第8話:起死回生

 東名川崎インターチェンジの出入り口に面した犬蔵いぬくら交差点前に味方の守備隊2000と日野、府中連合隊の精鋭せいえい1500とがそれぞれバリケードを築いて対峙たいじしている。日野、府中連隊は新選組発祥はっしょうの地だけのことはあり、剽悍ひょうかんで血の気が荒い隊員が多いことでよく知られていた。実際、部隊の大多数はスポーツ選手や肉体労働者出身の若い男性によって占められている。


 対する守備隊は、人数では相手を上回るものの、多くが一般市民であり、その構成も年齢、性別ともに多様な分布を示していたため、一見するとまとまりに欠けていた。その寄せ集め部隊を統率しながら、日野、府中連隊からの進撃を食い止めるという大任には、弱冠18歳の若者があたっている。名前を牧野俊一という。まだ高校を卒業したばかりだが、生来ともいえるたぐいまれな戦闘指揮能力を小栗に見込まれ、多摩川県の守備隊の要ともいえる犬蔵バリケード守備隊長に抜擢ばってきされた。どんなときも冷静沈着れいせいちんちゃくで客観的な視点を忘れない一方で、決断力に優れ、仲間からの信望も厚い男である。これまでの戦線でも幾度となく劣勢れっせいの部隊を鼓舞こぶし、敵の攻撃を食い止めた。


 その戦い方は、追い詰められつつある寡兵かへいの守り手としてみた場合、きわめてオーソドックスだ。敵からの攻撃を受けても、ひたすら耐え忍ぶ。一方で仲間を鼓舞することもわすれない。しかし、一旦敵が疲労困憊ひろうこんぱいしたり、敵の弱点や隙を発見したら、躊躇ちゅうちょせずに一気に攻撃に転じる。とはいえ決して深追いはしない。そうした当たり前のことが、いかなる極限状態でも常に冷静かつ瞬時に判断できるのだ。


 天賦てんぷの才をもつ絶対的なリーダーといえる。


 小栗は牧野に全幅ぜんぷくの信頼を寄せていた。小栗という人間はいたって先入観がない。そして年齢、性別などの見かけや先例にとらわれることがなく、最適な人材を登用することができる。少なくともこうした動乱のさなかでは、一見衝動的ともみなされかねないこのような彼の特徴も、間違いなく彼の長所といえた。


 その小栗は、その日はめずらしく、早朝から前線に出張っており、両隊のバリケードを一望する土橋つちはし近辺の高台から小笠原と一緒に並んで、首からかけた双眼鏡を時折のぞきながら戦況を見つめている。


 やがて敵側のドローン攻撃をきっかけに戦闘がはじまった。日野、府中連隊によってリモートコントロールされた50機近いドローンがいっせいに宮前側のバリケードを飛び越えてきたのだ。そして狙いすましたようにドローンから射撃を開始した。川崎隊も要撃用ドローンを繰り出すが、動きが素早くなかなか打ち落とせない。味方の守備隊もライオットシールドで身を守りつつ果敢に応戦するが、AI照準機能を備えたドローンは相手の動きを先読みするし、ほんのわずかでもシールドから体がはみ出ると正確かつタイムリーに的を射抜くため、時間とともに味方の犠牲者が徐々に増え始めた。さらに敵のドローンはひととおり攻撃を終えると、すぐに自陣に引き上げる。そしてしばらくするとまた来襲。この攻撃パターンを何度も繰り返すため、激しい戦闘にはならないものの、味方の守備隊は気の休まる暇がなかった。


 一方、敵の地上部隊は動く気配すらない。彼らはたまりかねて川崎隊がいっせいに繰り出すのを手ぐすね引いてじっと待っているのだ。そのことを牧野は承知している。うかつに敵の挑発に乗る牧野ではない。


「このまま今日は終わるかな」

 小栗は徐々に朱色に染まる西の空を見つめながらやや疲れ気味につぶやいた。

「いえ、きっとなにかしかけてくるはずです」

 その横で小笠原はむしろますます意気軒昂いきけんこうな様子でりんとして返事をした。


 その時である。敵の地上隊がバリケードから身を乗り出していっせいに銃撃をしかけてきた。それに呼応して、空中からは再びドローンが来襲した。


 しかしその攻撃はおとりだった。突然の敵の襲撃に気を取られている守備隊の背後から、新手のドローン約200機が近づいていたのだ。その動きにいち早く気づいた小笠原は、無線で牧野に連絡を取ろうとした。しかし、敵の銃撃音が凄まじく、無線の着信音もドローンの機械音も打ち消してしまっているようだった。


「あれは横浜隊の最新ステルスドローンです」

 小栗は思わず息をのんだ。その攻撃力については話にこそ聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。噂では中森が米軍から極秘に入手したらしい。


 すぐに小笠原は別の人間に無線連絡した。

「そう。約200、うん、いいから、すぐに来て。そう、昨日指示した場所。うん、だから、そうだって。早くして!」

 と、少しいらだたしそうに無線を切った。


 ステルスドローンは思惑どおりターゲットに気づかれることなくその背後まで迫りより、いっせいに速射を開始したからたまらない。


 たちまち味方の守備隊は100人近くが重被弾(二発以上の被弾)し、戦線離脱を余儀なくされた。


 味方は文字通り壊乱かいらんした。牧野はバリケードにとどまるよう必死にげきを飛ばしたが、いったんパニック状態に陥った集団はもはやカリスマリーダーでも統制不能だった。まるで蜘蛛くもの子をちらすようにバリケードから離脱し、いっせいに潰走かいそうしはじめた。


 小栗はその様子を見ながら、顔面が蒼白そうはくになった。しかも味方の敗残隊員は、小栗たちが立っている丘をめがけて遁走とんそうしており、そのあとを上空からはドローンが、そして地上からは、味方のバリケードを占拠した敵の地上部隊が勢いを駆って追いかけてくるのだ。


「惨敗だ。小笠原くん、僕らも逃げよう」

 小栗は、声がうわずっていた。

「いえ、知事代行、大丈夫です。ここから巻き返します。踏みとどまって下さい!」

「しかし——」

 といって小笠原の横顔を見ると、その背後にいつのまにか見知らぬ長髪の若者が立っていた。


「君は?」

 その男はノートパソコンを小脇にはさんだまま、もう一方の手でボサボサの髪をかき分けながら、

「それはですね、まあ、つまり、すなわち、私の考えでは——」

「遅いのよ。いいから、早くかたをつけて!」

 と、小笠原が大声で割って入ったので、理屈っぽいその男はまだ何かいい足りない様子だったが、不承不承に首をニワトリにように前に動かした。そしてその場に座り込んでパソコンのキーボードに猛烈なスピードで打ち込んだ。


「情報システム部の堀田さんです」

 と、小笠原は遅まきながら憮然とした表情のまま男の紹介を小笠原に行った。

「ってことはITの人?」

「いえ、ハッカーです」

 と、小笠原はさらりと答える。


「終わりました」

 堀田はまだ何かいい足りなそうだったが、小笠原は無言でうなずくとそれ以上は取りあおうとせず、無線で牧野に連絡を取った。

「完了。反撃開始」


 するとステルスドローンの動きが止まった。一瞬敵味方両隊の動きも止まり、不気味な静寂があたり一帯を覆った。しかし、その静寂はすぐに怒号にも似た悲鳴によって打ちけされた。ステルスドローン全機が180度方向転換を行い、味方であるはずの日野、府中連隊への銃撃を開始したのだ。


 戦闘の攻守はまるで手品でも見るように一瞬で逆転した。


 ドローンに導かれるままになだれ込んだ1500人もの隊員は、突然のドローンの裏切りになにがなんだかわからぬままに大混乱に陥った。すぐに異常に気づいた日野、府中連隊のリモートパイロットが、手持ちのドローンでステルスドローンへの攻撃に転じたが、最新装備の多勢を前にしてはほとんど焼け石に水だった。さらにそこへ牧野隊が追撃をかけたため、精鋭で知られる日野、府中連隊もほぼ全滅に近い状態となり、なんとか生き延びた隊員もことごとく悲鳴を上げて潰走するありさまだった。


 その状況を見渡しながら、小栗はしみじみつぶやいた。

「危なかったなあ……」

 しかし小笠原はにべもなく答えた。

「大丈夫です。作戦通りですから」

 小栗は小笠原の横顔をチラ見しながら、すでにその場から姿を消していた堀田という男の神がかり的な凄腕すごうでにわずかな希望と同時に恐ろしさも感じていた。


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