族はどうだ、いいぞ。最後に頼りになるのは家族だけだ」

「女にも他人にも興味がないのにどうして家族みたいな面倒な荷物をしょいこまなけりゃならんのだ」

「ほんとに楽しみのないやつだ。それでよく政界や経済界にネットワークを張りめぐらせられるな」

「形だけ取りつくろうのは得意なんだ。興味はなくても知識だけは頭にギッシリつまってるからな」といって人さし指で自分のこめかみをこずく仕草をする吉岡。


「俺は根回しやパフォーマンスもふくめて楽しくやりたいんだが、おまえのやり方は痛々しいな」

「まあなんとでも言え。頂点に立ちさえすればなんでもできるんだ」

「その通りだ。ただ、国政への進出を考えるなら女房ぐらいはもらっといた方がなにかと都合がいいぞ」

「ばか、俺のこといくつだとおもってんだ」

「今どき30以上歳が離れてるカップルなんて珍しくない。おまえほどの男なら、若いピチピチのモデルだろうが女優だろうが、よりどりみどりじゃないか」

「相変わらず言い方が下品だな」

 そういって吉岡は目の前におかれたリンゴに手を伸ばして、

「まあ、いい。——しかし、今回はやられたな。狂犬で恐れられる中森さんが自分の元飼い犬に手を噛まれるとは、笑い話にもならねえ」

 といってガリリとかじる。

「ああ、最新のステルスドローン200機だぞ。いったいいくらしたと思ってる?」

 中森は憎々しげに不快な金属音を響かせながら皿の上でフォークをせわしなく動かす。


「まあそういうな、都で補填ほてんしてやるから」

「すぐに金でかたをつけようとする。相変わらずいい性格だよ。それより——」

 そこで中森はフォークとナイフを置いて、まっすぐに吉岡の目を見る。

「ちゃんとお前の方の人間を管理してくれよ。俺たちが同盟を組んでるってわかってるのかねえ。楽観しすぎじゃねえか」

 吉岡は手に持つ赤いリンゴをもうひとかじりする。

「現場には事情があるんだ」

 そしておもちゃ遊びにあきた子供のようにポイと歯形のついた赤い実をテーブルの上に転がした。

「それよりもおまえの方こそどうなんだ?」


「ああ、あっちか——。大丈夫だ。血はなんとかより濃いっていうだろ?」

 そこで中森は大口を開けて赤身を頬張る。

「お前こそ、楽観しすぎじゃないのか?」

「気長に見守ってくれ。それより、この借りはどう返すつもりだ?」


「もう考えてある」

「またヒットマンか?最戸はおまえの銃撃のせいで一生走れない体になったらしいぞ」

「俺のせいか?お前が頼むからやったんじゃないか」

「ああ、感謝してるよ。が、小栗は生け捕りにしてくれよ。俺がとどめを刺すんだからな」

 といいながら中森はフォークで肉片をグサリと一差しして執拗しつように切りきざんだ。


「すでに仲間割れで一発撃たれたらしいぞ」

「ほう、相変わらずの地獄耳だな。自滅してくれりゃそれにこしたことはない」


「この次は特殊部隊を投入するつもりだ」

 満足そうににステーキ肉を咀嚼そしゃくする中森。

「ITの方も手を打ってくれよ」

 グラスに注がれた水を一気に飲み干す吉岡。


「もちろんだ。そっちの方はいつもの手でいく。機械ばかりをあてにしているオタク野郎に人間の恐ろしさを教えてやるさ。——それよりこっちは兵隊が足りない。なんとか都合してもらえないか?」

「ああ、そっちはこっちでやっておくから心配するな。幸い、うちには不法入国者もしくはビザの切れた外国人を大量にプールしてる。そいつらを投入させてもらうつもりだ」

傭兵ようへいか——。おもしろい」

 そういいながら吉岡は手の甲で口をぬぐった。

「ああ、ヨーロッパではローマ帝国のころから戦争には傭兵をやとうってのが常識なんだ。領主や国のために自分たちの命をけずって戦うなんて日本人ぐらいなもんだよ。これからは戦いもデモもみんな金を払って雇えばいい。忠誠心や愛国心なんてのはあとあとかえって面倒なだけだ」

 中森はそこでとっておきの脂身をうまそうに口にほうり入れる。

「ああ、賛成だ。でもそれならうちにははいて捨てるほど予備軍がいるな」

「いいな、首都殿はまったく。俺たちはしょせん地方都市だ。一度でいいからそんなセリフをはいてみてえよ」

 中森は、口元からしたたる肉汁を舌なめずりしながら、おおげさな表情で憎まれ口をたたく。


「アイデアとしては秀逸しゅういつだが——法律の方は大丈夫だろうな?」

「ああ、ぬかりない。弁護士にも確認済みだ。表現の自由みたいな自由権的諸権利は不法滞在者だろうが日本国憲法が保障するらしい」

「しかし、金で雇うとなると、本人の意志とは言えなくなるだろう?」

「誰が金で雇うといった?奴らは彼らの生活を守るために自主的に闘うんだ。これから先、首都圏はカジノや第二都心計画が成り立たないと現場作業員の需要はゲキ細りだからな。彼らの生活そのものがかかってるんだ、その鼻先に小遣い程度の報奨金でもぶら下げたら、まちがいなく必死に戦ってくれるさ」

 そこで子犬のようにニンマリと笑う中森。

「そういうカラクリか。相変わらずの策士さくしだな。——が、わるくはない。まったく便利な世の中だ」


「それと、おまえのスマホにこのアプリをインストールしてくれ」

 中森はそういうとメモ用紙を差し出した。バーコードが印刷されている。

「なんのアプリだ?」

「うちで開発した超堅牢ちょうけんろうバーチャルプライベートネットワーク用のアプリだ。どこで誰が見張っているかわからんからな。こうして直接会うのは最少限にしたい。今後はIP電話で連絡を取らせてもらう。バーコードを読み取れば、インストールできる」

 うなずく吉岡。

「おまえも何かあったら、そこに書いてあるアカウント番号に連絡をくれ」といって中森はもう一枚のメモ用紙を差し出した。


 吉岡は手渡された紙片に目を向ける。

「複雑な番号だな。どっちもLINEで送ってくれればいいのに」

「念には念だ。SNSだってハッキングされてる可能性があるからな。聞いたところじゃ、ドローンを乗っ取った野郎は、筋金入りのハッカーらしいぞ。用心するにこしたことはない」

「わかった。用意周到だな。都庁に戻ったらさっそく連絡を入れるよ」


 そこで外の景色をしばらくながめたあと、突如とつじょ、吉岡は怒りと悔しさを顔面ににじませながら中森の方にふりかえる。

「とにかくーー傭兵の投入、くれぐれも頼むぞ。まずは最前線の犬蔵いぬくらバリケードの修復を急ぎたい」

「ああ、任せておけ!」

 中森は、フォークで押さえつけながら念入りに残りの肉汁をたっぷりしみこませた最後の肉片をうまそうに口に頬ばった。


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